第17話 あと750万ガルド
あわただしかった12月も終わり、新年が明けたが、通常営業である。
結局、国元には帰らずに終わってしまった。
休みの日に訪れる大きな猫は、律儀にお菓子持参になった。なんてことはなく、昼寝して帰る。
「・・・誰が猫だ?!」
膝で猫を寝かしつけて、後期の試験勉強をする。猫が持ってくるお菓子は、かなり美味しい。少しづつつまみながら、教科書に目を通す。
猫は最近、とみに忙しいようで、秒で寝る。大変だね。
*****
後期の試験が無事に終わり、久々に生徒会室に向かうと、早めにいらしていたアン様とウィル様に見詰められた。しかも、、無言だ。え、と、どうしました?
「・・・久しぶりね、ナタリー、国元に帰ったの?」
「いえ、母の実家から従兄弟が遊びに来ていたので、帰りそびれてしまいました。休み中、家にいましたよ?」
「・・・ふーーーーん。」
「私の顔に、何か?」
「あら、いえ、なんとなーく似ている人を、、思いがけないところで見たものですから、、似てるなあ、、、って。」
「自分に似た人が世界には3人いるらしいですよ?」
「ああ、、、そうね、、、」
久しぶりなので、生徒会室をササっと掃除して、お茶の準備をする。
お湯が沸いた頃に、ハル様が来た。相変わらず、眼の下に隈。
みんなでお茶にする。
「俺はしばらく、公務で来ることができない。忙しい時にすまない。それで、、、今年度の会計と来年度の予算立て。3月初めの卒業パーティーの段取りと、運営。来年度の生徒会役員の選任と、任命。引継ぎまで、、、ウィルに頼みたい。アンはその補佐をよろしく。ナタリーは会計補助してやってくれ、まあ、いつも通りだ。」
「・・・・・」
「よろしく頼む。」
「・・・はい。了承しました。」
ハル様は、ウィル様の返事に頷くと、ふっと笑い、早々に退室してしまった。
「お忙しいみたいですね。」
「・・・それにしても、あの人が、、お願いする、なんてね。」
「?」
「1から10まで自分でやる人だから。」
「ああ、、、なんとなくわかります。」
「私たちを頼ってくれるなんてね。ね、ウィル、ちょっと嬉しいわよね。
以前のハルなら、用事が出来たら、意地でも自力で全部片づけてから、だったわ。」
「そうだね、、、では、期待に添えるように僕らも頑張らなくちゃね。」
「そうね!!忙しくなるわね。」
「せっかくだから、先に来年度の役員を決めてしまって、引継ぎしながら手伝ってもらおう。ナタリー、一年生の名簿を取って。」
「・・・・・」
「・・・ナタリー?」
「あ、、はい。名簿ですね。」
カップとポットを片づけに、控室に下がる。
そうか、しばらくいないのか。昼休みの図書室も貸し切りだな。よしよし。
休日はどこにも出かけられなかったから、今週は町までお買い物に行こうかな、、
なんとなく気分が晴れないのは、窓の外がまだ冬の空で、、どんよりしているからだろう。
パンパンっと頬を叩いて、気合を入れてみる。
*****
「お嬢様、、、皆さんキラキラして眩しいですね!」
学生協のお店の店番を頼んだハンナが、楽しそうである。
「何を言ってるのハンナ、貴方だって貴族家の出でしょう?で、お嬢様呼びはやめてね。」
「はい、ナタリー様。私は田舎の子爵家ですから、、、しかも、5人兄弟の3番目でしたし。こんな眩しいところは初めてです。皆さん、お綺麗ですねええ」
30を少し超えた、おっとり、ほんわりするこの人は、ルーが領地から呼んでくれた。歩いている学生たちを見て、うっとりしている。
政略結婚で他家に嫁いだが、3年子供が出来なかったので実家に帰された。実家も居心地が悪かったらしく、うちに働きに来た。10年くらいになるかなあ。小さい頃からお世話になっている。
「ルー様がご旅行に行かれるなんて、お寂しいですね。まあ、その間ハンナが頑張りますからね。ご心配なく。」
