#4

鋼の抱擁カレス オブ スティールはプログ軍の本陣を離れ、うたげを始めていた。


皆が杯を手にし、肉にかじりつきながら酒を豪快に飲んでいる。


その中心にはもちろん団長であるディーリーがおり、傍には団の立ち上げ時からいるクスラとルーニーの姿があった。


「みんな! 今日もアタシらの勝ちだ! 今夜は思う存分飲み明かそう!」


クスラが団員たちにねぎらいの声をかけ、皆もそれに応えるように歓声を返す。


そして、この宴の主役は団長であるディーリーの娘――今回のいくさで見事に敵将を打ち負かしたラシュである。


「皆さん、今回の主役の登場ですよ! さあラシュ」


「え、やっぱいいよぉルーニー。わたし、こういうの苦手……」


「いいからいいから」


ルーニーは恥ずかしそうにしているラシュの背中を押して、宴の中心へと連れてきた。


その幼い顔には傷が残っているが、戦場でついたものではなく、生まれついてのものらしい。


焼けただれた顔をしたディーリーと顔に傷のあるラシュの親子。


他の団員らも彼女二人と変わらず――いや、それ以上に容姿がみにくいものばかりだった。


病気により顔の原形を失った者や、奴隷として凌辱りょうじょくを受けて四肢のいずれかが欠損している者。


さらには拷問ごうもんの末に目の見えない者までいる。


鋼の抱擁カレス オブ スティールの団員は、誰もがすねに傷を持つ人間ばかりだ。


ディーリーはそんな者たちを集め、この常勝不敗の傭兵団を結成した。


最初こそ盗賊と変わらぬ烏合うごうしゅうだったが、ディーリーの天才的な軍略や采配により、今ではプログ王国に雇われる身となっている。


そうはいっても、この団には本来弱者しかいない。


だがそれでも団長であるディーリーが各自の個性を見極め、そしてそこを伸ばした結果――その名声はプログ王国だけでなく周辺諸国でも名の通った傭兵団となったのだった。


その影響か。


鋼の抱擁カレス オブ スティールのほぼすべての団員が、まるで信仰にじゅんずる殉教者じゅんきょうしゃにようにディーリーのことをしたっている。


散々世界から痛めつけられた彼ら彼女らからすれば、家族ともいえる仲間や居場所、そして生きる意味を与えてくれたディーリーは、まさに信仰の対象――神ともいえる存在だろう。


ラシュはそんな母のことを誇りに思っており、たとえ人がまゆをひそめるような容姿の持ち主や過去に何かあった人物だろうと、態度を変えないディーリーの力になる――そう誓い、物心ついたときから己を鍛え上げてきた。


「主役がなにシケた面してんだよ。ほらみんなに応えてやれよ」


縮こまっているラシュにクスラが声をかけた。


その顔は真っ赤になっており、すでに酔っ払っていることがわかる。


「で、でも……結局、クスラとルーニーがいなかったらやられてかもだし……」


「なにいってんだ? 剣で敵将を圧倒したのはお前だろ」


「そうですよラシュ。ワタシたちはあなたをちょっと手伝っただけです」


クスラが自信なさげに返事をしたラシュの肩に手を回し、ルーニーがニッコリと微笑んで彼女の後に言葉を続けた。


団員たちもその通りだと言わんばかりに、皆がラシュの功績をたたえている。


そしてディーリーが彼女の前へと立ち、その口を開く。


「二人がお前も助けたように、お前も皆を助けたんだ。もっと胸を張れ」


「母さん……。うん!」


ラシュは母の言葉に答えると、持っていた杯を一気に飲み干した。


それから目の前に並べられた肉のかたまりにがっついていく。


彼女の大好きな子牛肉とチーズの料理だ。


ラシュはあっという間にそれら料理を平らげて、次々と手づかみで肉を口へと運んでいく。


その様子を見て、ディーリーもクスラもルーニーも、そして団員たちも皆大笑いしていた。


一体その小さな体のどこにそれだけの料理が入るのだと、顔をソースまみれにして食べ続ける彼女を見て喜ぶ。


「よし、皆もラシュに負けずに食え。今夜は朝まで飲むぞ」


ディーリーが団員たち向かってそう声をかけると、皆が杯を掲げて応えた。


その盛り上がりは、離れていたプログ王国本陣にも届くほどで、諸侯しょこうらが天幕内で苦い顔をしていた。


表情を見ればわかるが、誰もが鋼の抱擁カレス オブ スティールのしている宴のことをよく思っていない。


たかが今回の遠征の初戦を勝利したくらいで、どうしてこうも浮かれていられるのだと言わんばかりだ。


「聞きましたか、あのディーリーとかいう団長のこと」


諸侯らの一人が口を開くと、他の者も話を始める。


「ああ、誠に由々しき事態だ」


「たしかに鋼の抱擁カレス オブ スティールが我が軍に参戦してから連戦連勝ではあるが……」


「所詮は素性もよくわからん傭兵ども。金次第でいつ敵になるかもしれん連中だ」


「それに奴らは元々は盗賊だったというではないか。下賤げせんも下賤」


「あの女の連れている者らを見ればわかるよな。団員らも醜悪しゅうあくな者しかおらん」


「何よりもあの女の焼け爛れた顔。酷い面相で見てられぬ。あれは何かの呪いだろう」


これ以上鋼の抱擁カレス オブ スティールを持ち上げることは、プログ王国の名誉に関わると、諸侯らは口々にしていた。


しかしディーリーたちがいなけれなば、彼らは敵国であるリトリー国によって攻め滅ぼされる。


一体どうしたのものかと、彼らが頭を悩ませていると――。


「では、こういうのはどうでしょうか」


諸侯らの一人がそう言うと、皆に耳打ちを始めた。


その話を聞いた彼らは、実に素晴らしいと口にして互いに笑みを交わし合う。


「では、明日城に戻ったら早速プログ王に進言するとしよう」


そして話を終えた諸侯らは、今宵は久しぶりに安心して眠れそうだと言いながら、天幕を出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る