第6話 台風八号

八月七日


 珍しく朝食からテーブルに揃った五人が、テレビに釘付けだ。叔母「あらあら、こりゃ大変ね。買い出し行かなきゃね!」朝の番組内の天気予報で大型の台風10号が島に接近、直撃の可能性が高い。現在、南大東島より100km南東にあり、時速20kmでこちらへと勢力を強めながら向かっている。現在、935hktp、最接近時には920hktpになる見込みだ。台風の目がハッキリしている。こういう台風はかなりヤバいと聞いたことがある。

 沙羅以外は、南の島の台風未経験者だ。私も一度経験したが、ホテル宿泊でのことだ。沙羅を中心にリビングが、緊急対策本部と化している。沙羅本部長を中心に色んな対策案が練られている。台風時にまず必要なのが、飲料と食料、ライフラインが停まることもあり得るので、カセットコンロは必需品だ。窓ガラスやサッシの補強と隙間埋め、養生テープと新聞紙。懐中電灯やランタン、ローソクの準備。トイレットペーパーを始め、各種消耗品も必要だ。内地から離島の台風を想像すると、接近中が大変そうに見えるが、通過後も大変なのだ。数日は海が荒れて沖縄本島から船で運ばれる物資が届かない。台風が離島と沖縄本島の間に長期間滞在すると、更に大変なことになる。酷い場合二週間も食料品が手に入らないこともある。宿は街中だから、長い停電にはならないらしいが、二〜三日停電することも考慮しておく。私とまなが食料と飲料などの物資調達班、りなと沙羅が宿の補強関係、久住さんがベランダ等の片付けと掃除を担当することになった。

 水だけでざっと20リットル、カレー等のインスタント50食など大量だ。幸い宿には軟水器が設置されているので、水道水は濾過されてそのままでも美味しく飲める。まなとそれぞれの大きいカートがいっぱいになった。まなと二人で出かけるのは初めてだが、暑がりでタンクトップに短パンという出で立ちのせいか、まなの巨乳に周囲の視線が突き刺さる。おまけにタンクトップからはみ出たブラの肩紐と、お尻がはみ出そうな丈の短い短パンのせいもある。しゃがむとお尻側にTバックの黒いショーツがのぞく。ハッキリ言って、かなりエロい。男性客がまなの胸とお尻に熱い視線を送りながら通り過ぎる。まな自身は天然キャラで全く意識してないのも困りものだ。車の荷台がパンパンになった。車に積み込むのも一苦労、二階に上げるのは、更に大変だだろう。

 「この前のたっちゃんカッコ良かったなぁ。やっぱ、男の人やねんなぁ~。」「蛇のこと?」「なんか、きゅんした。」「えー?」いやいや、こんな親父相手にきゅんって?それでも、ちょっと嬉しい。話を変えて恋バナに振ってみる。「まなは彼氏いないの?」「こっち来る前に別れちゃった。」「どれ位付き合ってたの?」「よくわかんない!付き合ってるような、いないような感じ。」話を聞いてみると、合コンで知り合ったサラリーマンらしく、部屋に来ても滅多に泊まっていかない、夜はラインのレスポンスも低いとか…。「それ、既婚者じゃないの?」「りなに言われて問い詰めたら、ラインとかSNSブロックされた。やっぱ、そうかな?」ラインで通話出来るからと、電話番号も教えて貰ってないそうだ。音信不通のままらしい。話を聞くと男として、憤りを感じるのと申し訳ない気持ちがごちゃ混ぜになった。「たっちゃん、バツイチやんね。何で別れたん?」別れた理由は、妻の不倫だった。職場の上司でお互いに家庭のあるダブル不倫だった。不倫に気付き妻を証拠を揃えて問い詰めた。きっと泣く泣く赦しを乞うだろうから、猶予期間を設けても良いだろうと思っていたら、予想の反対側を行った。あの真面目で清楚な妻が、嫌な女の顔に豹変した。「私、別れるから」。未来の無い関係に何故向かうのか?私には理解出来なかった。止む無く妻の両親と仲人を務めて頂いた上司夫妻に報告し、離婚の承諾を得た。相手の男にも連絡をとり、弁護士を挟んで、損害賠償請求した。離婚の手続きは思ったより簡単だった。その後、共通の友人を通して、経過を知ったが、妻はその男と別れ、実家に帰ったらしい。男の家庭は、何事もなかったように幸せに過ごしているそうだ。

