#7

男は再び剣を振り、今度はラシュの胴体へ一閃。


しかし、次の瞬間にはラシュはその振った剣の上に乗っており、彼女の重さで得物えものが地面に落ちる。


男はすぐにラシュごと剣を振り上げようとしたが、目の前には彼女が突き付けた剣先があった。


「どうする? まだやる?」


「くッ!? こいつ慣れてやがる! ガキのくせに戦い慣れしてやがるッ!?」


「そういうおじさんも思ったよりも速かったよ。さっきはごめんね。ちょっと言いすぎちゃった。おじさんは強い人だ」


「まだ終わってねぇぞ!」


男は突きつけられた刃にあえて顔を近づけて避け、剣を強引に振り上げた。


そしてバランスを崩したラシュに向かって体ごとぶつかっていき、避けようがない距離で刃を突き立てる。


だが、剣は少女には当たらなかった。


ラシュは態勢を崩されながらも剣を持ち直し、男の刃の軌道を逸らしたのだ。


それと同時に、前のめりになっていた男の足を払って転ばせ、今度は男の喉元に剣を突きつける。


「くッ殺せ……。テメェみてぇなガキに負けたとあっちゃあ、この国でもう生きていけねぇ……」


「気に入ったよ、おじさん」


男が負けを認めると、ラシュは剣を引いて彼に手を差し伸べた。


一体なんだといわんばかりに男が両目を見開いて見上げ、その場にいる誰もが驚いている中、ラシュがニッコリと微笑む。


「剣の腕もだけど、あの状態から最後まで諦めないのがカッコよかったよ。わたしも見習わなきゃ。まあ、悪いことしてたのはよくないけど、行くところがないんならうちに来なよ」


「テメェ……なにを言って……?」


「この先に大きな屋敷があるでしょ。そこでラシュに誘われましたっていえばクスラかルーニーって人が出てくると思うから、あとはおじさん次第だね」


ラシュがそういうと、周囲にいた者たちから歓声があがった。


まるで素晴らしい演劇でも観たかのような称賛しょうさんの嵐に、ラシュは顔を赤らめてしまっている。


ちょっと悪いことをしていた人を懲らしめようとしただけなのにと、彼女は想像以上に目立ってしまったことに、いたたまれない気持ちになっていた。


本物の英雄だと声を鳴りやまない中で、ラシュがふと男のほうを見ると、その姿は消えていた。


鋼の抱擁カレス オブ スティールに入ってくれていればいいけどと思いながら、ラシュがその場から足早に去ろうとすると――。


「待って! ボク、まだ助けてもらったお礼をしてないよ!」


先ほど男にからまれていた商人の少年が、彼女の手を取って強引に店の中へと引っ張った。


店内に入ったラシュは、そこにあった品物を見て両目を丸くしていた。


見たこともない装飾品やめずらしい服の数々。


他にも可愛らしい人形や木彫りの動物、幻獣などの置物があった。


ここはおそらく少年の店なのだから当然といえば当然なのだが、ラシュが知っている物がほとんどなかったのもあって、彼女は面を喰らっていた。


「さっきはありがとう。ボクはジェフっていうんだ」


「わ、わたしは……」


「知ってるよ。ラシュでしょ」


「なんでわたしの名前を知ってるの?」


「さっき自分でいっていたじゃないか。それに今この国で君のことを知らない人はいないよ」


ジェフは自分の有名さに無自覚なラシュのことを笑っていた。


昨日のプログ王が率いていた凱旋がいせんで、誰よりも注目を浴びていたというのと、まるで自分で隠した食べ物を探すリスでも見たかのようにクスクスと声を漏らしている。


ラシュはそんなこともあったなと思いながら、今さら自分の発言に赤面していると、ジェフはその笑みのまま声をかけてくる。


「でもすごいよね、ラシュはさ。あッ! ねえ、ラシュって呼んでもいい?」


「う、うん。わたしもジェフって呼ぶね」


「オッケー。それでさっき言いかけたことなんだけど、すごいよラシュは。ボクと同じくらいなのに戦場に出て、しかも敵の大将を倒しちゃうなんてさ。ボクのことをあの大男から助けてくれたし。それでいて倒した悪いヤツを仲間にしようとするなんて、ホントに物語に出てくる英雄みたいだよ!」


それからもジェフはラシュのことを褒め続けた。


プログ王国に現れた女勇者だと、彼女が萎縮いしゅくしてしまっていようが構わず喋る。


ラシュからすれば、自分がやってことはすべて母であるディーリーの真似をしているだけなのだと、そう何度も口を開こうとしては言い出せずにいた。


そんな空気の中、いい加減に耐えられなくなったラシュがジェフを止めようと訊ねる。


「そ、そういえばこの店はジェフがやっているの!?」


「そうだよ。お父さんが行商ぎょうしょうで国を出たときに死んじゃってね。お母さんは病気で店に出れないからボクがやってるんだ」


ジェフの身の上を聞いたラシュは驚いていた。


彼からすれば戦場に出ているほうが凄く感じるのだろうが、誰にも頼らずに同世代の子供が店を切り盛りしているなんて、ラシュからすれば考えられないことだ。


自分は剣を振る以外に何も知らないというのもあって、ラシュはジェフのほうが凄いと言葉を返す。


「変なこと訊いちゃってごめん。でもわたしなんかよりジェフのほうがすごいよ。だってわたし、ひとりで何かするなんてできないもの」


「ボクがしていることなんて覚えれば誰でもできるよ。それよりも遅くなっちゃったけど、これを受け取って」


ジェフは店内を何やら漁りながら謙遜けんそんすると、ラシュにある物を差し出した。

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