第7話 久住発つ

八月十一日


 久住さんが発つ日がやって来た。午後3時頃の便なので、昼食後皆で空港まで送ることになった。私のレンタカーに大きなスーツケースを積み、後部座席に乗せた。助手席には沙羅が乗る。彼女にはカフェ開業に向けて、色々と教えてもらったり、知人を紹介してもらったり、沢山世話になった。餞別に私と沙羅から、琉球ガラスの手焼きのペアグラスをプレゼントした。この島で過ごした日々をいつでも思い出せるように。

 他愛もない話を弾ませながら、新しい空港へと車を走らせる。「人生なんて、あっという間だから、やりたい事はちゃんとやらなきゃダメよ!」コロナ禍をきっかけにリモートで仕事をやるようになり、色んな土地で楽しみながら人生を謳歌しつつあるそうだ。「沙羅ちゃん、自分の気持ちは大切にね。怖がらないで、ちゃんと伝えなきゃ。大丈夫、おばちゃんが保証するから。」何か、意味深な話に変わっている。沙羅に好きな男がいるのかもしれない。これだけ美人で気立ても良ければ、交際を断わる男なんていないだろう。若い頃は特に愛されたい気持ちが強い。ドキドキしながら、話に耳を傾ける。「まだ、出逢って間がないし、好きとか全然わからなくて…。ただ、一緒にいるとすごく楽しいというか、ホッと出来るんです。」え?出逢って間がない?島人?いや旅行者なのか?色んな思いが頭をよぎる。「沙羅ちゃん、こっち居るの今月いっぱいでしょ。離れちゃったら、困るわよ!」「そうなんですけど…。」意味深な会話に耳を傾けながら空港に着いた。

 ギャル二人とはロビーで合流した。まだ、搭乗まで暫く時間がある。テーブルを囲んで、女子達の会話が盛り上がる。久住さんは、暫く東京の自宅に戻って、また旅に出る予定らしい。次は、美味しい食材と温泉を求めて北海道に行きたいとか、私も自由気ままだが仕事をしながらあちこちへというのが羨ましい。搭乗のアナウンスが流れた。女子達は軽く抱き合って、私は握手をして見送った。振り向きもせずに島では聞き慣れないヒールの音を響かせて、ショートカットの才女は帰っていった。

 人生は出逢いと別れの繰り返し、解っていながらも、淋しい気持ちになる。若い娘三人の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。一緒に過ごした日々が、それだけ素晴らしかったのだ。振り向きもせずに行ってしまったのは、彼女の目にも涙が浮かんでいたからだろう。人一倍気丈な女(ひと)だから、湿っぽい幕引きは好まない。

 いつも強気なりなが一番泣いている。ぐずっている姿から幼い頃のりなが思い浮かぶようだ。ギャル二人は、空港近くの美しいビーチへ行くらしく、沙羅とともに空港を後にした。

 帰りがけに展望台へ誘った。沙羅が思いを寄せる相手が気になって仕方ない。駐車場から林道のような小道を通って、石積の階段を上がったところに展望台がある。普段は島サバ(ビーチサンダル)なのに、今日は踵の高いサンダルを履いているせいか、階段が歩きづらそうだ。「大丈夫?」「うん、全然平気。」強風に煽られる膝丈の黒いノースリーブワンピースの裾を押さえながら階段を登っている。三十段ほど登って、展望台に着いた。台風で浄化されるのか、海も空も抜けるような透明感があって美しい。「すっごーい!めちゃきれー!」カメラを持ってくれば、また沙羅をモデルに撮影のチャンスだったのに残念だ。「写真撮ろうか?」仕方なくスマホを構える。前回のビーチでの撮影で覚えたのか、ゆっくりと動きながらポージングしていく。前よりもずっと表情が豊かで、ポーズも自然だ。何枚かは、素晴らしいショットになっているはず。カメラを持って来ていないのが口惜しい。「たっちゃんもー!」沙羅がカメラを構えると「撮りましょうか?」後から来た。若いカップルに声をかけられた。互いに数枚シャッターを切りあった。「父娘(おやこ)旅行ですか?」と言われた。やっぱり、そう見えるよなぁ。ちょっと残念な気分になった。沙羅が帰省ついでに宿の管理者をやっていて、私は宿泊者と説明してくれたが、何となく話にはあまり乗れない。

 そうだ、久住さんに買ってもらった沙羅へのプレゼントを渡さなきゃ。ショルダーバッグに入れたプレゼントを取り出した。沙羅はこちらに背中を向けて景色を撮影している。不意に振り返って、「ねえねえ、うちの宿どこかなあ?」「多分、あの白とブルーのホテルの裏側あたり。」「沙羅、これ。」「えっ、何?私に?」自分を指差す沙羅。久住さんには、私からのプレゼントだと渡すように言われていたが、やはり嘘はつけない。「これ、久住さんから、私が発ったら渡してって。俺からのプレゼントと言って渡しなさいと言われたけど、嘘つけないから…。」水色の小箱を渡した。「えー!ありがとう!開けても?」「これ、あの時の!」真青な丸い石に星空のように金色が浮かぶあのピアスだ。「うわー!どーしよー!これ欲しかったやつー!」満面の笑顔にこちらまで幸せな気分になる。好きな人にプレゼントを贈る喜びは格別だ。「今、着けてもいい?」ラピスラズリのピアスは目鼻立ちがくっきりしている沙羅によく似合う。「いいねー、良く似合ってる!」沙羅がスマホで自撮りしている。早速、久住さんにラインで送ったようだ。「もう一回撮ってぇ。」何枚かシャッターを切り、最後に景色をバックにフレームに入ろうとするが上手くいかない。沙羅が目一杯腕を伸ばして、私の胸に持たれる感じで撮影した。背中とお尻が軽くあたった。身体が触れた高揚感で、不安な気持ちはどこかに消えた。ツーショット写真まで久住さんに送ったようだ。

 横並びに石積の階段を降りる。プレゼントでご機嫌なせいか沙羅がはしゃいでいる。話に夢中になっているのはいいが、登りよりも降りるほうが、おぼつかない感じだ。焦らせないようにゆっくりと降りる。あと数段というところで「きゃっ!」左手の沙羅が転けそうになった。慌てて細い肩を抱き寄せた。危なかったのもあって、二人とも無口でドキドキしている。「あ、ありがとう。折れちゃったみたい。」骨折かとびっくりしたが、サンダルの踵部分が付け根から外れていた。階段に座り込む「あーあ、お気に入りだったのに。」残念ながら、島に靴を修理してくれる店はない。踵の接続部は接着剤と細いビスで固定されているようでソール部分を一旦剥がせば修理出来そうだ。「直してみようか?上手く出来るかはわからんけど。」左右の高さが違う状態で歩くのは危ないので、左腕に掴まってもらい小道を歩く。時折、僅かに触れる沙羅の胸が、私の心拍数をあげる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る