第2話 ゲストハウス碧

七月二十八日


 宿泊先のホテルをキャンセルし、小料理碧の二階にあるゲストハウス碧へと車で荷物を運んだ。荷物と言ってもデカいスーツケース位だが彼女が手伝ってくれた。外階段を登り引戸を開けると、玄関は広くスニーカーにサンダル、島ぞうり、ビーサンなど色々と並んでいた。ハイヒールまである。全部で十足ほどありそうだが、男性のものは無さそうだ。釣りを兼ねた旅行は、何度となく行っているが、ゲストハウスに泊まるのは人生初めてである。クロックスを脱ぎ向きを正して上がった。玄関から左手に階段があり三階へと続いているようだ。彼女に促されて「お邪魔しまーす。」とリビングへと入った。広い、十二畳以上はあるだろう。4名掛け木製テーブルが二つ、右手にはコーナーソファー、75インチ位のテレビが壁に掛かっている。リビングの奥にはカウンターキッチン、左手には廊下があり男女別のトイレ、奥にはシャワー室、浴槽付きの風呂、ランドリーには洗濯機とガス乾燥機、設備は充実している。

 テーブルに座り宿帳に記入する。「名前、神崎達哉…」彼女「神崎さん?達哉さん?オジサン?でも、叔父さん下に居るし(笑)?」「好きに呼んでくれたらいいよ!」彼女「じゃ、達哉さんで!私のことは沙羅ちゃんじゃなくて、沙羅って呼んで欲しいなぁ。」クリクリした大きな瞳で見つめてる。彼女の名前は父親が京都の人で霞流(かすばた)、名前は沙羅双樹からとった沙羅らしい。くっきりした目鼻立ちからか、どこか神秘的に見える仏教的な名前なせいもありそうだ。


 沙羅に手伝って貰って、リビングから三階へとスーツケースを持って上がった。窓沿い廊下の右手に並んで三室、一室2名まで。私が入って丁度満室らしい。沙羅の部屋は突き当りの「管理人室」というプレートが貼ってある部屋で、私の部屋は301号室でその隣だ。八畳ほどある部屋はダブルベッドになっていて、折り畳める四角い卓袱台が一つ。wifiも完備されている。廊下の窓から海と隣の島が見える。ベランダもあり、洗濯物も干せる。中々、良いロケーションだ。広くは無いが、寛げそうだ。


 部屋の案内が一通り済むと、「美味しいコーヒーあるんですけど…。」「いいねぇ。頂くよ。」コーヒー好きのようだ。コーナーソファーに腰掛けながらカウンター越しにキッチンでコーヒーを入れる彼女の後ろ姿を見ていた。肩甲骨あたりまでの茶色い髪は、ハーフテールにまとめられ、流れているJPOPに合わせて口ずさみながらデニムに覆われた丸いお尻揺れている。

 豆がミルで轢かれ、ドリッパーに湯が注がれて、香ばしい香りが漂ってきた。両手にちょっと大き目のコーヒーカップを持って、「はーい、お待ちどう様。」ガラスのソファーテーブルにコーヒーを置きコーナーに並んで座った。沙羅が右手にお互いの膝があたりそうな近さで座っている。

 営業でよく部下に「身体の距離は、心の距離!」などと話していたのをふと思い出す。

「えー、何笑ってるんですかー?」「いやいや、思い出し笑い。サラリーマン時代のね。」彼女との会話は聞き手にまわることが殆どで、あまり自分のことを話すことは少なかったのだが、今回は私中心の話になった。サラリーマン時代の話が中心だったが退屈じゃなかったかな?


「ただいまー!」「あーしんどー、マジ疲れたー!」「もーお風呂入って寝るー!」玄関を見ると黒ギャル二人が帰ってきていた。

二人とも小麦色どころかミルクチョコレートだ。着丈の短いタンクトップとデニムの短パンの隙間からへそピアスが見える。スレンダーとちょいぽちゃのコンビである。

沙羅「お風呂沸いてるよ!先にどうぞ!」

やりとりを聞いていると彼女達は所謂「リゾバ」で、朝から海で遊んで帰って、夜から仕事らしい。目が合うと「お疲れ様でーす!」と挨拶してくれた。ギャル二人のお風呂は賑やかで、声がデカいせいかリビングに居ても話している内容がわかるくらいだ。可愛いが今風すぎて私にはちょっと苦手なタイプだ。


「ご馳走様」コーヒーの礼を言うと、沙羅「晩御飯こちらで食べます?」これはありがたい。下のお店で作ってもらって、リビングか部屋で食べてもよいそうだ。

 19時にリビングに降りると、妙齢の女性が居た。ボブスタイルで眼のキリッとした持ち上げて言えば女優の「K瀬」風だ。街中に居れば仕事が出来るキャリアウーマンに見えるだろう。

