第19話 出世払いになるようです。その2

「ペット・ロス、ペットロス、、ペットロス、、、」

呪文のように唱えると、まあ、そんな気になる。切り替えていくしかない。断れないし。


家に帰って、渡された西部の資料に目を通す。

中心産業は農業。主要作物は小麦。二期作しているようだ。ふむふむ。

ここ数年は収穫量が落ちているようだが、全面的には何の問題なさそう。領地内に農業試験場もある。

西部を治めるのはユーハン侯爵家。古くから続く歴史ある家名だ。

問題は、、、前侯爵夫人の浪費癖か?個人の消費金額がハンパない。まあ、高位貴族になるとドレスや宝石をシーズンごとに新調したりするから、、、ただ、この方は領地にこもって出てこないらしい。社交もほとんど出ていない。いや、まったく出ていない。絵画でも集めているのかしら?詳細はない。

息子に当たるエリック侯爵本人は、アカデミア卒業。農学の博士号をお持ちのようだ。ふうううん。28歳、独身。性格に問題でもあるのかしら?


爵位譲渡の前にお父様がなくなっているようで、一時、国で管理していたと記載がある。当時、息子さんは全寮の学院に入っていたらしい。

財政面で見ると、帳簿を見る限り、特に問題はない。が、婚約者は13歳以下、と指定があるようなので何かこだわりがあるのかな?

読み進めていくと、、、前夫人が13歳で嫁ぎ、13歳で出産されている。まじか??これが問題になり、この国の正式な婚約と婚姻年齢は女性は16歳に改められた?、、、まあ、市井ではたまに聞くけど、低年齢の出産は母子ともに危険だからね。

最後に、この書類を読み終えたら燃やすよう指示が書き込まれている。

部屋の暖炉に突っ込んで燃やす。はあああああ、、、、


自分で用意する物はないらしい。

取り合えず、購入してあった分厚い国税官入試問題集に、かわいらしい花柄のカバーをつけてみた。


*****

途中の宿で付いてきた侍女に着替えさせられる。

フリフリの花柄、、、ちょっと恥ずかしい。私は13歳のころ、こんなドレス着てなかったなかったけど?まあ、、、いいか。靴はフラット。髪型は三つ編みおさげ。ドレスに合わせてピンクのリボンを結んでくれた。ま、、まさか、、狸の趣味?いや、おばあさまかな?


西部までは馬車で5日。領に入ってから1日半くらいかかるというから、どんなに広大な領地かわかる。

女性騎士は侍女の格好をしているが、結構、なんというか、、、、たくましい。25歳くらいかな?、アリス、と名乗った。緑かかった髪をショートカットにしている。

国税官入試問題集を読みながら、馬車に揺られる。



*****

西部は一面、緑色。


王都はまだ冬模様だったけれど、気候が温暖なんだなあ。ちょうど麦踏の時期らしく、農耕馬につけた丸太をひかせている光景があちらこちらで見られる。春麦かあ、、

ユーハン侯爵の屋敷に着く頃は、日が陰ってきたが、王都から持ってきたコートは要らないくらいだ。白髪の執事さんが出迎えてくれた。

「長旅、お疲れでございましょう。さあさ、どうぞ。」

通されたエントランスホールの上品な事!歴史のある家は、重厚さが違うよね。

ほおおおお、、と、天井絵まで眺めてしまった。上を向くと口が開くのはなぜ?

「ふふっ、、、、旦那様はもうすぐお戻りでございます。荷物を解かれますか?お茶になさいますか?」

持ってきた荷物はさっさと客間に運び込まれるようだ。お茶を入れてもらう。


「やあ、お待たせしてしまって、申し訳ない!」


手袋を外しながら現れた青年は、薄汚れたエプロンをしている。誰?

