#14

その後、プログ王国の本隊が出陣し、ディーリーも鋼の抱擁カレス オブ スティールを率いて戦場へと向かった。


ラシュはこないだのこと――プログ王国の臣下の放った間者かんじゃの件で士気が落ちているかと思ったが、団員たちの誰もがいつもと変わらずにやる気に満ちていた。


皆、自分と同じなのだろうと彼女は思う。


したう母――ディーリーが戦うというのなら、彼ら彼女らは自分の意志や命などいらないのだ。


そんな団員のことを頼もしく思いながらも、ラシュは前日に会ったジェフのことを考える。


「ラシュが帰ってきたら、この国で一緒に暮らそう!」


あれは以前に本で読んだことのあった愛の告白というものだったのか。


少年とはいえ立派に店を切り盛りしているジェフだけに、彼がどういう意味でそう言ってくれたのか、ラシュにはわからなかった。


ラシュがジェフの意図を考えながら空を見ていると、そこへ彼女の乗る馬の横に、左右から挟むようにクスラとルーニーが馬を走らせてきた。


二人は意地の悪い笑みを浮かべながら、彼女に声をかける。


「なにほうけてんだよ。あの商人の子になんか言われたのか?」


「あッ、わかりましたよ。きっとラシュは愛の言葉をささやかれたのですね」


「ななな、なにいってんだよルーニーったら!?」


声を荒げて大慌てするラシュ。


クスラとルーニーはジェフのことを会話に出すと、ラシュがいつもリンゴのように顔を赤くするので、これは本気だなとさらに笑った。


二人があまりにもからかってくるものだから、ラシュはうつむいてその赤くなった顔を隠す。


彼女たちの後ろを歩いていた団員たちは、その光景を見て笑顔になっていた。


年頃のラシュが男のことで悩んでいるのが微笑ましいのだろう。


幼き頃からいくさに身を投じていた戦乱の申し子といわれる彼女でも、少女らしく恋心に振り回されるのだと、皆、妹や姪でも見るかのような表情だ。


そんな、とても戦場へ向かうとは思えない穏やかなさ状態で、鋼の抱擁カレス オブ スティールはリトリー国の城塞の側までたどり着いた。


ここまでの長い行軍もあってか。


皆を休ませるために、団長であるディーリーは、側にあった森へと団を移動させ、ここで一夜を明かすことに決める。


皆が野営の準備に入る中、ディーリーはラシュに声をかけた。


それは城攻めを指揮するラシュにつく部下たちのことだった。


「お前には、こないだ入ったばかりの者たちをつける」


「こないだ入ったばかりの人たち?それで 大丈夫なの母さん」


「心配はいらないよ。話を聞いてみたところ、どうやら城の潜入はお手のものらしいからな。私の目の前で実演もしてもらってる。腕はたしかな連中だ」


「いや、そういうことじゃないんだけど……。だって入ったばかりの人たちなんて、いきなり裏切るかもしれないじゃん」


ラシュが不安そうにいうと、ディーリーはふむふむとうなづいて返した。


だが彼女は、その心配もいらないと答える。


「連中の代表はお前の紹介で入った男だ。たしかザザといったか? ほら、体の大きな奴だよ」


ディーリーに詳しい話を聞いたラシュは、自分につけられた者たちのリーダーが、町で戦った男だと気が付いた。


ザザという名前だったのかと、彼女は今さらながら男の名を知る。


「なんだラシュ? お前、自分で誘っておいて名も知らなかったのか? ダメだぞ、そういうのは」


「うん。気をつける」


「ともかく、一度連中と顔を合わせておけ。これからのことを話すのも大事だし、なによりも背中を預け合う仲なんだ」


ラシュは母に言われた通りに、ザザたちと顔を合わせることにした。


ディーリーに彼らを集めてもらい、野営地から少し離れた場所で城攻めについて話をしようと。


ラシュがひとりで待っていると、そこにザザたちが現れた。


彼女は彼らに笑顔で手を振ったが、ザザの後ろにいた者たちは皆一様に顔をしかめている。


「あなた、ザザっていう名前だったんだね。そういえば訊いてなかったよ。えーと、なんかみんなご機嫌ナナメなのかな?」


「気にするな。それよりも早速段取りについての話をしようよ」


ザザは彼らのことは気にせずに、すぐに城攻めの話をしようと返事をした。


だが、彼の後ろにいた者たちは、そのしかめた顔をさらに歪めて声を荒げ出した。


こんな小娘がについて行って大丈夫なのか。


本当にザザがこんな子供に負けたのかと、どうやらラシュの下につくことを拒否しているようだった。


「おいお前ら、こいつの実力はもう話しただろ? それに、ディーリー団長と話したときは鋼の抱擁カレス オブ スティールに入ることを納得してたじゃねぇか」


「でもよぉザザ。こんなちっこいのが本当に強いのかよ。こっちは命を懸けてるんだぜ。それなのに、ガキのお守で死ぬなんてごめんだ」


彼らを代表して一人の男が口を開くと、次々にラシュへの非難が始まった。


ザザが負けた娘というからどんな奴かと思ってみれば、どこにでもいるようなたっだの子供ではないか。


こんな小娘に城攻めの指揮なんか取れるのかと、誰もが明らかに敵意を持って言葉を吐き出していた。


「お前らなぁ……。ラシュはたしかにまだガキだが……」


「いいよ、ザザ。この人たちが言っていることもわかるし」


「だがラシュ。こいつらを連れてきたのはオレだ。今黙らせるからお前はちょっと待って――ッ!」


ザザが男たちを説得しようとすると、ラシュは彼らの前に出て剣を握っていた。


その剣にはさやがついたままだったが、彼女は男たちへ言う。


「よし、じゃあこうしよう。全員でかかってきてよ。それでわたしが勝ったら――」


「言うことを聞けってか? 傭兵らしいやり方じゃねぇか」


男の一人がラシュの言葉をさえぎってそう言い、剣を抜いた。


そして、ザザ以外の全員が男の後に続く。


無数の刃がラシュを囲んだ。


ザザが慌てて男たちを止めようとしたが、ラシュはそんな彼を止めてその口を開いた。


「いや、ちがうよ。わたしが勝ったらみんなの名前を教えてくれるだけでいい。それでわたしと城攻めをするかは、みんなの判断に任せるから」

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