#2

――十数年後。


だだっ広い平原を甲冑姿の者たちが埋め尽くしていた。


向かい合って剣や槍をぶつけている光景。


そう――ここは戦場だ。


その片方の軍が押している中で、一人の大男が敵の勢いを止める。


「どうした!? 我が軍を打ち倒したいのならば、さっさとかかってこいッ!」


大男は剣を振り回し、馬上から声を張り上げた。


歩兵が数人で大男へと飛びかかったが、大男の振るう剣で一瞬にして斬り殺されてしまう。


ますます勢いづく大男に、足を止めた軍の中から一人の人物が歩いてくる。


「あなたが大将だね」


前に出てきたのは人物はそう言うと、被っていたかぶとを放り投げた。


まだ幼さが残る顔があらわになり、少女のするどい眼光が大男を見据えている。


その素顔がさらされると、大男の後ろにいた兵士たちから失笑が漏れた。


なんだ、まだ子供じゃないか。


誰だ、あんな子供を、ましてや女を戦場に連れてきたのは?


――と、場違いだと言わんばかりに笑い出し始めていた。


大男はそんな笑い味方の兵たちの声を背中に受けながら、まだ幼さを顔に残す女に声をかける。


「小娘、名を上げたいのかは知らんが後悔するぞ。所詮しょせん女の力で――ッ!?」


大男が話ている途中で、少女は斬りかかった。


凄まじい速さの剣撃。


大男は馬上にいるというのに思わずひるみ、じりじりと後退をいられる。


その光景を見て、先ほどまで少女を小馬鹿にしていた兵士たちの笑い声が止んだ。


勢いづく敵兵を止めた大将が、あんな小さな少女に一騎打ちで押されているのだ。


これは何かの間違いではないのかと、誰もが両目を見開いていた。


「いい気になりおって!」


大男は強引に少女を蹴り払うと、両手で剣を振り上げた。


そして少女の小さな頭を目掛けて振り落とす。


だが次の瞬間、少女の閃光のような刺突しとつが大男ののどに突き刺さった。


はち切れんばかりに水の入った皮袋に穴が開いたように、大男の首から血が噴き出す。


少女の剣が、甲冑の隙間を正確に突き刺したのだ。


「わたしの勝ちね」


ニカッと歯を見せた少女は、剣を収めて両手を広げておどけてみせた。


足元から崩れる男だったが、それでもまだ息があった。


死に間際の足掻あがきか、大男は自身の血で真っ赤に染まりながらも少女へと斬りかかる。


このまま少女が殺されると思われたが、突然側面から飛んできたナイフが大男の腕を突き刺さり、さらに戦斧せんぷを持った長身の女性がその首を切り落とした。


「おいラシュ! 剣で勝ったからって油断してんじゃねぇぞ!」


「クスラの言う通りですよ。油断大敵、勝って兜の緒を締めよというやつです」


「ご、ごめんなさい~!」


ナイフを投げてラシュと呼ばれた少女を救ったのは、小柄な体格の女――クスラ。


そして、戦斧で大男の首を切り落としたのが、長身の女――ルーニーだった。


二人はやれやれといった様子で呆れながら大きくため息をつき、ラシュが「えへへ」と苦笑いを浮かべている。


その後ろから焼けただれた顔をした女が馬に乗って現れ、剣を空高く掲げると、この戦場すべてに響き渡るほどの大声をあげた。


「敵将は打ち取ったぞ! 勝ちどきだ! 勝ち鬨をあげろ!」


女の声の後に、彼女の後ろにいたすべての兵士たちが凱歌がいかそうしだした。


「ディーリー姉さん。このまま一気にやっちゃおう」


「ええ、今がそのときです」


クスラとルーニーがそう言うと、焼け爛れた顔をした女――ディーリーは、掲げていた剣を敵軍へと向ける。


敵兵たちは、まさかあんな幼い少女に大将がやられると思ってもみなかったのもあって、激しく浮足立っていた。


戸惑う者やその場から逃げ出す者。


指揮官を失った軍ほど、崩れるのはあっという間だ。


「全軍、ただちに敵を掃討そうとうしろ! これは掃除だ。もはや戦いですらない。我々の勝利は何が起ころうが揺るがない!」


ディーリーの言葉に、兵士たちは一斉に敵軍へと突進していった。


逃げ惑う敵兵らに飛びかかり、次々と斬り殺していく。


先ほどディーリーが言ったように、これはもう戦いではない。


一方的な殲滅せんめつだ。


兵士たちは声をあげて、誰もが皆殺しのメロディを歌い上げている。


「クスラ、ルーニー、後の指揮は頼むぞ。おいラシュ。お前は早く馬に乗れ」


「は、はい!」


ディーリーは二人にこの場の指揮を任せると、ラシュへ手を伸ばした。


ラシュは彼女の手を取って馬に乗り、自分の陣地へと引き返していく。


母親、大将の後ろできまりが悪そうにしている彼女は、馬の手綱を引くディーリーに声をかける。


「あの、ごめんなさい母さん……。ちょっと油断しちゃって……」


「お前が無事ならばいい。だが次からはちゃんと、私に一言ことわってから一騎打ちを仕掛けるんだぞ」


「はい……。気を付けます……」


うつむくラシュ。


敵将を打ち取ったという大金星をあげたというのに、その表情は暗かった。


その表情は、もしクスラやルーニーがいなければ、彼女が殺されていたかもしれないという気持ちからだった。


自分はまだまだ甘いと、ラシュは自己嫌悪をおちいっていたのだ。


ディーリーはそんな落ち込んでいる娘のほうを振り返って、彼女の小さな頭を撫でる。


「それでも、よくやったぞラシュ。今回のいくさはお前の手柄だ。だから、そんな顔はするな。もっと喜べ」


「はい母さん!」


ねぎらいの言葉をかけられたラシュは、年相応の笑みを母に向かって返した。

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