#6
与えられた屋敷で一夜を過ごしたラシュは、団員らの食事を終えた後に、ひとりで庭で剣を振るっていた。
日課の訓練だ。
彼女が剣を覚えてからは、
まだ子供といっていい年齢のラシュが、戦場で大人相手に渡り合えるのも、すべては毎日の積み重ねのおかげといえる。
ラシュは何かを競ったり、戦うことは嫌いだったが、剣を振るうのは好きだった。
重い鉄の
良くも悪くもすぐに妄想をしてしまう彼女にとって、剣を振るっているときは心が穏やかでいられるのだ。
「昨日、敵将を打ち倒したというのに精が出るな」
ラシュが舞い落ちる木の葉をすべて斬っていると、そこへディーリーが現れた。
彼女に声をかけられたラシュは、剣を振るうのを止めて笑みを返す。
「うん。だって剣の勝負では勝てたけど、わたしもまだまだだし。もっと強くならなきゃらね」
「
ディーリーはそういうと、ラシュから剣を奪った。
そして、娘に町に行って買い物でも楽しんでくるようにと、言葉を続けた。
実際にこの顔に傷のある少女は、クスラやルーニーら他の団員たちのように、自分の時間を休養に当てることがなかった。
ラシュに趣味らしい趣味がないのもあったが、ディーリーは団長として、そして母として、ラシュにも息抜きが必要だと考えたのだ。
「えーいいよ別に。わたしは買い物なんて興味ないし。それよりも剣を返してよ」
母に剣を奪われたラシュは、なんとか奪い返そうと手を伸ばしてまとわりつくが、ディーリーは見事な動きでそれを
特に力んでいる様子もないのだが、ラシュは母から剣を取り戻すことができない。
次第にムキなってくるラシュのことを避けながら、ディーリーは言う。
「いいから行ってこい。稽古も重要だが、身体を休めるのも大事なことだぞ」
「じゃあ、母さんも一緒に来てくれる? それなら行く」
ラシュは剣を取り戻すのを諦めてそう訊ねると、ディーリーが困った顔を返した。
それからディーリーがいうに、どうやら彼女だけプログ王に呼び出されているため、これから王宮まで行かねばらないようだ。
その話を聞いたラシュはわかりやすくしょぼくれた顔を返すと、ディーリーはそんな娘の頭を撫でてやる。
「そんな顔をするな。話が終わった後なら一緒に町を歩けるから」
「ホント! じゃあ、王宮までついて行くよ。話がが終わるまで母さんを待ってる!」
「それなら町で待ち合わせしよう。門の前には
「うん!」
ラシュは思いっきり口角を上げて、母に笑みを返した。
場所はどこだって構わない。
彼女はディーリーと一緒に居れるだけで嬉しいのだ。
趣味はないが、あえて言うならラシュにとっての娯楽は母との会話だった。
それから二人は王宮まで歩き、町で別れた。
待ち合わせ場所は、町にあった馬の水飲み場と決めて、ディーリーは王宮へと向かった。
「う~ん、母さんが来るまでどうしようかなぁ……」
町に出たところで、ラシュにはやりたいことなどなかった。
一応剣は腰に差してきたもののここでは振るうこともできないので、彼女は時間を持て余している。
かといって買い物も楽しめない。
腹も減っていないので食事を取る気にもなれない。
ラシュが水飲み場にいた馬を撫でながら町をただぼんやりと眺めていると、何やら騒ぎ声が聞こえてきた。
「ちょっとお客さん! そんなのってないですよ!」
「うるせぇな。こんな痛んでいる革でこの値段なんてありえねぇだろ。売り物にならねぇもんを、わざわざオレが買い取ってやろうってんじゃねぇか」
どうやら買い物をしている男が、店の品物にケチをつけて安く買おうとしているようだ。
周囲の目を見れば明らかだったが、どう見ても男が強引に奪おうとしているようにしか見えない。
それを見ていた者らか、ひそひそと声が聞こえてくる。
あの男、またやっているよ。
本当に
ラシュは再び言い合っている男と商人のほうを見た。
男のほうは屈強な体をした
周りにいた人々は、文句は口にしていながら男が恐ろしいのだろう。
誰も少年を助けようとはしない。
ただ
「ちょっとおじさん。やめなよ、その子が困っているじゃない」
「あん? なんでテメェは?」
見かねたラシュは強面の男に声をかけた。
商人の少年を庇うように前に出て、威圧的な視線を送ってくる男と対峙する。
すると、男が気が付く。
止めてきた相手が最近プログ王国に雇われた傭兵団――
「テメェはたしか敵将を討ったとかいうガキだな。どうせ嘘だろ? こんな小娘が戦場に出てるなんて」
「だったら試してみようか? おじさんは腕に自信があるみたいだけど、ぜんぜん大したことなさそうだし」
「このガキッ! エラそうなこと言いやがって、腕の一本や二本じゃすまさねぇぞ!」
「変な脅し文句だなぁ。腕は二本しかないんだよ」
「うるせぇ!」
男は声を荒げて背負っていた剣を引き抜くと、ラシュに向かって刃を振り落とした。
周りにいた者らの誰もがその一撃でラシュの頭が割れると思って両目を
「振りが大きすぎる。おじさん、やっぱり鍛え方が足りないんじゃない?」
ラシュはほとんどその場から動くことなく、男の剣を躱していた。
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