第4話 将来の夢とカフェめぐり

八月三日

 昼食の片付けを手伝う。沙羅の誘いもあって、この島独自の陶器の工房を観に行くことになった。

 着丈の短いノースリーブの白いサマーニットにゆったりとしたアジアンな花柄のパンツを着た沙羅が助手席に乗り込む。前より少し饒舌になった沙羅が話始めた。将来の話のようだ。大手の食器メーカーに就活は内定しているのだが、どの部署に配属されるかわからないし、大好きな陶器の製作やデザインをさせて貰えるかわからない。確かにこの美貌なら会社側としては受付や広報、営業に配属させたくなるだろう。もう一つ考えている未来は、宿の駐車場横の倉庫を改装して工房として使うことらしい。陶芸家として売れるまでは、宿と居酒屋の手伝いで食べてはいける。就職という安定と独立という冒険を天秤にかけて考えているようだ。若さ故の不安と勇気、二十代の自分のこんな風だったのだろうか?夢を語る沙羅の蒼い瞳はいつも以上にキラキラしている。

 十分とかからず工房に着いた。入口に赤茶色の阿吽の二体の大きなシーサーが飾られている。引戸を開けて、声をかけるが誰も出てこない。見学の予約はしているのだが…。飾られている数点の作品を観ながら、待つことにした。ガラーっと外から引戸が開いた。「あー、お待たせねー。見学の?」長い白髪に長い白髭、小柄で少し赤ら顔、柔和な瞳が、カンフー映画に出てくる老師のようだ。自宅の裏側にある作業場に案内された。上がりきれないシャッターの中のスペースは三十畳ほどあろうか?木製の棚には所狭しと数え切れないほどの陶器が並んでいる。

 土の成分から水、揉み方から整形、乾燥から釉薬、窯焼きへと丁寧な説明がされていく。沙羅が写真と動画で記録しながら、色んな質問をしていく。老師は楽しそうに答えていく。まるで師匠と弟子のやり取りようだ。作業場にあるテーブルに座ると多分奥さんであろう白髪の老婆が冷たい茶を出してくれた。手焼きの湯呑が何とも良い味を出している。メーカーが大量生産しているものと違い、やや歪で温かみがありしっくりと手に馴染む。買付けしに来る業者や個人的な注文も多く、ネット販売もされているようだ。思わず欲しくなってしまったが、今販売出来る物は無いらしく、柄はおまかせでビール用のコップを二つ注文した。二つで一万ほど、ちょっと高いが同じ物は二つとしてない魅力がある。注文が混んでいて、内地での作品展もあり、受け取りは二ヶ月後になる。二つのうち一つは沙羅にプレゼントしようと思っているが、出来上がる頃には京都に戻っているだろう。割れると困るからなるべく手渡ししたい。

 沙羅の将来の話を聞きながら、自分にも投影していく。今、やりたい事は何だろう?退職後のことは何となくしか考えていない。離婚して守るべきものを失ってから、日々流れのまま生きてきたような気がする。大都会の喧騒から逃れるように島に来たのだから、この島でしか出来ない仕事がしたい。傍らに沙羅が居てお互いに支え合うような将来があれば、最高の人生だろう。親子ほど歳が離れているのだから、恋愛関係に発展していくのは想像し難い。歳上の仲の良い友人で十分過ぎるだろう。彼女とこの島で共に生きていくような仕事は何だろう。沙羅の話を聞きながら、考えていた。

 島の伝統的な物を物販として販売は出来ないだろうか、陶器、織物を始め、アーティストが創る作品。農産物や海産物もある。ネット販売もからめながらやれば面白いんじゃないだろうか?ランチ難民になりやすい島だから、ランチを提供するギャラリーカフェを併設すればどうだろうか?頭の中を色んな構想が巡る。もし、沙羅が陶芸家になるのなら、その作品をカフェで使い、販売も出来る。食器メーカーの営業をしていたからどのような商品が売れ筋なのかは把握出来ている。懇意にしている注文先の飲食店も多数抱えていた。中には一点物の手作り陶器にこだわる高級料理店や高級旅館もある。傍らで沙羅を支えられる仕事が出来るかもしれない。沙羅とスーパーで食材を購入してから宿の部屋に籠もった。


