第5話 黒ギャルの誕生日

八月五日

 誕生日用に沖縄三大高級魚の一つマクブ(シロクラベラ)を狙って夜明け前から竿を出すが、水温が高すぎるのか真夏はやはり難しい。釣れたのは40cmほどの小さなタマン一尾だけだ。お昼の潮止まりで納竿して帰ることにした。宿に帰ると書き置きとテーブルの上に昼食が準備してあった。シャワーを浴び、おかずと味噌汁を温め、簡単に昼食をすませた。階段を上がろうとすると「きゃー!」という悲鳴とともにまなが飛び出してきた。胸のメロンが左右いっぱいに揺れている。階段でつまずいて私めがけてダイブするまな、衝撃とともに黒いタンクトップ姿のまなが被さっている。まなを受け止める感じで後ろに倒れたようだ。背中が痛い、強打したみたいだ。右の鎖骨あたりにまなの金髪の頭が乗っている。肩側を向いているので、表情はわからない。彼女の両手が左右の肩の上にある。胸に柔らかく温かい球体を感じた。まなの大きな丸いバストが乗っている、小ぶりなメロン位はある。まながゆっくりと顔を上げ、馬乗りになった。一瞬、ピンクっぽいベージュ色の乳輪が見えた気がする。下を見れば黒のレースのショーツが丸見えだ。何が起こっているのだろう。「いったぁー、どーしたの?」まな「ハブ、ハブ!部屋にハブ出たー!」この島にハブはいない、きっと違う蛇だろう。半裸のまなの刺激と、丁度股間同士があたっていて、年甲斐も無く硬くなってしまった。「あ、ごめーん!」まなも察知したのか、慌てて離れて、タンクトップを引っ張って股間を隠している。階段下にある掃除用具から箒を取り部屋へ向かった。怖い物見たさか、まなも後ろから付いて来た。窓下の床に大きな蛇が這っている。伸ばせば2mほどありそうだ。南国版アオダイショウ、サキシマスジオだ。比較的性格はおとなしくこちらから危害を加えない限り滅多に噛んだりしないらしい。そっと近づきまずは尻尾をゆっくり引っ張る。すると蛇は嫌がって逃げようと身体を伸ばす。首を箒の棒の部分で軽く抑えて、頭を持つ。やはり、どこか恐怖心があるのか、蛇に触るのは独特の緊張感がある。子供の頃、こうやって何度かアオダイショウを捕まえたことがあるが同じように感じていただろう。蛇を持って一階まで降りて、駐車場の草叢に逃がした。右腕に巻き付く力が強くて少しビビったが頭を離すと蛇は逆襲することもなく、素直に逃げていった。獰猛なアカマタや、ましてハブならこうはいかない。宿に戻ると玄関でまなが待っていた。青いジョギングパンツを履いている。まな「大丈夫?噛まれてない?」「背中打ったでしょ、痛くない?」心配そうな顔で見つめてる。ギャルは苦手だが、こうやって見ると可愛らしいものだ。りなが、バスタオル一枚でシャワールームから出てきた。「何かえらい音してたけど、どないしたん?びっくりしたで!」心配そうな顔をしている。まながさっきの出来事を説明する。まだハブだと思い込んでいる。大げさ過ぎて面白いからそのままにしておこうかと思ったが、ちゃんと違う蛇だと説明した。ノーブラタンクトップとバスタオル一枚のギャルと話す親父はかなりヤバい。蛇の話で盛り上がりながら二人は二階へ上がっていった。緊張と興奮のせいか、喉がカラカラだ。台所の冷蔵庫を開け、さんぴん茶のペットボトルからグラスへ注いだ。さっきのハプニングを回想してしまう。不可抗力とはいえ若い娘の身体に触れることなど滅多にないから少し嬉しかったのが本音だ。もう、ほんと親父はこれだから…。サキシマスジオは撮影しておきたかったなぁ。冷たい茶を喉に流し込む、刺激的な出来事でまだ少し興奮している。蛇特有のちょっと生臭いマーガリン臭のする右腕を流しで洗った。熱いコーヒーを淹れて部屋へと上がる。カフェ巡りをした時のレポートと写真を資料としてまとめていく。野球の戦力のように6つの項目に分けてグラス化する。それぞれの項目を10点満点として分析し、コメントとレポートを入れる。素人の評価だが、それなりに資料として役に立つだろう。理想とするカフェのイメージをマーケティングの5つのポイントに置き換えていく。同時にお店のコンセプトも考える。夢を描く時間は楽しい。夢中でパソコンに向かっているとノックの音がした。開けると出勤用の姿に変わった二人がいた。まな「たっちゃん、さっきはありがとうございました。お礼言いそびれちゃって。」りな「よかったらやけど、私等おるうちに一回お店に来ーへん?サービスするしー!」興味津津だが、こんな冴えない親父でいいのかな?「行ってきまーす!」元気に出ていった。「明日はお祝いだから呑み過ぎないようにね!」心で願った。