ルーはアカデミアに論文を3本くらい提出したらしい。相変わらず、、、すごい人だ。今年度はそれで終わりらしいので、お友達と旅行に行ってくるわね、と、カバン一つで出掛けてしまった。まあ、もともと護衛が2名くらい付いているらしいから、会ったことないけど。心配はいらないらしい。
ハンナはうちに10年もいるので、大概のことはできる。大概、以上かも。
午前中はハウスキーパーさんとタウンハウスの管理をして、午後から学院に来てもらうことにした。土日休み。もちろん、学院に申請と登録は済んでいる。
ハンナの柔らかい笑顔に誘われて、お客様も増えたらしい。まずますだね。
生徒会は新メンバーを3人迎え、にぎやかになった。
ウィル様の采配も際立っている。相変わらずおっとりだが、きっちりとまとめ上げている。
ハルが、、、王太子殿下が即位なさる頃は、腕利きの宰相になっているだろうなあ、、、皆さんに出すお茶の準備をしながら考える。
お昼休みも、予想通りゆっくりと読書に没頭できる、、、静かすぎる閲覧室にちょっと戸惑う自分にびっくりする。
*****
お休みの日の午後には、いつもの通り下町の店を開けた。
買い物にでも出かけようと思っていたけれど。
ストーブを付けて、お湯を沸かして、、お茶を入れる。
何時ものように本を開いて、、、ぼーーっとしていたらしい。
今日はあいにくのみぞれ交じりのお天気で、冷やかし客も来ないようだ。
窓の外は、うす暗くなっていた。紅茶ももちろん冷めてしまった。
ランプを一つだけつけて、、、そろそろ店じまいしようかと思ったとき、店のドアにつけた小さい鈴が来客を告げた。
「・・・・・いたのか?」
「・・・・・」
黒いコートのフードを深々と被った、、、、ハル?
「・・・どうしたの?」
「ああ、これから出るんだ。」
「お茶でも?」
「いや、、時間がないんだ。」
「・・・・・」
「俺は、、、またここに来るから。」
「知ってる。」
コートについたみぞれが、ハルの足元に小さな水たまりを作っている。
店に入らないまま、、、手を引き寄せられる。頬に添えられた手が、氷のように冷たい。戸惑うように鼻先に、それからそっと唇が重なる。
私の首元に頭を埋めたハルが言う。
「おまじないは?」
「ん?ああ、、ちゃんと忘れないで晩御飯食べるのよ。」
「うん」
「お散歩、できたらしてね。」
「うん」
「お昼寝もするのよ。」
「・・・・・帰ってくるから、待ってて。」
「・・・うん。」
ハルをびちゃびちゃなコートごと抱きしめる。
*****
「お嬢様、晩御飯の準備が、、、え?どうされましたか?まあまあ、ドアを閉めないと、、ほらもう、濡れてしまっていますよ!お嬢様??」
ハンナに風呂に入れられ、着替える。
「まったく!どうされたんですか?」
ハンナが私の髪を拭きながら、訊ねる。
「・・・猫が、、、」
「はい?猫が来てたんですか?」
「うん、、、最初は怒ってばっかりだったのに、だんだんなついて、、、」
「うんうん。野良ですか?」
「金色の毛並みの、きれいなブルーの瞳の、、大きな猫、、、」
「あらあら、どこかのお金持ちの家の猫ですかね?」
「私の店で、、お昼寝するようになって、、」
「あらあら。なつかれましたね。」
「最近は、、、膝で寝るようになったのに、、、」
「まあ、それはもう気を許していますね、その猫!」
「しばらく来れないんだって、、、」
「・・・猫が、、そう言ったんですか?」
「うん。」
「お嬢様、、、?」
なんだか涙が止まらない。なんだろう、悲しいとは違う気がするんだけど、、、
「・・・お嬢様、、、それは、、ペットロス、ですね。」
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