 営業職としてのキャリアは長い、経験から色んな事を導き出すのは簡単だ。飲食店やセレクトショップのオープンを沢山手伝ってきた。商売として成り立つのか、まずは市場を調査することから、始めていく。こういう時、ネットが役に立つ。市場規模→探客→潜在客→ターゲット層→可能客。闇雲に営業してもニーズが発生しなければ仕事にならない。あとはコストとリスクヘッジ。店舗を構えるならマーケティングの知識から、考案していく。立地、流動、ターゲット層、品質、価格、宣伝などが主案である。夢中でパソコンに向かう。物語のあらすじを書くように時系列を考えながら、やるべき事柄をまとめていく。まずは自宅兼カフェが出来る物件探しだ。最初は賃貸で十分だろう。将来の夢が膨らんでいく。

 物販を併用するカフェなら、やはり女性がメインターゲットだ。あとは観光客だろう。人気のカフェを真似るのもいいが、オンリーワンな何かを持ちたい。食事やドリンクが美味しいのは勿論、来店時にネットカタログや実際の商品を観られて楽しめる店。この島のランチのレベルは内地よりかなり低い。観光バブルに便乗して、沖縄本島より価格も高い。ホスピタリティは低い。観光客相手の店と地元客相手の店の線引がある。チャンスは至る所に転がってそうだ。

 まずは市内の人気店からロケカフェ、セレクトショップから探ってみようと思うのだが、如何せん親父一人では行きづらい。沙羅の将来を迷わせてもいけないから、普通に飲食店を経営する話をして、誘ってみよう。

 リビングに降りると、沙羅が夕食の支度をしていた。流れる音楽に合わせて、いつもながらの鼻歌混じりだ。夕食のメインは下の小料理碧で作ってくれるので、彼女は炊飯や汁物、気まぐれでサラダや小鉢を作ってくれる。高校時代から帰省すると手伝ってきたらしく、味も美味いし、手際もいい。

 久住さんを含め三人での夕食というか、晩酌が始まる。白飯は締め物で、炒飯、豚丼、天津飯、雑炊、茶漬けなどに替わる。来週末に久住さんが内地に戻るらしい。私より三日ほど早くに宿に入られていたので、滞在は二週間ほどか、リモートで仕事が出来るのはコロナ禍からだそうだが、羨ましい限りだ。沙羅のスマホが鳴った。どうやら碧が忙しいらしい。ササッと食べて、階段を降りていく。彼女の出動時は、宿のゲストが後片付けをするのが暗黙の了解だ。沙羅が要望した訳ではなく、自然とそうなっている。洗い物をしながら、久住さんにビジネスプランを話してみた。さすがはバリバリのキャリアウーマンだ。人気カフェを数軒手掛けるオーナーから、カフェで有名な建築家、グルメ雑誌の編集長まで紹介してくれた。全国ネットのテレビ局のプロデューサーまで。何とまあすごい人脈をお持ちだ。大まかな片付けが終わるとビジネスの話が続き、酔いがまわりながら盛り上がった。年齢も初めて知ったが、美人のせいか十歳は若く見える。黒ギャル二人が知ったら驚くだろう。暫く沙羅を待とうと思ったが、睡魔に負けて寝床に入った。


八月四日


 朝食時に久住さんから三人でカフェ巡りしないかと誘われた。昨夜の話からの配慮だろう。女性二人でスマホ片手に盛り上がっている。「この店行ってみたいんですよ〜!ここの揚げないドーナツが…。」30分ほどの会議?の末、とりあえず3店舗に絞って昼前から行ってみることにした。久住さんはノースリーブの白いブラウスに虹のようなグラデーションのストール、ピッタリとしたアースカラーの踝より短いパンツ姿だ。助手席に乗り込む沙羅はノースリーブのグリーン色のロングワンピ姿に大き目の丸いサングラスをかけている。ロケカフェ巡りにはこの上ないほどの晴天だ。今日も暑くなるだろう。


