#3

ラシュがディーリーの馬に乗って陣地へと戻ると、そこには彼女たちとは違う豪華な甲冑を身に付けた男たちが待っていた。


ディーリーは馬から降りると、その中心にいた男に向かって膝をつき、頭を下げた。


ラシュも慌てて母に続き、彼女と同じ姿勢を取る。


「すでに敵は逃走を始めています。約束通り、この勝利をプログ王へ捧げます」


それからディーリーは、この戦場での結果を伝えた。


敵将を打ち倒し、初戦は大勝利で終わったと。


「うむ、さすがは噂に名高い鋼の抱擁カレス オブ スティール。誠に見事であった」


ディーリーが礼の姿勢を取った人物――プログはここら周辺をまとめている国王である。


そして、彼女は王が口にした名称――傭兵団である鋼の抱擁カレス オブ スティールの団長だ。


ここ数年で各地の戦場で名を上げているディーリーの指揮する団は、現在その実績から平民の集まりでありながら、敵国との重要ないくさに参加している。


「さあ頭を上げてくれ、ディーリー。我らが英雄に、いつまでも頭を下げられていては、こちらが気まずいではないか」


「もったいないお言葉。では、そうさせてもらいます」


ディーリーは顔を上げて立ち上がると、ラシュも彼女に続いた。


落ち着かない様子でソワソワしている娘を見て、ディーリーはラシュに向かって鋭い視線を送る。


その目は、こんなことでオロオロするな恥ずかしいとでも言いたそうだ。


ディーリーに睨まれ、ビクッと身を震わせたラシュは、さらに動揺してしまう。


そんな二人に気が付いたプログは、穏やかな笑みを向けて口を開く。


「そんなにかしこまることはないぞ。そちらはそなたの娘であるか?」


「はい。王の前で恐縮きょうしゅくですが、私の自慢の娘ラシュです。先ほども敵将との一騎打ちにて、相手を見事打ち倒しました」


「なんと! その幼さで一騎打ちとな!?」


プログは驚愕の声をあげ、彼の周囲に立つ諸侯しょこうらも両目を見開いていた。


それも無理もないことだった。


ラシュはまだ十代の少女なのだ。


この戦乱の世、子供が戦場に出ることはめずらしくはないが、敵将を打ち取ったという話など聞いたことがない。


まだ成長途中の青い果実が、大木を切り倒すなど古くから伝わる英雄譚でもないことだ。


プログはそんなラシュのことを頼もしく思い、その顔をよく見せてくれと言った。


ラシュがディーリーのほうを見ると、母は王の言う通りにするように視線でうながす。


「とても信じられん……。信じられんが、このいくさにて敵将を打ったことは事実なのだな」


プログに見つめられたラシュは、どうしていいのかわからずに戸惑っていた。


口も開かずに呼吸をすることすらも忘れ、ただ王の視線を浴びて固まってしまっている。


そんなラシュの様子を見て、ディーリーがプログに声をかける。


「プログ王。娘はこういうことに慣れていないもので、そのくらいにしてもらえないでしょうか」


「これは失礼をした。戦士とはいえまだ少女。いつまでもわしのような年寄りに見つめられては、気分を害するよな」


「いえ、けしてそういう意味では……」


「よいよい」


プログが冗談を言い、気さくに高笑いをしていたが。


彼の周りに立つ諸侯らの顔は強張っていた。


たかが平民が我らが王に意見するなと、誰もがディーリーに対して不快感を覚えている――そんな顔だ。


プログは気が付いていないが、彼に仕える臣下や将軍たちは、鋼の抱擁カレス オブ スティールのことをうとましく思っていた。


少々名を上げた傭兵団風情がと、自分たちのあるじの前にディーリーがいるだけで彼らは苛立つのだ。


彼女たち鋼の抱擁カレス オブ スティールは、いくら腕が立つとはいえ所詮しょせんは平民である。


封建制度が重視されるこの時代では、王族や貴族出身である彼らのこういった態度もしょうがない。


「どうやら私の仲間たちが戻って来たようです。状況を確認したいので、これにて失礼させてもらいます」


ディーリーは馬が走ってくる音を聞くと、プログに一礼してその場から去って行った。


ラシュも慣れないなりに深く頭を下げ、去って行く母の後に続いた。


「はぁ」とため息をついた娘を見て、ディーリーが笑う。


「こんなことくらいで緊張するな。相手はたかが一国の王だ。適当に相手しておけばいい」


「そ、そんなこといっても……わたし、こういうお堅い雰囲気とか苦手で……。これなら戦場にいるほうがよっぽど落ち着くよぉ」


「剣を振り回しているほうがしょうに合うか。やれやれ、うちでああいう場をこなせるのはルーニーくらいしかいないな」


ディーリーはそういうと、自分もラシュと同じだと言葉を続けた。


王族や貴族やらとはこれまで何度も顔を合わせているが、そんな彼女でも肩がこるようだ。


それを証拠に、周囲にいた諸侯らの不快感に、ディーリーは気が付いていた。


自分たちのような金で雇われている人間など、形式や階級にこだわる連中からすれば許容きょようできないのだろうと、先ほど向けられた悪意を流している。


母の話を聞いたラシュは、悲しそうに俯く。


どうしてそんな態度を取られないといけないのだろう。


どうして不快に思われなければいけないのだろう。


自分たちは彼らのために戦ったというのに、味方に疎まれるなんてなんだがやるせないと、トボトボと母の後を歩く。


「まあ、そう考え込むな。さっきも言ったが、ああいう連中は適当にあしらっておけばいいんだ。それよりも皆と合流して、これからうたげといこう。報酬はたっぷりもらったから、久しぶりに豪勢な食事を振る舞えるぞ」


「ホント!? やったー! わたしは子牛肉とチーズをいっぱい食べたい!」


「それじゃいつもと同じじゃないか。まったく、お前はいつまでも子供舌だな」


「だって安くておいしいんだもん。母さんだって好きでしょ?」


パッと表情を明るくしたラシュは、前を歩く母に飛びついた。


無邪気に抱きついてきた娘にウザったそうにしながらも、ディーリーは笑みを返すのだった。

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