第12話 サガリバナ

八月二十二日


 今日も午前中から物件探しだ。裏道を車でゆっくりと流しながら、空家や貸家を探す。かなりボロボロだし、外観から空家だと思って車を停めて見に行くが電気メーターが回っている。台風やカタブイ(スコール)の影響で建物の外観はすぐにボロボロになるが、コンクリート造りで中は丈夫、普通に生活出来るのだ。良くわからない物件は役所に問い合わせれば、簡単に家主がわかる。以前、島のバーで隣り合った副検察官が話していたが、所有者不明の物件をまるで長年そこに居たかのように話し、昔の写真のように加工した写真を提示し、乗っ取りを試みるヤバい連中が居るらしい。気をつけて探さないと、物件がかち合ったりしたら面倒だ。

「お昼御飯あるよー!油淋鶏だって、食べるー?」沙羅からラインが来た。今日も収穫は無いが宿に戻ることにした。

 リビングでテーブルに着くと三階から階段の音を響かせて、ギャル二人が降りて来た。テーブルには既に昼食が並べられている。四人揃ってのランチタイムになった。まな「今日どーする?何もないし…。」りな「たっちゃんは、物件探し?何時までやんの?沙羅は店?」私「急ぎなことは無いけど。」沙羅「今日、予約無かったから、多分バイト無いかな?」りな「これ観に行きたいんやけど…。どう?行かへん?」スマホの画面を開いて私と沙羅の間に置いた。沙羅「あ、サガリバナ。」まな「見たことあんの?」沙羅「オバアに連れてってもらって、何度か観に行ったよ。」りながスマホの画面をスクロールする。「見頃は六月やって、まだあるんやろか?」沙羅「ちょっと少ないかも?でも、多分観れるよ!」

 皆で夜からサガリバナを観に行くことになった。洗い物を皆で片付けて、りながコーヒーの豆を挽く。沙羅が何かを作り始めた。まな「何作るの?」沙羅「んーと、オレンジ風味のバスクチーズケーキ。」まな「あんた、そんなん作れんの?すご!」まなが手伝いに入った。りながコーヒーのカップを置いて、オーブンでケーキを焼き始めた二人がテーブルに戻った。りなまな「あんた何でも出来るなぁ、ええ嫁なれるわ。」沙羅「ネットに載ってるし、混ぜて焼くだけだからすぐ出来るよ。」私「俺もいくつか教えてもらおうかな。お店で出したいし。」

焼き上がったら、オーブンから出して、粗熱が取れるまで暫く放置する。その後、冷蔵庫で3時間ほど冷やして出来上がりらしい。

 サガリバナの密生地がある添道までは車で15分ほどだが周囲にキビ畑と自然林しかなく、場所が解りづらい。隣の沙羅がグーグルマップを見ながらナビをしてくれる。暗闇の中、ようやくそれらしき場所に着いた。駐車場らしく車が3〜4台停められるスペースがある。木が生い茂っていて月明かりも入らず真っ暗だ。釣り用のヘッドライトを着けた。まなには懐中電灯を渡す。小さな看板でサガリバナと書かれて矢印が表示されている。細い道を抜けると林道のような二人並んで歩ける道に出た。甘いバニラのような香りが流れて来る。沙羅の香りとよく似ているような気がするが、もっと甘い香りだ。歩いていた沙羅が立ち止まりふと左上を指を指した。「これ!これ!サガリバナ!」ヘッドライトを向ける。りな「えー、きれい」スマホの画像のような満開ではないが、所々に咲く妖精のように幻想的な美しさは映画のワンシーンのようだ。皆、息を飲んで見つめた。花びらは短く退化し、赤く細長い雌しべを中心に薄いピンク色の雄しべが数十本、その先には黄色い花粉がある。後で調べたのだが躑躅(ツツジ)目の高木で、夜間に受粉のための昆虫を呼び寄せるために花びらを短くし、雌しべと雄しべを発達させたらしい。一夜の間だけ咲き夜明けには散る、美しくも儚い花なのである。

 サガリバナの林道は僅か数十m、撮影しながらゆっくりと花の回廊を歩いて行く。本来の見頃は、六月で一ヶ月だけライトアップされるという。次は来年の六月に観に来よう。その時もこうして傍らに沙羅が居ればいいのだが…。

「バサーっ」と音がして黒っぽい何かが目の前を横切っていった。大きい、翼長は1m以上ありそうだ?驚いた沙羅が左腕に抱きついている。その柔らかな胸に挟まれる左腕は何と幸運なのだろう。「鳥かな?」「鳥ー?」「カラス?」「こんな夜中に?」周囲をぐるりとヘッドライトで照らす。一瞬暗闇に銀色に反射する二つの光があった。林道を挟んで向かいの樹の上だ。私「居た!ほら、あれ!多分、ヤエヤマオオコウモリじゃないかな?」黒っぽい身体の胸元がベージュ色の大きなコウモリだ。フルーツバットとも言われ、果実や虫を主食とする世界最大のコウモリの一種である。目も良くフクロウのように羽音を立てずに滑空する。

 こちらをじっと見ているコウモリを照らしながら解説する。まな「たっちゃん、何でも知ってるやぁ。たつペディアやん!」私「ただの年の功だよ。」りな「あーいちゃいちゃしとる!」沙羅が慌てて腕を離して右手を横に振る。「いや、驚いただけだから…。」りな「ごめんなぁ、いらんこと言うたわ。」沙羅の肩に手を置いた。

 林道から狭い道を抜け駐車場へと戻った。まな「すっごいきれかったー!持って帰って飾りたいなぁ。」沙羅「前に持って帰ったことあるけど、すぐにしぼんで枯れちゃうよ。」りな「せやねんなぁ!花の命は短いねん!」まな「それ、うちらもやん!枯れる前に早よ嫁に行こ!」りな「まだ、早いって!三十位でええやろ!」

「ちょっと、ちょっと、上見て!」見上げた沙羅の顔が優しい笑顔になっている。ヘッドライトを消した。暗闇の中、景色が徐々に蒼っぽく変わっていく。「うわぁー、何これ?きれい!」所々に雲があるが、濃い藍色にダイヤモンドの粒を散らしたような満天の星空だ。星が多過ぎて星座も何も判別出来ない。まな、「すっごー!これ写真に撮れないかな?」沙羅「暗くて無理じゃない?」三人がスマホを傾けるが難しいようだ。車から三脚を出してカメラをセットする。脚を短くたたんだまま下から見上げるように。私「ちょっと撮ってみるよ。上手く撮れるかわかんないけど。」ギャル二人を中心に立ち位置を指示してタイマーをかける。「暫く動かないでね。10秒位。」「ピピッ、ピピッ、ピー、カシャ。」シャッター音が響いた。

「お腹空いた〜!」まなの一言が帰る合図になった。「ちょっと待って。」沙羅がクーラーから手のひら大の銀色の四角いものを配る。アルミホイルを開けると中身は昼に焼いたオレンジ風味のバスクチーズケーキだった。りな「うわっ!うま!」まな「これヤバいね!」「美味すぎて、よけい腹へるわ!」私「何か食べて帰ろうか?」まな「焼肉〜!」沙羅「また〜?この前食べたでしょー!」まな「私のおっぱいは焼肉で出来てんの!」

 

 

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