第11話  あと780万ガルド

一年生ですね。間違いない。


「そうねえ。2年生になって社交界デビューすると、ハルに近づく女の子はぐっと減るわ。」

「?いえ、この封筒と便箋なんですが、ガーデンパーティーで記念品で配ったサンプル品です。間違いありません。色味の調整とかして作ったものなので、製品化されてない色なので。」

「ああ、差出人も一年生、ってことね。いたずらかしら?」

「・・・たまたま、サインが一緒だったんでしょう。まあ、どこにでもあるサインですからね。頭文字だけなんて。」

「それはそうよ、ちゃんとしたサインなんか長いから。もういいんじゃない?一緒に行けば。学院のダンスパーティーなんて、人生かけるものでもないし。」

「アン、、、僕は君以外の人をエスコートする気はないよ?」

「あら、、やだ、、ウィル、、私もよ。」

「・・・・・」



あいつら、、面白がってるな。勘弁してくれ。

「そうですね、、ハル様、オモテになるんですから、、ドレスとお花と急いで注文ですよ!!ハル様の色で、、ブルーのドレスに金糸の刺繍ですかね。きゃ、」

「・・・お前が一番悪乗りしてるな。おい、犯人を調べて来い。一年生だろ?」

「そこは、、、お願いしますじゃないですか?」

「・・・・お願い、、します、、、」



調べろと言われても、誰に何色のレターセットが贈られたのかまではわからない。

まあ、迷宮入りかな。いたずらではないような気がするので、手紙を出した本人もキャサリン嬢からの返事を待っているんだろうなあ。

とりあえず、、、図書室で新しい本を読もう。

教室でささっとサンドイッチを食べると、足取り軽く図書室へ向かう。

ドアを開けた時の、紙臭いような、かび臭いような、独特の匂いがいいね。

本が日焼けしないように、厚いカーテンが閉められている。閲覧室は窓から明かりが取れるようになっている。新しく入庫した農学系の本を2冊持って、閲覧室にいくと、いつもの通り常連のハワード君がやはり新刊を読み漁っていた。

「やあ、きみも?新学期に新刊が入っていてうれしいね。」

「そうね。ハワード君は今日も工学系?」

「うん。日々進歩しているからね、、、新しい論文も載っていて楽しいよ。」

「ふううん、、君はアカデミアで工学とか専攻するのかな?」

「できれば、そうしたいと思っているんだけど、、僕は頭でっかちだから、現場を知らないのはどうかと最近は思ったりするんだ。君は?」

「ああ、、、国税官?」

「ああ、ふふっ、らしいね。」

こそこそっと小声で話す。司書の先生ににらまれるので。

後はお互いの世界に没頭した。

午後の授業が始まる少し前、そんなハワード君が困った顔で話しかけてきた。

「あの、、、ナタリー、少し相談したいことがあるんだけど、、放課後ちょっと時間いいかな?」

「?ん?いいよ。」


*****

「ちょっと!!一大事ですわ!一大事!」

「アン、、、落ち着いて、、、」

「ウィル、ハル、、一大事なのよお!ナタリーが!」

「ナタリーが?」

「ついに男の子に呼び出されたらしく、連れ添って中庭のガルボに向かいましたわ!先ほど廊下の窓から見ましたの。あれは、きっと、告白ね!ダンスパーティーが近づくと多いのよお、中庭のイベントが!きゃああ!ついにね、、あの子も実はかわいいからね。」

「・・・・・」

「そうかあ、ナタリー良かったね。いい人だといいね。」

「ちょっとかっこいい男の子だったわよ。眼鏡かけて、賢そうな。」

「じゃあ、昼休みに図書室でいつも一緒にいる子かな?」

「ああ、そうかもしれませんね!きゃああ!いいなあ。」

「アン、、、僕が君に何度でも言うよ、、一緒に踊ってくれる?」

「・・・ウィル、、、、」

「おまえら、、、よそでやれ。ていうか、、、家でやれ。」

アンの指先に唇をつけていたウィルが、くすっと笑う。

「いいの?ハル?」

「何が?」

「・・・・・」


*****

放課後、中庭で困り顔のハワード君が切り出す。どうした?

