第17話 ギャラリーカフェ サガリバナ

十月十七日


 何とか店のオープンに漕ぎ着けた。島に知り合いも僅かしかいない。こんな五十代半ばの冴えない親父がカフェを開いてどこまで通用するか全くわからない。色んな人にアドバイスをもらいながら、内装もほとんどは自分で施工した。毎日、生傷だらけになったが、まだ改良の余地は沢山あるが、何とか思うように仕上がったみたいだ。

 久住さんに紹介してもらった建築デザイナーや有名カフェオーナー、ウェブデザイナー、無料で掲載出来る飲食店サイト、沢山の人に教えてもらえたのが幸いだ。

 内装が終われば次は人材の確保だ。今島はコロナ禍後の極度な人材不足で募集をしても中々来ないと聞いていたが、アルバイトの応募は、意外と多かった。お昼のランチタイムに一人、週末のワインバータイムに一人居れば十分なのだが、8人の応募があり4人を採用した。お昼の二人は、三十代と四十代の主婦でどちらも今時というか、かなり若く見える「お洒落主婦」である。夜は、二十代でフリーのエステティシャンの女性と三十代の歯科助手をしている女性。水商売っぽい派手さは求めず真面目そうな人を選んだ。昼、夜とも島の平均値より時給は高めにしている。時給が少々高くても良い人材を集めたほうがいいと有名カフェオーナーのアドバイスがあったからだ。明日のオープンに向けて、ミーティングとシュミレーション、色んな作業に追われている。四人とも飲食店アルバイトの経験があるので、色んな意見ももらいながら進めて行けるのがありがたい。

 スマホにメッセージが来た。「いよいよ、明日だね!頑張ってね!後で話せる?」沙羅からだ。彼女が京都へ帰ってからも毎日のようにやり取りをしている。今はタブレットを使ったラインのビデオ通話主体で離れてはいるが毎日会えているような不思議な気分だ。SF映画のようにこの画面に手を突っ込み触れることが出来たらどれほど幸せだろう。「何とかだけど、上手くはいってるよ!お店のオープンがこんなにエネルギーがいるとは思わなかったから、ヘトヘトだけど楽しいかな。あ、先に髪乾かしたら?冷えるでしょ?」「部屋暖かくしてるから大丈夫!でも何でサガリバナにしたの?」サガリバナは躑躅(ツツジ)目の植物で、梅雨が終わる頃にシーズンを迎える。枝に連なってたわわに咲く。花びらは小さく雌しべと雄しべが露出している。赤と薄いピンクのふわふわとした妖精のような花は甘いバニラのような匂いを放つ。日没から咲き始め、夜明けとともに散ってしまう。南国特有の非常の美しい花だ。恥ずかしくて本人には言えないが、沙羅の香りとよく似ていることを思いだしたから。いつでも沙羅と居る気分でいたくてこの店名にした。「サガリバナって名前の店聞いたことないし、綺麗でいい香りするから気に入っているんだ。それに花言葉が、幸福が訪れる。」照れくさかったのでちょっと誤魔化した。「きゃはは、たっちゃんが花言葉って…。きゃははは…。」「何でおかしいかな?」まだ、画面の向こうで笑っている。「花言葉が似合わないけど、いいんじゃない!」坊主に髭眼鏡の親父には花言葉は似合わないらしい。

 お互いの気持ちを確かめ合って翌日に「遠距離恋愛」になってしまったが、返って素直になれた。「好き」という言葉は気持ちが深まるにつれ、恥ずかしくて言えなくなってくるものだが、ラインがそれを助けてくれた。一日に何回も「好き」が飛び交う。リモート通話でも言葉に出来るようになった。彼女が度々聞きたがる「愛してる」という一言は、照れくさくて中々言えないが、会えない時間がこの恋を育ててくれている。


十月十八日 

 深夜まで作業して、早朝に目が覚めた。まだ空が蒼い。9時起きで十分間に合う予定なのだが、落ち着かない。仕入れに行く前にキッチンに立ち、仕込みを始めた。メニューはシンプルに三種類、島の牛と豚を使ったハンバーグとマンゴーカレー、日替わりランチ、それぞれにサラダとスープが付く。食後のデザートとドリンクは別オーダーにした。「商売は口と美を狙え!」有名なユダヤ人の言葉だが、どちらも女性をターゲットにした商売が良いという意味だ。島でランチにお金をかけるのは主に女性、男性は夜遊びにお金を遣う。

 女性ウケする為には、まずお洒落であること、適切な値段設定、駐車場から近いこと。料理はわかりやすく、盛り付けがきれい、美味しいというコンセプトにした。スタッフの服もシンプルな黒いエプロン、服装はなるべくお洒落にという指示だけしてそれぞれにまかせた。

 スーパーの開店時に合わせて仕入れに行くが、商品の陳列が間に合っていない。内地のスーパーは開店までに陳列を済ませるのだが、島のスーパーは開店してから陳列を始める。商品が揃うのは10時頃になる。品出し中の店員にお願いして必要な物を揃えてもらう。

 慌てて店に戻り、仕込みの続きを始める。

「おはようございまーす!」アルバイトの女性二人が出勤した。何があるのかわからないので、暫くはアルバイト二人体制にしている。開店準備を進めていくと、「お疲れ様でーす!」(内地で言う、お世話になってます。)花が順番に届く。内地の知り合いからの物も含めて、5つほどがエントランスに並んだ。幸い予約でテーブルの半分は埋まっている。アルバイトの女性の友人と小料理碧のオーナー夫妻、観光客らしき人もいる。

 11時20分簡単な朝礼をした。いよいよ、開店だ。11時30分、開店と同時に客がなだれ込む。予約外の客が二組、予約の電話が鳴る。シュミレーション通りに対応してくれるアルバイトが頼もしい。皆、飲食店アルバイトを経験しているので、思ったよりスムーズだ。「満席なんですけど、予約のお客様どうしますかー?」空き次第の案内になるのと、何組待ちになるかを伝えてもらうように指示する。初日から目が回るような忙しさだ。碧の夫妻が、「一ヶ月位は、毎日大変だよ!島の人皆来るからね!そっから、後が大事だよ!」毎日のように新店がオープンする都会と違い、島の人達にとってはちょっとしたイベントなのだ。調理補助からホールまで、要領良くこなしていくアルバイトが逞しく見える。14時00分ラストオーダーとなり、三人でまかないの昼食を食べる。日替わりもハンバーグも売り切れたのでカレーだ。暫くはカレー続きになるだろう。食べながら、反省点を振り返り対策を講じる。大きな会社も小さな飲食店もやる事はあまり変わらない。

 翌日の仕込みと掃除を終え、離れの自宅で風呂に浸かる。一日を思い返しながら、明日の事を考える。趣味的な営業のワインバーは、ランチタイムが落ち着くまで、まだ暫くは難しそうだ。

 ラインのメッセージが来た。「あ、お風呂なんだ!私もお風呂からかけるね!」沙羅とビデオ通話が始まる。「開店おめでとう!お疲れ様です。初日、大丈夫だった。お客さん入ってる?手伝いに行きたいけどごめんね。明後日から会社のインターンが暫くあるの。」お互いの近況を話しながら他愛もない会話が続いていく。二人で混浴しているような気分になれるこの時間が毎日の癒やしだ。

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