 そんな過去の話をしていると、「たっちゃん、可哀想!私やったら、絶対そんなんせえへん。」慰める立場が逆転していた。

 人は様々な過去を持って、現在を生きている。過去があるからこそ、現在の自分があるわけだが、辛い出来事はなるべく思い出したくないものだ。でも、辛い過去があるから、より良い未来を目指そうとするのだろう。


 駐車場に着くと沙羅とりなが降りて来た。沙羅か「お帰りなさいー!物あった?」りな「あれ、お肉とか鶏も?」台風最接近は明日の夜だから、三日分ほど作り貯めしようと思っている。久住さんも降りて来た。全員で二階まで運ぶ。停電にならないうちに私と沙羅は、キッチンで大量の作り置きおかずを仕込む。適当に買い込んできたから、メニュー決めかスタートする。残ったら冷凍出来るもの、日持ちのする物が中心だ。

 りなまなは何故か、風呂場とシャワールーム、トイレの掃除を始めた。久住さんは仕事の為、自室に戻った。間もなく、風呂場から水音とギャル二人の大きな声が響いた。


八月八日


 昼前から風が強くなってきた。スーパーを始め、テナントビルや商店が台風対策のグリーン色のネットを張っている。夕方には全てが閉店するから、追加の買い出しに行くなら今しかなあだろう。皆、部屋にいるようなので、聞いてまわることにした。管理人室をノックするが、沙羅はいない。続いて久住さん。停電してもタブレットを使いたいと、モバイルバッテリー二つ。最後にギャル二人の部屋。ノックすると、まな「えーっと、何かあったわ?りなー?」か「とりあえず、どうぞ。」りな「ちょっといきなり入れんといてよー!」部屋干ししてある下着を慌てて仕舞いこんだ。彼女達の部屋は二段ベッドになっている。卓袱台を囲んで、色々と聞いたが、女性用品も多いので、今度はりなと二人で行くことになった。まなが行きたがったが、「あんた行ったら、抜け多いから〜!今日、洗濯当番でしょ!」とりなに諭されて渋々居残りとなった。りなのお出かけ準備待ちの間に沙羅を探す。一階の居酒屋碧に居た。女将である叔母と、店の残った食材で料理の下拵えをしている。沙羅からの注文は、調味料関係と薄力粉。台風の時は、パンを焼くらしい。なるほど、パンなら日持ちもするし、冷凍も出来る。停電しても自然解凍で食べられる。

 花柄の青い膝丈のワンピースに着替えたりなが助手席に座っている。相変わらずツンとした眼差しで流れる景色を眺めている。りなは一見ワガマママイペースに見えるが、意外と周囲に気を配っている。強気な発言から気丈でタフに見えるが、本当は涙もろく繊細だ。強がりなのか、皆の前では、虚勢を張る。

「まなとに買い物お願いしたら、買い忘ればっかりで…。ごめんなぁ。」りなの買い物は早い、迷いが無いと言うか、隙が無い感じだ。仕事が出来るキャリアウーマンになるタイプだが、この性格はストレスを溜めやすい。ちょっと解してあげようと思いショッピングモールの中にあるドーナツショップで休憩しようと誘う。「ちょっと疲れたし、一服しない?時間あるし。」りな「疲れたん?たっちゃん動きっぱなしやもんな。大丈夫なん?」天の邪鬼だから、「りなの為に」とやると反発する。逆に「私の為に」すると心配して優しくしてくれる。皆の前では強気なお姉さんだが、今日のりなは柔和な笑みを浮かべている。「何かあった?」話を少し振ってみた。早々に就職が決まって、逆に張り合いが無くなり、何となく日常を過ごしていたらしい。まなも就職が決まり、夏休みにやりたい事を精一杯やってみることにしたらしい。髪を金髪にするのも、タトゥーを入れるのも、黒ギャルになるのも、へそピアスも、実は全部初めてだった。おまけにキャバクラ勤めも。今しか出来ないから、思いっきりやる。こんなに楽しい夏休みは初めてだと、笑いながらりなが話す。「人生で一番楽しい夏休みにしようね!」りな「大丈夫やで!もう、なってるし!」。盛り上がったりなと、ドーナツやらお菓子、アイスクリームを買い漁った。残念ながら女性にスイーツが必要なことは、親父の頭には浮かばなかった。