「ごめんね、放課後も忙しいんでしょ?」

「ああ、生徒会?ちょっと位大丈夫よ。雑用係だし。で?」

「僕、気になる娘がいて、、その、、手紙を書いたんだけど、、返事が無くて、、、」

「ん?」

「今度のダンスパーティーに誘ったんだけど、返事がないってことは、、駄目なんだろうか?」

「先方さんも、迷っているとか?じゃあないの?」

「・・・そうだろうか?」

「どのくらい前?」

「1週間くらい前かな。」

うーーーん、承諾するにしろ、断るにしろ、お互いに準備があるからそろそろ返事ほしいよね。ドレスや花も準備しなくちゃだし。

「その手紙は、、、間違いなく本人に届いた?」

「うん。」

「・・・・・」

「春のガーデンパーティーで、一目ぼれしたんだ。でも、僕は伯爵位だけど次男だし。あんまり魅力はないよね。」

「いやいや、爵位の問題より、君には将来があるよ。で、どんな子?私が知ってる子かな?」

「クラスが違うから、どうかな。栗毛色の巻き毛で、瞳がはちみつ色でくりくりっとして、、、リスみたいにかわいいんだ。」

「・・・・リス?」

最近、リスみたいな子に会ったな。

「ひょっとして、、ガーデンパーティーでもらったお手紙セット使った?」

「え?うん。薄いグリーンの、きれいな色だったから。」

「・・・・・」

10月になると急に夕暮れが早くなる気がする。いろいろと、、、

「で、ちゃんと自分の名前書いた?」

「頭文字だけ、いつものサインで。」

「・・・・・ハワード君、、、」

そこだな。それだな。なにか、変な時空に迷い込んだな、その手紙。

「1日、、いや、2日待って。必ず何とかするから。ダメだったらごめんね。」

「うん、、、話聞いてくれてありがとう。」

いい子だ。ちょっと待ってて。



その日も、お茶の時間めがけてキャサリン嬢がやってきた。もはや日常になりつつある。ほぼ、公認?

「ハル様ああ、今日はキャサリン、クッキーを焼いてきましたの。召し上がれ。」

「・・・・・」

「ハート形に切り抜きましたのよ?よくできたでしょ?」


はいはい、お茶にしましょう。

クッキーをお預かりして、控室でお茶の用意をしながら、1枚頂く。普通に美味しい。


「いつもありがとう、キャサリン嬢。今日は特別に、僕のフルネームを君に教えてあげよう。」

そう言うと、ハル様は彼女の耳元で囁く。みるみるうちに彼女の顔色が変わっていく。ハル様の隣の席に座って、ハル様にしだれかかっていた彼女は慌てて立ち上がると、スカートをつまんで礼をした。

「た、、、たいへん、、失礼しました、、、あの、、、」

「そうだね、僕がもし君に手紙を出すなら、君の家宛てだね。ごめんね。何度も言ったけど、あの手紙は僕からのものではない。わかった?」

「・・・はい、、、たいへん、、、失礼しました、、、」

「君を待っている人は他にいるようだよ?出会えるといいね。」

「・・・はい、、、」


ワゴンを押してお茶を運んだ時には、いろいろと終わったところだったようだ。

「なんか、、、バッサリですね。」

「ハルはいつも、あんな感じよ。今回の子はねばったほうね。普通は、まったくなびかないハルを見て、がっかりして去っていくのよ。」

「ああ、、、せっかく理想の女の子が手に入りそうだったのに、残念でしたね。別に遠慮しなくても良かったのに。」

「そこ?」

あとは、泣いている彼女をハワード君が慰めて、、、え、あの手紙はあなただったの?、、、と、、、筋書き通りに行くといいなあ。

「そんなにうまくいくか?」

「で、私にもフルネーム教えてくださいよ!ハル様あん」

「・・・変な声出すな。」


いつもの通り4人でお茶を飲む。

クッキーは、、普通に美味かった。


*****

次の日の昼休みに何時ものように図書室に行くと、閲覧室に見慣れた金髪。


「ど、、どうしたんですかハル様、、、」

こそこそ声で話しかける。

「新しい本を見に来たんだが?」

「まさか、、、毎日通う気で?読み切れませんよ。」

「それもいいな、、、」

「・・・・・放課後のみならず、、、昼休みまで、、、」

「悪かったな。」

「・・・・・」


ハル様は本を広げたまま眠ってしまった。お疲れ様。

明り取りの窓から、午後の日差しが温かく差し込む。



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