#5

次の日の朝。


初戦を大勝利で終えたプログ軍は、自国へと戻って行った。


殿しんがり鋼の抱擁カレス オブ スティールを任せたのもあって、敵の追撃で被害もなく悠々自適に城へと帰還する。


城内に入ると、平民たちが軍を出迎えて大歓声を送る。


その中でどの団よりも歓迎されていたのは、もちろん鋼の抱擁カレス オブ スティール――しかもラシュだった。


貴族ではない団長の娘が敵将を討ったと聞いた平民たちからすれば、それも当然。


しかもまだ幼さを残す少女がそれを成し遂げたのだ。


英雄譚としてはこれ以上のものはないだろう。


プログ王国の民は、馬に乗って城内に入っていた小さな英雄に向かって、その名を叫び続けている。


「おいラシュ。手ぐらい振ってやりなよ」


「え、ヤダよぉ……。クスラがやればいいじゃない」


「みんなはアタシじゃなくてアンタの名を叫んでいるんだ。いいから答えてやりなよ、英雄さん」


「もう……」


ラシュがまるで隠れるように馬上で身を縮めていると、クスラはからかうように声をかけていた。


その様子を見ていたルーニーが、彼女たちの後ろからクスクスと上品に笑っている。


その先頭を馬で進むディーリーの焼けただれた顔を見ても、平民たちは歓声をあげ続けていた。


さらに続く団員らにも称賛の声は発せられ、これまでの人生で他人から褒められた経験などろくになかった彼ら彼女らも、ラシュと同じように照れているようだった。


クスラは馬上から振り返り、そんな団員らを見て言う。


「アタシらもついにここまで来たかぁ~」


「いきなりなんですかクスラ?」


「だってさ。ついこないだまでノラ犬と変わらない生活をしてたんだぜ。それが国総出て出迎えてくれてるんだ。感慨かんがい深くもなるだろ」


クスラは自分たちを称えている平民たちを見ながら、そうルーニーに答えた。


ルーニーは何も言うことなく笑みを返していたが、彼女もまんざらでもないといった顔をしている。


「うぅ、なんか泣けてきた……」


「これまで苦労ばかりでしたからね……」


ルーニーは馬の手綱を引き、顔を覆い隠したクスラの横に並ぶと、彼女の肩を擦った。


長身の彼女が小柄なクスラをなだめる光景は、まるで本当の姉妹のようだとラシュは思っていた。


いや違う。


鋼の抱擁カレス オブ スティールは血の繋がりこそないが家族なのだと、ラシュも目頭が熱くなっていた。


この皆と共に天へと駆け上がっていく感覚。


ラシュはこれまで根無し草だった自分たちもようやくこの国で根を下ろし、穏やかに暮らせるようになれるかもしれないと思うと、全身が震えてくる。


血生臭い生活に別れを告げ、皆で何か商売でも始めたい。


ラシュは剣を扱うことは好きだったが、戦い自体は嫌いだった。


それでも母のため、団のためにと自ら鍛え上げてきたが、この国でその長かった戦いの日々も終わる気がして嬉しくなっていた。


まだプログ王国のことをよく知っているわけではない。


それでもこうやってよそ者の傭兵団を歓迎してくる国だ。


敵国であるリトリー国の侵略さえなくなれば、自分たちだって平和に暮らせるようになる。


気が早いと思いながらも、ラシュは母やクスラ、ルーニー、団員らと共に、命の危険がない生活を想像していた。


クスラとルーニーが寄り添い、ラシュが呆けていると、前を進むディーリーが声をかける。


「お前たち、少々たるんでるんじゃないか。気持ちはわかるが、楽観的に考えるな。今はうたげの時間じゃないんだぞ。背筋を伸ばして胸を張れ。私たちはどこでも試されているんだ」


ディーリーの言葉で、クスラ、ルーニー、ラシュ三人はピシッと姿勢を正した。


彼女の言う通りだと、その顔に反省の色が見える。


それから平民たちの姿も消えた頃、王の使いがディーリーのもとへとやってきて、鋼の抱擁カレス オブ スティールのために宿を取っていることを知らされた。


このたびの遠征での疲れが取れるようにと、プログかあえて王宮ではなく離れの施設を用意したそうだ。


「お気遣いに感謝する。プログ王に、団を代表して私が礼を言っていた伝えておいてくれ」


ディーリーは全体を率いて与えられた屋敷へと向かうことに。


鋼の抱擁カレス オブ スティールの兵の数は約100人ほどだが、それら全員が泊まれる宿とはどんなものなのか、ラシュには想像もできなかった。


今までも他の町で宿に泊まった経験はもちろんあったが、皆別々の宿屋を使用していたのだ。


100人が泊まれるほどとなると、それはもう城ではないかと、ラシュはひとり妄想を掻き立てる。


「きっと大きくて広いところなんだろうなぁ……。部屋も豪華でみんなでパーティーやれる大広間もあったりして……」


「さっきからなにをぶつぶつ言っているんだ? ほら急げ。お前のせいで後ろの皆がつかえてるぞ」


「わぁ!? ごめんなさい!」


ディーリーは、慌てて馬を走らせたラシュを見て、思わずため息をついた。


幼い頃から戦場に身を置き、鍛練をかかさないのもあって、ラシュの剣の腕は団員の中でも上位に入るほどの腕前だ。


彼女と正面から剣を打ち合えるのも、団長であるディーリーか、主に前線を指揮する立場にあるルーニーくらいしかいない。


だが、だからこそ普段のあの気の抜けように、母であるディーリーは心配する。


ラシュに個別の隊を与えられないのも、あの性格のせいなのだ。


将来的には、この鋼の抱擁カレス オブ スティールの団長を引き継いでもらいたいのだがと、ディーリーはそれがいつになることやらと肩を落とす。


「母さん見えてきたよ! あれでしょ!? わたしたちが泊まるところって!」


馬に乗りながらはしゃいでいるラシュ。


たしかにプログ王が自分たちに与えてくれた宿は大きく、貴族が住むような屋敷だった。


しかし、まるで玩具を喜ぶ子供のような娘を見たディーリーは、本日二度目のため息をつく。


「まあいいか。そのうち、少しずつ変わっていくだろう……」


そして笑みを浮かべて、ボソッと呟くのだった。

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傭兵に育てられた娘 コラム @oto_no_oto

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