 宿に戻る頃には、更に風が強くなり雨がぱらつき始めていた。台風が近づくと心細さもあるのか、誰も部屋に戻らずにリビングに溜まっている。まだ、夕食には早い時間だ。「トランプやらへん?」まなが何処からかトランプを見つけていた。沙羅「何するの?七並べ」久住さん「神経衰弱は?」まな「それパス!」。結局、七並べに決まる。罰ゲームは、コーレーグース(泡盛の島唐辛子漬け)入りビール。沙羅が負けた。グラスのビールを一気呑みする。「あれ、そうでもないかも?」「ちょっと、あれ?ヒー!」沙羅の顔が真っ赤だ。ちょっと涙ぐんでる。沙羅「次は絶対勝つー!」トランプの神様は、彼女には微笑まなかった。沙羅「んもー!なんでー!」流石に二杯目は可哀想だったので、グラスを奪って一気呑みした。りな「何ー?たっちゃん男前〜!」最初は普通にビールだが、二秒後に恐るべき辛さというか、熱さと痛みが襲ってくる。これはキツい、涙が出た。まな「もー、やっぱりやん!沙羅ずるーい!」「二回続けたらこれキツいよ!」とフォローに入るが、まなVS沙羅のバトルに発展、スピードで勝負することになった。僅差で沙羅の勝ち、まなの罰ゲームで一旦締めくくった。


 作り置きおかずをアテに晩酌が始まった。女子四人も集まれば、やはり恋バナに花が咲く。親父は、そっちのけで、目まぐるしく展開していく。誰にも言えないが、一番気になったのは沙羅の彼氏の有無、好きな男がいるのかどうか?年齢から考えてもいて当然だろうし、色々と経験もあるだろう。聞きたくてしょうがないが、聞くとショックを受けるかもしれない。酔ったふりして部屋に戻ろうかと思っていた時、青白い閃光に包まれた。「バキー、ドガー!」雷鳴が響く。「パチっ。」灯が消えた。久住さん「ちょっと、ちょっと、停電?」「みたいですね。」釣り用のヘッドライトを着けて、ブレーカーを探す。落ちていない、雷による停電だ。窓を叩く風の音が変わった。「バーン、バン!」そろそろ最接近のようだ。非常用のLEDランタンをリビングと通路に設置する。予め凍らせておいた水2リットルのペットボトルを冷蔵庫に入れる。これだけで2日間ほど庫内を冷やせる。「ドーン!」更に強い風が窓を叩く。まな「もー、恐いってー!」私「大丈夫!直に過ぎるから…。」りなも不安そうだ。久住さん「こういう時は、呑むしかないよね〜!」さすがに気丈である。

 停電でエアコンが停まった。夜とはいえ、真夏の蒸し暑さは耐え難い。まな「暑ーい!」巨乳でちょっとぽっちゃりしている分、皆より暑いのだろう。締め切っているから、熱気が籠もる。りな「水風呂とかええんちゃうん?」久住さんは部屋でうだるらしく、若い娘三人で水風呂に入ることにしたようだ。まな「たっちゃんも入る。どうせ真っ暗やしー!」悪戯っぽく誘うまなに、「ちょっとあんた何ゆーてんの!」とりなが軽く叱る。沙羅「たっちゃんは後からね。」「きゃー冷たいってー!」「マジやってー!」風呂場から声が響いてくる。一日陽に当たらなかった水道水は夏場でも冷たい。「ちょっとやめてよー!」声が大きくなる。かけあいっこになってるようだ。毎日のことだが、若い娘がはしゃぐ声は、悪くない。「お風呂お先でした。」沙羅だけがリビングに戻ってきた。ギャル二人は部屋で過ごすことにしたらしい。私も水風呂に入ることにした。風呂場の天井から吊るした防水のLEDランタンのスイッチを入れる。彼女達が使ったボディソープやシャンプーの香りが充満していた。シャワーを出したら思ったより冷たい、水行のつもりで気合いを入れて頭から浴びる。「心頭滅却すれば火もまた涼し」ん?逆だ!スキンヘッドに近い短髪だから洗顔剤で頭と顔を洗う、体はボディソープで洗う。「全部一緒でええんちゃうの?」とりなに言われるが、親父にも僅かながらこだわりがある。風呂場には多数のボディソープからシャンプー、リンス、トリートメント、洗顔剤などが所狭しと並んでいる。それぞれにマジックで名前が書いてある。書いたのは沙羅だろう。実は何度か間違って使ったこともある。洗い終えて、水風呂に入る。冷たくて心臓がドキドキする。ゆっくりと入っていく。冷たいがシャワーほどではない。彼女達が残した甘い香りもする。中学生の時の夏の体育の後の教室を思い出した。体育の授業は2クラス合同で、男女で分かれ教室で着替える。奇数クラスは男子、偶数クラスは女子が使った。中2中3と8組だったから、着替えて教室に戻ると甘酸っぱいような香りがしたのを覚えている。女性は良い香りを纏うが、男は汗臭い。若い頃は体臭を気にすることもなく、自分の汗の臭いが嫌いじゃなかった。大人になって、会社の上司から「枕が臭くなったら、それが加齢臭だ。」と聞いて、四十代後半になって枕が臭くなった。汗やら口臭やら、臭いが気になるようになった。特に女性達とこうして同居していると意識する。だから、風呂の湯船にはなるべく一番最後に入るのだ。