「ぼ、坊ちゃま!お着替えをなさらないと」

「あ、、ごめんね!粉ひきの水車の動きが悪いって言うから、様子を見に行ってたんだ。君が、デイジーさん?僕はエリック・ユーハンです。2か月よろしくね。」

あ、、、意外と好青年。かも。

「・・・はい、デイジーと申します。よろしくお願いいたします、、、」

「ああ、緊張するよね?大丈夫だよ。気楽に過ごしてね。僕はまだ仕事が残っているから、、、夕食時にまたお会いしましょう。」

にっこり笑って、急いで帰ってしまった。子ども扱いよね?まあ、13歳相手ならそんなもんか。


用意された客間にアリスと入ると、豪華絢爛、ただし趣のある。天蓋付きのベットって、、、本当にあるんだね。次の間に侍女用の部屋もある。アリスと二人で、てきぱきと荷物を片づける。こんなにいるのか?というくらいドレスが詰め込まれている。靴は10足くらい?・・・

2階の部屋の窓から、庭園越しに広い農地が見える。


風に麦の葉が揺れて、、海みたいだ。



・・・ニャ、、ニャーン、、、ニャーン、、、


どこかで猫が鳴いている。ここだよ、ここだよ、と、、、呼んでみる、、、



少し、うとうとしてしまったみたいだ。長旅で、さすがに疲れたな。

そっと、耳に触れる。



*****

晩餐は美味しかった。特にパンが美味しい。さすがに小麦の産地だからなのか?


毎日美味しいものをごちそうになって、早、一週間になった。

前侯爵夫人は気分がすぐれないから、と、ほとんど離れの屋敷から出てこない。食事は届けているようだ。

当主も、私に気を使ってか、晩ごはんは同席するが、そそくさと執務用に建てた事務所に帰ってしまう。寝泊りもそちららしい。

好きに過ごして、と、言われているので、私はアリスと館内の探検をしたり、当主の蔵書を読んだり、、、暇だ。

分かったことは、、使用人の高年齢化が進んでいること。そのため、館内はもちろん、立派な庭園も手入れが行き届いていないこと。

「奥様が、人を入れるのを嫌がりますので、、」

と、執事さんが申し訳なさそうに言う。


私もアリスも、、あまり暇だったので、働くことにした。


執事さんは嫌がったが、ちょうど女中さんが一人腰を痛めて休んだから。

掃除、洗濯、食器洗い、庭木の手入れまで。ことに体力を持て余していたアリスはとてもよく働いた。そして、何食わぬ顔で、着替えて晩御飯。そんな日々。

働いている皆さんに、孫のようにかわいがられる。

当主はニコニコしているけど忙しいみたいだし。このまま、、2か月か?


本館はピカピカになったので、離れの屋敷の掃除に出掛ける。

見た目は、女中二人。なんの不安もない。午前中は奥様はお休みのようなので、静かに掃除をする。エントランスがピカピカになった頃、、来客があった。

「ん?新しい女中か?」

頭を下げた私たちを見下すように、司祭?が、当たり前のように入ってきた。

「これから、奥様と話があるので、2階には上がるな。お茶は要らない。」

エラそうだな。お前は当主か?と、少し思ったが、まあ、、、はい、と返事しておいた。

1階の掃除を終えたが、司祭はまだ奥様の部屋にいるようだった。


「司祭様がいらしていましたよ?」

というと、執事さんはつらそうに、

「ああ、いつものことなので、、奥様は少し心が弱っておいでなので、、、司祭様がおいでの時は、2階には上がらないでくださいね。そう言われていますので。」

うんうん。了解。


そんなある日、離れ付きの女中のおばあちゃんが風邪をひいて休んだ。みんな、体、大事にしてね。

本館の晩御飯までにはまだ少し時間があるので、奥様の晩御飯のトレーを離れまで届ける。アリスは本館でお風呂の準備を手伝っている。

2階の奥様の部屋の前にワゴンが出ているので、そこに置いてくるだけらしい。

トレーの料理を傾けないように慎重に階段を上る。これを高齢者にさせるのは、、、どうなの?結構、腕に力が入る。

廊下の端にワゴンがある。私はそろそろと歩きながら、、、、少し開いていた奥様の部屋から流れてくるお香の匂い?に、少し、、、吐きそうになる。いかんいかん。

何とかワゴンまでたどり着き、そっとトレーを置く。お香の匂いはさっきより強い。ハンカチで口元を押さえて、そそくさと帰ろうとして、、、そのドアの隙間に、、、



走って離れの外に出ると、吐いた。

何も入っていなかった胃から、胃液が出る。が、吐き気は止まらない。


「誰?どうしたの?」











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