第36話 永遠の信頼関係は幼馴染に宿りうるか

 家に帰ると、俺はすぐにベッドに飛び込み、ぼんやりと天井を見上げていた。 

 思い返せば、引っ越しが多い俺に、長く続いた友だちは1人もいなかった。新しい学校で友達を作っても、仲良くなったころにはまた離れる。こうして、いつしか俺は、いまある関係を信じることが怖くなっていた。

 だからこそ『幼馴染』という繋がりに、永遠の信頼関係に、俺は異常な憧れを抱いたのかもしれない。そして今日また、大切だった繋がりが、失われようとしている……


 その時、スマホの着信音が鳴った。相手は……紗希さんだ⁉ どどどどうしよ。えっと、まなちゃんにかかってきてるんだもんね。あ~ん、こわいよう。

 一度大きく息を吸い、は応答ボタンをタップした。


『もしもし。くど……コホン…まなデス』

『あ、よかったまなちゃんだ! 紗希だよ。元気にしてた?』

『ウン、元気ダヨ~』


 なんでいま紗希さんが……女の子の声で話すの、緊張するよお。家族に聞かれたらどうしよ。


『まなちゃん。いま少し、時間あるかな?』

『あるケド……どうしたノ』


 一転して、紗希さんは深刻な声音になる。電話越しにも緊張感が伝わってきた。


『覚えてるかな。まなちゃんが私の昔の友だちに似てるって言った話』

『ウン、覚えてるヨ』

『今日ね、たまたまその人に会ったんだよね。もう一人の幼馴染と一緒に』

『そう、なんダ……』


 当然あたしは知っている。あたしこそが、彼女の幼馴染その人だから。


『それでね、嫌なことを思い出しちゃって……私が全部悪いんだけど、それが頭をグルグルして……どうしても苦しいの。だから……吐き出してもいいかな』

『ウン。アタシでよけれバ』

『ありがと、まなちゃん』


 すると、紗希さんは語りだした。彼女の後悔を――


『その2人ね、まーくんとメグちゃんって呼んでたんだけど、幼稚園の時によく遊んでたんだ。だけど、小学校に入学する直前にまーくんは転校しちゃってね。その後、次第にメグちゃんとも距離ができちゃったんだ。クラスも別だったしね』

『あるよネ。そういうコト』


 村間たちに限らず、何も珍しいことではない。特に、俺みたいに引っ越しが多い人間にとっては日常茶飯事だ。『転校してもお前のこと忘れないから!』なんて言った友だちさえ、次の年に年賀状が届いただけでそれっきり。たいていの人は連絡先さえ知らない。

 当たり前だよね。みんな記憶の中の友だちより、いま近くにいる友だちの方が大切に決まっているのだから。


『それでね、小学4年生くらいの時だったかな。その年はメグちゃんと同じクラスだったんだけど、教室の花瓶が割れて、それがメグちゃんのせいにされたことがあったんだ』

『ウン……』

『私ね、本当は別の男子が割ってたのを見てたの。けど、気の弱いメグちゃんは自分じゃないって言えなくて。私も……言わなかった。それ以来、これまで以上にお互い気まずくなっちゃて。卒業した後はメグちゃん別の中学校に行ったからそれっきり』

『ソッ、カ』


 まあ、これもよくあることだ。どれほど誤った事実も、抵抗しなくば真実になりうる。だが、その抵抗にも労力は必要だ。場合によっては、犯人でないことを立証するよりも、そのまま犯人として軽く注意された方が楽なこともあるだろう。普段からいい子にしてれば、数分後には元通り。明日にはみんな忘れてる。もやっとはすれど、特段問題はないだろう。


『デモ、それって紗希ちゃんが悪いわけじゃ――』

『私ね! 先生に言うのが怖かったわけじゃないの。ううん、怖くて言えない方がずっと良かった……だって私が黙っていたのは、それが一番場が収まると思ったからなんだから。先生もそんなに怒ってなかったし、いまさら真犯人を告発する方が面倒だなって。けどそれって、ってことなんだよね』

『それは……違うと思う』

『ううん、違わない。私は自分のために、幼馴染を売ったんだ。今日会った時も、私は内心すごい震えてた。メグちゃんにとって、私は幼馴染なんかじゃなく、ただの悪人なんだろうって。もちろん、彼女は優しいから、そんなこと言わないけどね』


 紗希さんが大きな自責の念に駆られていることはわかった。

 だけど……彼女の罪悪感はやっぱり、村間めぐみへの想いの裏返しだと思う。そりゃ、大切な人を助けられるのが一番いい。けど、それができなくても、相手を愛する気持ちがやり直せると、俺は思いたい。そうでないと……悲しすぎるよ。


『紗希ちゃん、いまからでも絶対やり直せるよ! だって、幼馴染の信頼関係は――』


 信頼関係は……なんだ? 永遠か? そんな虚構を、俺はまだ信じているのか? あんなに大切だった、村間や澄玲との関係さえ、失いそうになってるのに? 幼馴染の信頼関係は永遠なんて、そんな都合のいい話だけを、俺はいまだに信じようとするのか?


『ありがと、まなちゃん』

『え?』

『吐き出したらすっきりした!』

『それは……よかった』


 もちろん、俺自身はまだよかったと思えていない。まだ何も、解決していないから。

 だけどそれは、俺に課された宿題なのかもしれない。だって紗希さんの幼馴染は、


『ところでまなちゃんってさ。声も似てるんだね』

『へ?』

『真那弥くんに』

『あ』


 つい夢中になってしまい、声を作るのをいつの間にか忘れてしまった……


 なお、後に聞いたところによると、公園で会った時点で既にまなちゃん=真那弥を確信していたらしいです……どんな気持ちで電話してたんだよ、恥ずかしすぎる。



 

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