「こんばんは、初めまして…。」沙羅に紹介され同じような挨拶をお互いに交わした。晩御飯は三人で、皆呑めるのでおかずをあてに自然と晩酌会となった。最初はもの静かな晩酌会だったが、お酒が入るにつれ無口な女性が饒舌になっていく。302号室宿泊の久住さんという方で、外資系IT企業に勤めている。主にSE的業務が多く、コロナ禍以降リモートで作業が出来るようになったので、月の半分は地方の安宿で旅行がてら仕事をしているらしい。何よりも会社に来ていく服もメイクも要らないのが気楽で良いそうだ。年齢は聞けなかったが私より一回りは若いだろう。隣室が明るい人で良かった。

話が盛り上がり、私の歓迎会も兼ねて、宿の皆でビーチパーティする話になった。場所取りからメニュー、花火の用意まで、話がどんどん進んでいく。深夜まで盛り上がり、夜は更けていった。


七月二十九日


 ゲストハウス碧では朝食は8時〜9時半にリビングで食べるルールになっている。今朝は碧の女将が手伝いに来ている。特に要望が無ければ、日替わりで和食と洋食に替わる。久住さんと私が食べ終えて、コーヒーを飲みながらテレビを見ていると、時間ギリギリに黒ギャル二人が駆け込んできた。昨夜遅かったのか、まだ酒が残っているようだ。沙羅がビーチパーティの話をすると、即参加決定、明後日の予定となった。二人は自称「なにわギャル」らしく、スレンダーなのが「りな」とちょいぽちゃで巨乳なのが「まな」と言ったが、多分源氏名だろう。水商売ノリの持ち上げ方でいちいち大袈裟だが話しやすい。オッサンの扱いに慣れている。話のノリから私の呼び名は「たっちゃん」になってしまった。


七月三十日


 翌朝、朝食時にビーチパーティの準備の打合せだったが、黒ギャル二人がリビングに降りて来ない。昨夜も呑み過ぎたのだろうか?久住さんは仕事があるので、沙羅と二人で買い出しに行くことになった。一階の倉庫に海遊びグッズは色々と揃っている。買出しは主に食材、飲み物、炭、花火だ。朝食の片付けを手伝って、沙羅と二人でレンタカーに乗る。シートベルトをかけると沙羅の形の良いバストが強調されて、あの雨の日が頭をよぎる。デニムの短パンから覗く長い脚も眩しい。

下心は持たないように心掛けているのだが、どうしても目がいってしまう。「はぁ〜、困ったもんだ。」心の中でつぶやく。

ホームセンター、スーパー、精肉店と巡り終えると14時をまわっていた。「お腹空いたね~。何食べよう?」沙羅「何でもいいですよ〜。」「うどんとかラーメンは?」沙羅「うどん食べたいな!」島で本場の讃岐うどんが食べられる店に入った。りなより更にスレンダーな女将さんと相棒の二人で経営している。実家が香川県さぬき市のうどん店で、その味をこの島に広めたいとお店を開かれたそうだ。昆布や煮干しから採った上品な出汁に、もちもちとしたうどんがたまらない。今回は、季節限定の酢橘うどんにしたが、さっぱりとして毎日でも食べられそうだ。

 宿に戻った頃、黒ギャル二人がバスタオルを巻いただけの姿でリビングにいた。「おかえんなさーい!」こちらが目のやり場に困るが、彼女達は全く気にしていない。沙羅「ちょっと、リビングはちゃんと服着て!」「だって暑いもーん!」沙羅「はいはい、部屋に戻って!」渋々、二人は階段を上がっていった。下から見ると股間が見えそうで、こちらがヒヤヒヤする。親父には刺激が強すぎて困ったもんだ。

 早速、沙羅とバーベキューの仕込みを始めた。牛肉は焼肉のタレにマーマレードを合わせて漬け込む。マーマレードに含まれるペクチンの作用で柔らかくなる。豚のスペアリブはタレにおろし玉ねぎと醤油、蜂蜜とタバスコを加えて漬け込む。海老は自然解凍し、ガーリックオイルを作っておく。野菜類は一口大に切っておく。

「たっちゃん、すごーい!」長い髪を後ろで束ねて隣で手伝う沙羅が驚いているのが嬉しい。「一人暮らしが長いからね。」沙羅「料理好きなの?」「若い頃、居酒屋バイトもしてたからちょっとくらいは出来るよ!」沙羅「えー、今度晩御飯作ってぇ~!」「俺、お客さんだけど…。」沙羅「食べたーい!」「じゃ、一人三千円ね。」沙羅「私、お金無いんですけどー!」沙羅との作業は楽しくて時間を忘れてしまいそうだ。


久住さんは忙しいようで、リビングに降りてきたと思ったら、晩御飯もササッとかきこんですぐに部屋に戻ってしまった。結局ほぼ丸一日、沙羅と二人で過ごした。多少のジェネレーションギャップはあるものの話が尽きない。何て楽しい一日だろう。私の欠伸をきっかけに、寝るタイミングが来てしまったようだ。明日のビーチパーティが楽しみ過ぎる。黒ギャル二人がちゃんと起きれるのか心配だ。呑み過ぎていないことを祈ろう。

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