 まずは、来間島にあるカフェ雑貨のお店へ向かう。橋を渡る時、来間ブルーの美しい海が見える。私はやや高所恐怖症気味だからあまり見たくは無いのだが、沙羅に促されて恐いのに見てしまう。少しばかり足がすくむ。走行中の車内は、女性二人の絶え間ない会話で笑い声に溢れている。目的のカフェは橋を渡って右手の高台に続く道から更に山道を上がった所にある。駐車場からも絶景が見える。久住さんに促されて、絶景をバックにかわるがわる写真を撮った。店内は空色でテーブルと椅子が白い木造りだ。アクセサリーを中心とした小物、ガラス工芸、陶器などが飾られている。コーヒーを飲みながら店内を物色する。女性二人は小物類に夢中だ。沙羅が真青な玉に星空のように金色が浮かぶピアスを手にしていた。かなり気に入ったようだが、値札を見て戻してしまった。久住さんがプレゼントしようとしたが高額なのを気にして遠慮している。車中が暑いので、会計前にクーラーを入れる。戻ると沙羅がいない。トイレに行ってるようだ。トイレのドアの音がした。久住さんが名刺大の水色の小さな箱を私のポッケに入れて、唇に人差し指をあてて、ウインクしている。会計も済ませてくれていた。私の沙羅への思いに気づいているようで、どこか気恥ずかしい。


 二軒目のカフェは本島の高台にある。半テイクアウト店というか、窓口で注文して、出来上がると簡単なプレハブの飲食スペースに持ってきてくれる。メニューはオリジナルの軟骨ソーキカレーとドリンクしかない。白い屋外用のプラスチックのテーブルを囲んで座るとさっき渡ってきた橋と来間島が見える。甘い香りでスパイスが利いたカレーにはおそらくココナッツ、マンゴーやフルーツが入っているだろう。タイのグリーンカレーとも似ている。甘味の後に暫くして辛さが襲ってくる。この数秒のタイムラグが何とも言えない。運転が無ければ、ジントニックと合わせてみたいところだ。

 女性二人には、ちょっと辛すぎたのか、ヒーヒー言いながら食べてる。沙羅「めっちゃ辛ーいけど、美味しー!」額に汗が浮かんでいる。「沙羅ちゃん、おでこ。」久住さんがタオルを沙羅の顔にあてた。まるで母親のようだ。ちょっと恥ずかしそうな沙羅が少女のようで可愛らしい。

 三軒目は、島の老舗のスイーツショップカフェ。流行りっぽく無くスタンダードな昔ながらの喫茶店風だ。先日、バーベキューをしたビーチの道路向かいにある。ランチも人気があるようだが、今回のお目当ては、ランチタイム後に注文出来る。選べるスイーツが三つ乗ったスイーツプレートのようだ。女子二人は悩んだ末、それぞれシェアできるように10種類ほどあるスイーツから三つずつ違う物を選んだ。私はスイーツ一つのセットにした。それぞれに飲み物も付いている。ちゃんと手をかけたスイーツ三つとドリンクで¥1,200はかなり安い。こりゃ、流行る訳だ。二人が別にバースデーケーキを注文している。どうやらりなとまなの分らしいが、プレートの名前が「りなまな」?聞いてみると二人は誕生日が一日違いでそこから仲良くなったらしい。二人とも明後日がお店休みがなので、夕食時にお祝いする予定になっている。この後、ダイソーとドン・キホーテでプレゼントとお祝いグッズを買いに行った。久住さんが買ってくれたアクセサリーは、「私が内地に帰ってから渡してあげてね。ちゃんとたっちゃんが買ったことにしてね。」代金を聞いて渡そうとしても、私からの餞別だからと頑として受け取ってくれない。大人の女はカッコいい。

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