第14話 貸家見つかる

八月二十五日


 読者はご存知かと思われるが、「ゲストハウス碧」は原則として女性同士、またはカップルの宿なのである。じゃ私はなんでって?そうだな、何で許してもらえたのだろう。沙羅とオーナー夫妻に気に入られたということ。離島では「ナイチャー(沖縄県以外の日本人、内地から来た人)」は、外国たら来た人のように認識される。更に移住して「島ナイチャー(内地から移住した人)」になると扱いが変わる。旅行に来てる分には島人は格別に優しい。離島の収入源の大半は観光だから、優しくして当然なのだ。しかし、移住して島ナイチャーとして住むとなると、全く違う環境下となる。風習の違い、考え方の違い、当然色眼鏡で見られる。色々と不自由することも多い。それらをクリアーしていくには、島人と仲良くなるのが一番の得策だ。


 私がゲストハウス碧に居られる期間は、沙羅次第だ。彼女がオーナー夫妻に頼んで、特別に泊まらせて貰っているから、沙羅が居ないと難しい。彼女の叔母は、「好きなだけ居てくれともいいよ!」と言ってくれてはいるが、それはめいである沙羅の手前もあるからだ。

 この宿に滞在出来るのはあと一週間ほど、そろそろ次の宿の手配をしなければならない。


 朝食時に沙羅に話すことにした。月末で宿を出ることを告げると、「何でー、私が帰ってもたっちゃんここに居ていいよ!叔母さんもいいって言ってるし!物件見つかるまでいいよ!」話は嬉しいがやはり宿のルールを破るには、何か特別なことがないと難しい、それに沙羅が居ないと肩身が狭い。

 沙羅のスマホが鳴った。「あー、うん。えっ、いいってー!すぐ降りる。」「たっちゃん、あったよ物件!お店のお客さんのオジイさんが使ってた家だって!碧の前に来るから案内して貰えって!」何と言うタイミングであろうか、彼女の叔父がよく「アンテナが近いんだよ!」というが、島ではこういうことが頻繁に起こる。

 降りてみると、「おはようございます!」非常に爽やかな長身の男性がいた。「おはようございます。この度はお世話になります。」ここから歩いて行ける距離だという。道中、どんな物件なのかを聞く。「十五年ほど前に祖父が他界しまして、祖母が一緒に住むことになったんです。沙羅ちゃんも知ってるよ!幸代オバア。」沙羅「あ、うちのオバアの同級生?三線仲間って?」男性「そうそう、そのオバア。それで、来年息子が沖縄の高校を受けることになって、私も今沖縄の教育省に勤めているので、そっちへ引っ越そうかと。」男性は元々地元では有名な高校教師で「つよぽん」と呼ばれ、熱くて面白い先生として非常に愛されていたようだ。教育熱心さと生徒や父兄からの信頼の暑さから、教育省が「先生を育てる先生」として白羽の矢をたてた。兵庫県にある大学院に推薦入学し二年間学び、沖縄県那覇にある教育省沖縄支部に配属された。非常に優秀な先生なのである。僅かな時間でも、人懐っこい一面が感じられて魅力的だ。時折、かますボケが滑りっぱなしなのは良いとしておこう。

 彼のオジイの家は年に一回、親族が集まって法事をする時にだけ使っている。自分達以外で世話してくれる人もいないから、売りに出すことも考えていたそうだ。

 居酒屋碧から坂道を登って十分ほど、タオルで汗を拭う。ようやく着いた。門の施錠を開けて中に入った。思っていたよりずっと広い、60坪ほどあるだろうか?

 昔ながらのあかがーら(赤い瓦屋根)の旧家である。建物は二棟に別れている。話を聞くとオジイが建てた30年ほど前はまだ一坪五千円程度で家一軒十万円から建てれたという。木造部分はぎゃーぎ(狗巻)という非常に堅い木で造られていて、堅すぎて白蟻も付かないらしい。外壁や瓦屋根こそ鄙びているが、中はかなり綺麗に保たれている。母屋が今で言う3LDK、別棟が2LDK、当時の家にしては珍しくそれぞれの風呂場に広いタイル貼りの湯船がある。システムキッチンにカウンター、当時では珍しかったはずだ。きっとお金持ちだったのだろう。家具もそのままに置かれている。要らない物はこちらで好きに処分してもよいらしい。