 水風呂から上がって、リビングに行くとスマホ片手の沙羅が居た。「どうしたの?まだ寝ないの?」「暑いし、何だか寝つけなくて。」「呑む?」沙羅が冷蔵庫からチーズとサラミ、スナック菓子を用意してくれた。ランタンの薄明りに照らされる沙羅と話ながら呑むのもまた一興だ。二人の時間を楽しみ始めた時、階段を降りる音がした。久住「暑いわねー!私も混ぜてもらっていい?」三人でカフェ談議に花が咲く。暫くすると、階段をドカドカと降りる音が、黒ギャル二人だ。まな「喉乾いたー。」「皆で何してんの?」沙羅「たっちゃんのカフェの話。」合流して元通りの五人になった。りな「もー、暑いし呑も呑も!酔っ払ったら、寝れるし!」飲み屋的ゲームが始まる。カミングアウト大会になりかけたが、先日のビーチパーティーの話に振り、何とか上手くかわせた。罰ゲームのテキーラのボトルが開いた。久住「私、もう寝るわ。おやすみー。」二階へと上がっていった。席をコーナーソファーに写し、トランプが始まった。定番のババ抜きならぬジジ抜きである。53枚あるカードからジョーカーともう一枚抜く。抜いたカードは伏せて、わからないようにする。13までのカードのうちある数字だけが3枚しかない。その3枚を同時に手にした人しかジジはわからない。

 沙羅「えー?うっそー!」沙羅が二回続けて負けた。そして、りなとまなが二回ずつ負けて泡盛古酒のボトルが空いた。「酔ったし、寝るわー。おやすみー。」二人は階段を上がっていった。左肩に重みを感じた。左を向くと沙羅の髪が顔をくすぐった。淡い躑躅(つつじ)の香りがする。触れた肩口から二の腕にかけて彼女の体温を感じる。太腿もピッタリくっついて、軽く汗ばんだ素肌が一部同化しているようだ。心臓の鼓動まで感じられそうだ。柔らかな寝息が手元に注ぐ。幸いグラスにはまだロックの泡盛が入っている。彼女の体温を感じながら、私もいつの間にか眠ってしまったようだ。

 

八月九日


 目を覚ますとタオルケットがかけてあった。涼しい、どうやら停電から復旧したようだ。まだ、雨は降っているが、暴風域は抜けたようで風が緩くなっている。シャワールームから出てきたのか、首にタオルを下げた沙羅がリビングに来た。昨夜のことが思い出されて寝てるふりをした。タオルケットを肩まで掛け直して、私を見ているようだ。残り香を残して三階へと上がっていった。リビングにある掛け時計を見るとまだ6時だ。彼女の香りとともにもう少し眠ろう。

 強かったが速度が速かったお陰で、被害はほとんど無いようだ。台風後は掃除と水洗い。台風の雨は、風に乗って海水も含まれる。放置しておくと、車や金属製品は錆びてしまう。レンタカーだが、ギャルの車も水洗いしておいた。   籠もっていたせいか、特に用事も無いのに街に出たくなる。スーパーの食材は、生鮮物を始めインスタントまでほとんど無かった。コンビニも同じ状況。食料品は、ほぼ船で運ばれてくるから数日はこんな感じだ。今回は、中国へ抜けて行ったから二三日で元通りになるだろう。七月前半に来た台風は、沖縄本島の東側に沿って南下、宮古島を直撃、そのままほぼ停滞し、折り返して再び沖縄本島から奄美大島、鹿児島へ抜けて行くという、とんでもない台風があった。その時は二週間近く、船が来れず大変だったらしい。特に野菜が手に入らず。大手スーパーは緊急対策として、内地から空輸で食材を運んだが、パックご飯とカップ麺ばかりで、島人が欲する生鮮食材では無かった。内地に住んでると台風で困るのは暴風雨による被害しかわからない。実際一番困るのは、通過後の食材や日用品の確保なのだ。いつもの港へも行ってみた。濁った黄緑色がまるで、アイスクリームが乗ったメロンソーダを思わせる。

 

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