八月六日


 沙羅が深い藍色のノースリーブのシャツワンピースで助手席に乗り込んできた。膝が隠れる着丈で大きな花柄の刺繍が背中に入っている。最近の流行りではないだろう。「その柄、島の服?」叔母のお下がりらしい。「良く似合ってる!」沙羅が微笑む。運転しながら島でカフェを経営する話を始めた。カフェ好きな沙羅だから、沢山の提案をしてくれる。女性ならではの目線は大切だ。今日行く店は所謂「街カフェ」だが、週末の夜だけワインバーをやっている。和風の珍しい名前なので、居酒屋と間違われそうだ。木造りの看板に目をやる。引戸を開けると「いらっしゃいまーせー!」くっきりとした顔立ちの美人のママさんが迎えてくれた。入ると左側に大きなワインセラーがある。全体的に木造りで、二人掛けのテーブルが8台、左手の小上がりにはソファー席がある。テーブル席が満席でカウンターに案内された。彼女のシャンプーやトリートメントの香りなのか、ほんのりと甘い躑躅(つつじ)の蜜のような香りがする。

オープンキッチンでは、スキンヘッドに髭の職人気質そうなマスターがフライパンを振っている。美人ママにオススメを聞くと「ハンバーグとカツカレーが人気ですよ!」沙羅はお目当てのハンバーグ、私は小鉢が沢山乗った日替わりと迷ったが、カツカレーにした。マスター「ちょっと、かかるよー。待ってねー!」ハンバーグは、楕円形の大き目の焼き物の皿に山盛りのグリーンサラダ、ポテトサラダ、200gはありそうなデミグラスソースのハンバーグが乗っている。それにご飯と味噌汁。かなりボリュームがある。続いてカツカレーが並んだ。サラダボウルとコンソメスープも。スパイシーだが甘い香りが強い。かなりフルーツを使っているのだろう。沙羅が「うわっ、めっちゃ美味しい。ふわふわー!ソースも!なんでー?」汗だくのマスターが笑っている。こちらも、カレーを口に運ぶ。甘いマンゴー?桃?蜂蜜と果物ではない酸味を感じる。かなり遅れてピリピリとした辛さがくる。味はかなりしっかりしているのにベタつかない。ふわっと引いていく。「美味い!こんなカレーは初めて!」沙羅が物欲しそうな目で見ている。一切れのカツとカレーを白飯に乗せてやる。お返しにハンバーグを一切れもらった。やはりこれも美味い。食事の後、ママの手作りスイーツとハンドドリップのコーヒーが楽しめる。沙羅「シェアしよ!」バスクチーズケーキとパンナコッタを頼んだ。半分食べて交換する。コーヒーも風味豊かで美味い。「グァテマラ?と何かアフリカ?」ママ「よくわかりますね?グァテマラ7にキリマンジャロ3位かな?」20席ほどある店内は、満席のままオーダーストップになったようだ。沙羅がハンバーグとカレーについてマスターに質問している。この柔らかさでジューシーなのに、普通通りの材料らしい。ミンチの練り方、玉子の量、火入れに秘密があるそうだ。真似して作りたいらしく、熱心に聞く沙羅に「バイトに来たらわかるよ~!」と笑顔で返すマスター。カレーのレシピは、完全に非公開らしいが、辛さのヒントだけ教えてもらえた。何度か通ってこの味を目指してみよう。


 黒ギャル二人が好きな食べ物は沙羅がキッチリと把握していた。若い娘らしく、牛肉、海老、蟹、ピザ、パスタ、ポテトサラダなど、二人とも苦手は納豆らしい。そう言えば、大阪人は納豆食べないとか言っていたがほんとかな?