「家賃いくら位がいいですか?来年春には島を出るんで、以降の修繕とかはそちらでやって貰うことになります。」普通に借りれば、月15万以上するだろう。思い切って8万と提示してみた。「あ、じゃあ8万円で!」「えっ、いいんですか?」安く貸す代わりに入居前の清掃やちょっとした修繕はこちらでやって欲しいということで総意に至った。賃貸契約書は要らないというが、何かあった時に必要になるからと、こちらで作成することにした。

 九月一日に鍵を受け取り引越すことになった。店の間取りやデザインはゆっくり考えればいい。とにかく、理想的な物件を得れたのだ、心が躍る。

 大家さんの家はここから、東へ徒歩2分程度。物件案内後、連絡先を交換して、今度一緒に小料理碧で呑みましょうという話をして別れた。

「好きなだけ内覧して貰って鍵は帰りにポストに入れておいてください。」とのことだったので、じっくりとあれこれと細かく見てまわる。母屋は家具を移動して照明器具を交換、簡単なDIYで何とかなりそうだ。居間は畳からフローリングに変えてソファーを置こう。リビングと繋がる部屋はカフェとギャラリー、テーブル席とソファー席で最大20名位のキャパシティだ。一番小さな六畳間は書棚とパソコンラック、椅子を入れて事務室に、ドアも付けたい。

 別棟は住居として使おう。十畳ほどある一番広い部屋はフローリングに変えて、ベッドを置こう。ダブルベッド二台、それともクイーンサイズのほうが…。いや、ちょっと待てよ。沙羅と暮らしたい願望が出てる。「たっちゃん、ここ大きいベッド置けるね!アメリカの映画に出てくる。横幅のほうが広いのとか…。」笑顔の沙羅を見てドキっとした。「あんなベッドでゴロゴロしてみたいなぁ。」無邪気な彼女の言葉に二人で生活する夢が色濃くなっていく。「こう向きかな?入口が頭側は良くないらしいからこっちだね。」畳に寝そべる沙羅に並んで転がった。「ライトは変えたいね。暖色で電球のおしゃれな調光出来るヤツ。」

 もう一つある六畳間は、趣味の部屋にしたい。最後に風呂場を見に行く。脱衣所に洗面台と洗濯パン、大きな棚もある。ガラス戸を開けてタイル貼りの風呂場に入る。湯の温度は入口でも中からでもデジタル表示で調整出来るし、自動お湯張り機能まである。広めの洗い場に足を伸ばしてゆっくりと入れそうな湯船がある。沙羅が湯船に入った。「見てー!足伸ばして入れるよ!うちの宿のより広いかも?二人で入ってもいけるね。」彼女の何気ない言葉に良からぬ想像が頭を過ぎる。沙羅と混浴?いかんいかん、何を考えているんだ。中二病か俺は?

色んな妄想を抱きながら内覧を終えて鍵をポストに入れた。オーナーの男性のラインにお礼のメッセージを送った。

「たっちゃん、良かったねー!ほんと、良かった!」まるで自分のことのように喜ぶ沙羅が可愛い。「母屋を店にして、カフェとバーはダイニングで、他の部屋は仕切りを外してギャラリーにして…。土足は嫌だからスリッパが要るし…。」私のお店というより、まるで沙羅のお店になるような話をしながら坂を下る。宿まではもう少しだ。

「今日から二人だけだね。お昼御飯どうしようか?待ってくれるなら作ってもいいけど。」もうすぐ12時になる。「前に行ったうどん屋さんは?多分、この近くだよ。」途中の道を左に折れて、白い暖簾をくぐった。引き戸を開けると「いらっしゃいまーせー!あらこの前の?」気持ちの良い女性店主の接客に頬が緩む。「娘さん?旅行ですかー?」やっぱ、そう見えるよね。こんなに綺麗な娘が居ればそれはそれで嬉しいが…。綺麗と褒められご機嫌な沙羅が「ここから、ちょっと下ったところに親戚がやってる宿があって…。」うどんが茹であがるまで沙羅と店主のテンポ良い会話が弾む。沙羅は基本的に人見知りしない社交的な性格だ。一人だと、引っ込み思案の時もあるが、誰かと一緒なら、良く話す。発声か良いせいか、話もわかりやすい。

「京都の呉服屋さんかー、着物もええなあ。」「是非、遊びに来てくださいよ!京都の街案内しますよー!」「ちょっと、あれ言えるん。舞妓さんとかの。」「かよさんお姉さん、こんにちは!今日は、暑うおますよってにお気を付けておくれやす。」「へぇー!」ようやくうどんが茹で揚がった。

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