第13話 黒ギャル発つ

八月二十三日


 午前九時いつもの朝のバラエティー番組を観ながら、朝食を口に運ぶ。六人掛けのテーブルには何時の間にか指定席ができ、二人だけなのに沙羅は私の左隣に座っている。こうしてゆっくりと過ごす朝の時間が好きだ。

 歳のせいか、何時に寝ても大抵5〜6時間後には目が覚めてしまう。早く目覚めた時は、港かビーチまで散歩に出かける。早朝だとアルコールが抜けてないので車の運転は控えている。この島には一風変わった警察の取締りがあって、飲酒検問はなんと早朝から行われるのだ。通称「残酒検問」と呼ばれている。朝に取り締まっても意味ないだろうと思われるが、この島の人々の酒の呑み方は半端ない。何度か一緒に呑んだこともあるが、長い時間の場合、夕方から呑み始めて10時頃酔い潰れて深夜0時頃起き出して、また2時頃酔い潰れて再び4時頃から呑み、夜明けに解散というのもあった。私は朝までゆっくりと薄い酒を呑んでいたが、相手が寝たからと帰るタイミングを計ると起きてくる。結局、朝までつきあわされることになってしまう。そのまま車で帰ろうとする輩がいるから警察が朝に取り締まるのだ。現に早朝の交通事故が多いのもそのせいだろう。

 今朝は沙羅の口数が少ない。ボーっとバラエティー番組を観ている。いつも観ながらツッコミを入れたりしてよく笑うのだが、今日は心ここにあらずのようだ。ドタドタと階段を降りる音がして、すっぴんのギャル二人がリビングに入ってきた。「おはよー!わー、朝御飯あるー?」沙羅「おはよ。用意するからちょっと待ってね。」二人はシャワールームへ向かったようだ。今日のお昼の便で内地に帰る。私は所謂「ギャル」が苦手で、最初は敬遠していたが、この二週間ほどで慣れて親しくなった。僅かな期間なのにまるで家族のようだ。二人は濡れた髪のままテーブルの向かいに座った。焼いたポークと目玉焼き、魚の西京焼きが乗った皿に白ご飯と野菜たっぷりの味噌汁が付く。四人だけの時は沙羅が一人で作ることが多くなった。

 りな「お昼の便やから、11時前には出るわ。」時計の針は10時を指している。まなが口に頬張りながら「レンタカー返して行くから送らんでええよ。沙羅飯食べられへんの残念やわ。」彼女らしい回答だ。ギャル二人が去ってしまうと静かになって、少々淋しいかもしれない。最初は、少し疎ましく思っていたのに人の縁は不思議だ。今は一緒に過ごした時間を巻き戻したくなる。

 三階の部屋からデカいスーツケースを二つ、駐車場まで降ろす。何が入っているのか、思ったよりずっと重い。二つめを降ろす頃には汗びっしよりだ。りな「二人とも、うちらワガママばっかりで好き勝手やって、迷惑ばかりかけて…。ほんまにありがとう。こんな楽しかったこと、忘れられへん。」りなとまなと、沙羅が抱き合った。貰い泣き出来るほど、三人の浮かべた涙が綺麗だった。人の縁や愛情を作るのは、時間の経過ではない。例え、人生の中の瞬きするほど僅かな時間であっても人はわかりあい愛し合えるのだ。

 三人で抱き合った後、二人とそれぞれ握手をし、軽く抱き合った。まな「たっちゃん、ほんまありがとう。沙羅を大事にね。」りなは泣いて言葉にならない。普段は姉御肌だが、人一倍繊細で情に厚いのだ。まな「これ二人に

 。」レターケースに入った手紙を沙羅と二通ずつ受け取った。まな「後で開けてね。」

 珍しくまなが運転席に、りなが助手席に乗り込んだ。車のドアが閉まり、ハザードを点けたまま、二人のレンタカーは見えなくなった。見えなくなるまで、沙羅と手を振り続けた。暫く黙っていた沙羅が「たっちゃん、やっぱ空港まで行こ!いつ会えるかわかんないし。」気持ちは沙羅と同じだ。しつこいかもしれないが、最後の最後まで例え数分でも一緒にいたい。

 ポケットに入っていたキーをそのまま挿してエンジンをかける。助手席に座る素顔の沙羅がいつもより澄んで見えた。空港までの30分ほどの道程の間、珍しく沙羅が無口だ。色んな思いが頭を過ぎるのは同じだろう。空港内に雑多に置かれた白い丸テーブルの椅子に座った。もう間もなく二人は来るだろう。ロビーの入口を見守った。暫くするとミルクチョコレートのように灼けたギャル二人が大きなスーツケースを押して来るのが見える。沙羅が先に駆け寄って行く。りな「うっそー何で?」嬉しそうな三人の笑顔が眩しい。自動チェックイン機から荷物を預けるまで付き添った、搭乗時刻までもう10分ほどしかない。僅かな時間を惜しむようにお互いに触れながら話す。搭乗のアナウンスが聴こえる。ゲートの入口で三人は抱き合って、二人で手を振りながら見送った。何度も振り返るまな、りなは振り返らない。プライドの高いりなのことだ涙は見せたくないのだろう。沙羅が私の左腕を持った。大きな蒼い瞳から涙が溢れて落ちる。あまりに美し過ぎて吸い込まれてしまう。二人はもう見えなくなった。「淋しくなるね。」沙羅が一言だけ呟いた。

 二人を乗せた飛行機は空高く羽田へと旅立っていった。次に合う時は、ギャルは卒業してダークスーツが似合うりっぱなビジネスウーマンになっているだろう。

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