第14話 あと760万ガルド

12月に入ると王都はせわしなくなってきた。


要人がたくさん訪れるので、警備が厳しくなる。出入りがしずらくなる前に、早々にルーは国元に帰ってしまった。

入れ替わるように、私のもとに一通の手紙が届く。

「はあああああ、、、、うそでしょ?」

うん。面倒なことに巻き込まれる前に国元に帰ろう。急いで自分の店の税務申告に出掛けたり、学生協の店を片づけたり、下町の店を掃除したり、、、念のため、応接室も掃除しておくか、、、、あとは、荷造りして、部屋を片付けて、、、、いたら、、来た。

「ナタリア!元気だったかい?久しぶりだね!」

早くない?

玄関に横付けされた馬車に、人垣ができてしまっている。勘弁してくれ。

「相変わらず、しけたタウンハウスだね?立て替えてあげようか?」

いや、いい。黙れ。

「ホントにこんなところに住んでるの?ある意味、すごいね!」

感心してくれてありがとう。でももう、帰って。

「手紙読んでくれた?滞在中よろしくね。」

はあああああ、、、、いや。無理です。

「ナタリアが断ったら、、僕、暴れちゃうかもよ?いいの?」

公用語の誤訳が発生していないか?

「じゃあ、行こうか。」

「・・・・・」



*****

12月の王城での舞踏会当日。


沢山の馬車が渋滞している横をすり抜けるように、栄国の国章を付けた大きな馬車が通っていく。玉を持った龍が描かれている。


ファンファーレが鳴り、来賓の到着を知らせる。


『栄国、飛龍{フェイロン}皇太子殿下、ナタリア嬢』


長身の黒髪の殿下にエスコートされた黒髪の小柄な姫。

国王陛下の前に進み出ると、栄国流の挨拶をする。姫は最も深い礼をする。


「あら、ハル、残念ね!トンビに油揚げ」


王太后陛下が扇子越しに楽しそうに言う。


「トンビ、、、?」

「ああ、自分の物になるだろうなあ、って大事にしていたものを横から攫われる、っていう東洋の格言だね。」

と、前を見て微笑みながら国王陛下が補足する。

「・・・・・」

「かっさらわれる前に、私もお会いしたかったわ。残念!それにしても、あのドレス!すごいシルクね。私も欲しいわ。」

と、王妃陛下が扇子越しにつぶやく。

「・・・・・」


栄国の皇太子は深紅の上着を嫌みなく着こなし、長い黒髪を後ろでゆるく縛っている。

姫は、黒の光沢のある絹のドレスにショール。黒髪は緩やかにカールさせて流している。ネックレスはオニキス。顔は伏せたまま。


「あの子はまだ赤い上着を脱げないのね?」


「・・・困りましたね。」


国王が遠路はるばる来てくれた感謝を告げる。


次々と来賓の名が読み上げられ、広い会場がたくさんの人で埋められる。

国王陛下の挨拶とともに、舞踏会がようやく始まった。


国王陛下と王妃のダンスが終わると、フロアーいっぱいにダンスの輪ができる。

「さて、姫様、一曲踊ってこよう。」

「・・・・一曲だけですよ?」

「ふふっどうかな?」

フェイロンに手を取られてセンターに出る。ゆっくりとしたワルツ。

回されるたびに、ドレスの裾が揺れる。

「はあああああ、、、、」

「ふふっ笑って!」

耳元で囁くな。くすぐったい。

ハルがいたなあ、、、あんなに高いところに。まあ、アン様が油断すると敬語を使うから、大公以上、王室関係者かな、とは思ってたけど。

「ナタリア、考え事してないで、僕を見て。」

はいはい。相変わらず、無駄にいい男だな。こいつ。あと一年で王位継承させるから正妃を決めろ、って言われて、、、強行突破しようとしてるな。無理だから。

ようやく一曲終わり、礼をする。腰を支えられて退出しようとしたときに、ダンスを申し込まれた。


「・・・・・」


これまためんどくさいことをするな。

「栄国のお姫さま、よろしければ、私と一曲お願いしても?」


フェイロンを見上げると、苦笑いしている。まあ、断れないよな。

今日のハルは黒地に金糸の刺繡の上着。光沢のある茶色のタイ。渋いね。でも、やめて。目立つから。誘うなよな。

『はい、よろしくお願いいたします』

栄国の言葉で挨拶し、礼をする。これ?ばれているのかしら?いや、今日の私は別人のはず。フェイロンの侍女たちに、拉致されて一週間近く磨かれたから。お肌ツヤツヤ。髪はサラサラ。化粧ばっちり。うん。別人だ。


誰とも踊らないハルは、びっくりするほどリードが上手だった。踊らない、のね。踊れない、のかと思ってたよ。

眼の下に薄っすら隈が出来てるなあ、お昼寝できなかったのかな。機嫌悪そう。


ふわりと、気持ちよく踊る。自分がダンスが上手になったと錯覚するほどに。

思わず微笑んでしまう。


一曲踊り、礼をすると、なんと!周りの人たちが人垣を作っていた。いや。みんな見てないで踊ろうよ。少し離れてアン様とウィル様もいる。


『ちゃんとお昼寝しなさいよ』

と、栄国の言葉で言っておいた。目の下の隈を人差し指でそっと撫でる。


ハルがフロアーに出たので、次は私が!いえ、うちの娘を!と、、囲まれている。モテモテだね。このダンスは社交辞令だったのにねえ。


そのあとは、フェイロンとはぐれないように、彼の後ろを付いて回った。

いろんな人の挨拶を受けている。まあ、舞踏会と言っても、外交みたいなもんだね。

チラッとハルを探してみると、相変わらず親子連れに囲まれて、絶賛アピールを受けていた。うんうん。いい人が見つかるといいね。


中盤に差し掛かるころ、国王陛下がニマニマしながら、、

「そうそう、姫の母君は、舞の名手であったな。どうかな?一曲?」

え?

「はい、それではご要望通り。」

え?何言ってくれるの?フェイロン?いやいや、残念!楽器もないし。まさか、、歌うの?

「笛がございますので、一曲だけ。」

なぜ笛なんか持ちあるってるのよおおおお

キッとフェイロンをにらめつけると、ニヤッと笑い返された。

「では、少し失礼して、、、」

フェイロンは上着を脱ぐと、黒のベスト姿になった。私はヒールの靴を脱ぐとはだしになる。


床がひんやりとして、背筋が伸びる。


たんたんっ、と素足で床を鳴らすと、笛の音が響く。

会場が一瞬で静かになった。


黒のショールが風をはらむ。


片翼の鶴、、、


目の前には乾いた大陸と、高く険しい山脈。


探しても探しても見つからない、、、、連れ去られた番を探し続ける鶴、、、


眠りもせず、食べもせず、、恋焦がれる番を探し続けて、、、


やがて力尽きて、死んでしまう、、、


そして、、は、始まらなかった。曲はここで終わってしまった。



しばしの沈黙の後、、、国王陛下が立ち上がり、拍手をした。

その後に、湧き上がる拍手。


フェイロンは私の手を取ると、王家関係者席と、観客へとお辞儀をする。

拍手が鳴りやまない中、私をひょいと横抱きにすると、私の靴を持ったフェイロンは微笑みながら退席する。


「そして、、が、始まらなかったわね?」

「・・・・・」

「まだ探している、時間がない、って感じかしら。どうするの?」

扇子越しに王太后陛下が笑いながら国王にささやく。

「・・・・・」














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