傭兵に育てられた娘

コラム

#1

燃え盛る屋敷の中を女が歩いていた。


手には血にまみれた剣。


女が歩く廊下には、この屋敷の警備をしていた兵士らの死体が転がっていた。


死体の数は八人。


のどや頭、心臓以外に傷がないところをみるに、すべて一撃で倒されたことがわかる。


崩れてくる天井など気にせずに、女はただ炎の中を進んでいく。


「ようやく見つけた……」


目の前にあった扉を蹴破り、中にいた人物を見た女は静かにそう言った。


その人物は燃える炎とは縁のなさそうな上品な服装した婦人で、女の姿を見ておびえている。


女は婦人に近づくと、剣先を彼女へと向けた。


するどい刃を目の前に突き出された婦人は、思わず声を出して部屋の隅へと逃げていく。


だが、すでに周りは火の海だ。


どこにも逃げ場はなく、婦人はただ震えるしかなかった。


「な、何者なのですかあなたは!? この屋敷がラトジー様のものと知っていてこんなことをしているのですか!?」


婦人が震えながら声を張り上げると、女は顔をおおっていた布を取った。


そこには綺麗に整ってはいるものの焼けただれている顔があった。


まるでおとぎ話に出てくる美しい姫が呪いにかけられたかのような、そんな美と醜悪しゅうあくさがそこには見える。


そのみにくいい顔を見た婦人は大きくなっていた両目をさらに広げ、その場で腰を抜かしてしまった。


焼け爛れた顔を持つ女は、そんな彼女の態度に満足したのか、薄ら笑いを浮かべている。


「いい反応だ。ずっとその顔を見たかった。私からすべてを奪ったお前が、絶望で歪ませたその顔をな」


婦人は何かを叫ぼうとしたが、声を出す前に女の剣が彼女の足に突き刺さった。


火の回る真っ赤な室内を、婦人の血がさらに赤く染めてる。


それから女は、痛みで悲鳴をあげた婦人の顔面を蹴り飛ばして彼女に背を向ける。


「剣で殺すのは一瞬、そんな楽な殺しかたをしてたまるか。お前にはこの屋敷とともに、生きたまま焼かれて死ぬのがお似合いだ」


婦人は、そう捨て台詞を吐いた女に向って、声を張り上げ続けた。


助けて、置いて行かないでと、必死に慈悲じひう。


しかし、女の耳には婦人の願いは届いていなかった。


心地よい音楽でも鑑賞しているかのような満足げな笑みを浮かべて、燃え盛る屋敷から出ていこうとしていた。


だが、そのとき。


うなる炎と悲願ひがんする婦人の叫び声に交じって、喚くような泣き声が女の耳に聞こえてきた。


女が声のするほうへと向かうと、そこにはゆりかごの中で泣いている赤子の姿が。


「この子は……? ま、まさかッ!?」


幼子を抱きあげた女は何かを思い出したように声を張り上げた。


すると、先ほどまで泣いて助けを求めていた婦人が、急に人が変わったかのように言葉を吐き出す。


「ダメその子はダメッ!? お願いだからその子にだけは手を出さないでッ!」


燃える屋敷から救う手立てもないと思われるが、婦人は女に赤ん坊に触れるなと言い続けた。


赤子を見て心ここにあらずといった様子だった女は、すぐに表情を冷たいものへと戻して返事をする。


「なにを言うかと思ったら……。この子は連れていく。このままここにいても死ぬだけだろう」


「やめて! その子は私とあの人の子なのよッ!」


「ふざけたことを言うなッ!」


女は婦人に怒鳴り返すと、腰に帯びた剣を投げた。


放たれた剣は婦人の肩に突き刺さり、彼女は血まみれになって悲鳴をあげた。


女は、その悲鳴をかき消すかのように大声を出す。


「この子は私のものだ! お前の子だったことなど一度だってない!」


「その子は私の子よ! 私の大事な……大事な子なのよ!」


「黙れッ!」


女はそう叫び返すと、赤ん坊を抱いたまま夫人の目の前に立った。


そして、血がついた彼女の顔をにらみながら、息を吐けばかかるくらいの距離まで顔を近づける。


「お前のような盗人がこの子の母親面をするな。いいか、この子は私の子だ」


女は声を抑えて、子供に言い聞かせるかのように口を開いた。


それから屈んだ状態から顔を上げて、婦人のことを見おろす。


「どのみちお前はここで死ぬんだ。この子には育てる親が必要だろう」


「許して……許してください……。なんでもしますからぁぁぁッ!」


婦人は再び悲願し始めた。


だが、女はもう何も言うことなどないといわんばかりに、今度こそその場を去っていく。


婦人は足と肩を剣で傷つけられ、もう歩くことができないため、去っていく女の背中をいずりながら追いかけている。


彼女が這いずった後に、血でできた赤い道筋ができていく。


しばらくして、夫人の救済を求める言葉は、ドス黒い苛烈かれつなものへと変わっていく。


「呪ってやる! このままで済むと思うなよ! あんたには必ず天罰がくだるんだからねッ!」


「おいおい、淑女しょくじょがそんな言葉遣いをしていいのか?」


「うっさい死ね! 死ね死ね死ね死ねぇぇぇッ!」


怯えながらも上品だった婦人の表情は崩れ、その顔は女への憎悪で埋め尽くされていく。


婦人の口から次から次へと吐き出される呪いの言葉は、彼女が貴族であることを忘れさせるほど、教養を感じられない下品なものだった。


女は赤ん坊を抱いたまま、婦人を無視して屋敷の外へと出る。


そして振り返り、燃えて崩れていく屋敷を眺めて笑みを浮かべていた。


燃えろ、すべて燃やしてしまえと、女はその表情で語っている。


「もう泣くな。お前は私の子なんだから……」


腕の中で泣き続ける赤ん坊に気が付いた女は、その笑みを幼子へと向け、穏やかな声でそう語りかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る