 まずは精肉店に入る。ローストビーフに島の牛を使いたいと話す。ランプと内ももがあるがどちらもブロック販売で3kgほどある。1kg1万5千円かなり高価だ。1kgだけ欲しいと話すが断られる。沙羅が前に来た時はカットして売ってくれたと粘る。更に昨年は1kg1万円だったと値引きまで交渉に入った。話が聞こえたのか、奥からかなり肥った、ギョロっとした目にメガネをかけた初老の男性が出てきた。「あ、碧に居た?バイトさん?」沙羅「あれ叔母の店で、私姪なんで。」どうやら店の常連さんらしい。さっきまでの固い表情が取れて柔和な表情になった。「特別だよー!」と1kgほどに切ってくれた。値段は間を取って1万2500円。沙羅の粘り勝ちだ。スーパーで食材食材を揃え、この島唯一のワインショップに寄って、赤白のワインとシャンパンを買った。


 手羽先を関節部で切り、切れ目から手羽元側へ肉を押し込んでチューリップを作る。先の肉の薄い部分はオーブンで強めに焼いて、コンソメスープの出汁に使う。赤海老の頭と殻を剥いて、フライパンで潰しながら炒めていく。水分が飛んで香ばしい香りになったら白ワインを加えて煮詰める。濾してパスタのソースの元にする。

 沙羅の担当は、ポテトサラダを含めた野菜担当だ。スマホで自分のレシピを見ながら得意料理を仕上げていく。下ごしらえが済んだら、調理にかかる。途中で久住さんも加わった。さすがは元主婦手際がよい。中々の戦力だ。

 グリーンサラダの真中にカリカリベーコンのポテトサラダ、島豆腐のバーニャカウダ、少し手抜きなコンソメスープ、釣ってきたタマンのカルパッチョとアクアパッツァ、赤海老のトマトクリームパスタ、鶏のチューリップ唐揚げ、メインのローストビーフ。3時間ほどかかっただろうか、何とか上手く出来上がった。

「ただいま〜!」二人が帰って来た。「何?何?やっばー!」つまもうとするりなを「先に手洗いとうがいね。」沙羅が制して、五分後にテーブルに五人が揃った。

「乾杯ー!りなまな、お誕生日おめでとう!」シャンパンがあるのにいつも通りビールからスタートだ。りな「これ、全部作ってくれたん?こんなんヤバいわー!感激するやん!どーしよー!」宿一番の強気娘だが、涙もろいのか目が潤んでいる。宅配やテイクアウトも考えたが、やはり手作り料理はいい。作った方も幸せになれる。

 食欲旺盛なまなが、「早よ、食べよ!温かいし。」皆を促す。りな「こんなん家庭料理ちゃうやん!ヤバいやん!プロの味やん!」同伴で色んな店に行くのだろう。どこの店よりずっと美味いとか、味の評価とか話が豊富だ。シャンパンが空き、白ワインから赤ワインへと杯が進んだ頃、ほろ酔いの沙羅が「だって、たっちゃん、もうすぐカフェやるしー!料理はプロやもん!」私の居酒屋バイトキャリアから、料理の腕前まで沙羅が並ぶ料理の工程を熱弁している。じーっと聞いていたまなが「要はたっちゃんと一緒にお店したいんやろ?」りな「何か二人合ってるやんなぁ。一緒ん時多いしー!」か弱い反論をする沙羅の顔が真っ赤だ。黒ギャルVS沙羅は、圧倒的な口数で黒ギャルに軍配が上がった。テンションが上がった久住さんが涙を浮かべて笑っている。舞い上がった私は照れ笑いするだけだ。


「実は〜、おばちゃんにプレゼント」二人の誕生日プレゼントより先に、りなまなからそれぞれ小さな紙袋を久住さんに手渡した。まな「開けて開けて〜!」。まなからのプレゼントは写真フレームだった。貝殻や珊瑚がデコレーションされて、中に先日のビーチパーティーの集合写真が飾られている。続いてりなからの紙袋を開ける。10cmほどの金魚鉢のようなガラスの器の中には白砂、貝殻、ウニの殻、珊瑚、シーグラスなど海の中を表現している。薄いブルーの樹脂が海水のようだ。中に「ありがとう!」と書かれた小さな木のプレートも入っている。朝からあのビーチへ行き、お土産を手作りできる工房へ持ち込んで作ってきたらしい。「ありがとう!」久住さんが喜んで、薄く涙が溢れた。物は違えど、皆同じ時間に思いを込めて作っていたようだ。

 沙羅が音頭をとり、黒ギャル二人の誕生日プレゼントを渡す。ちょっと値は張ったが、青とミルクの混ざったような石の入ったお揃いのピアスにした。ドルフィンストーンとも言われるパワーストーンの一種で高価な石を球体にシェイプしたものだ。金属部は24金で出来ている。シンプルなデザインだから、これなら職場に着けて行けるだろう。

 りな「こんなんもらってえーのん?」まな「着けてもいい?」「めっちゃ可愛いい!これヤバ!」二人並んで色んなポーズをしながら、スマホで何枚も撮る。最後は、りなまなを真中に集合写真を何枚も撮った。

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