第34話 たとえ偽りでも、幼馴染は尊いものだろうか……?

 日曜日。

 昔住んでいた街に行こう!という澄玲の提案に従い、俺たちは電車に揺られていた。3人での外出はピクニック以来だな。車両に人がほとんどいないため、座席を広く使えて乗り心地がとてもいい。

 だがどうしてか。出かける時はいつもはしゃいでいる村間に元気がない。何か考え込んでいる、といった様子だ。


「村間、どうかしたのか?」


 俺が尋ねると、彼女は深刻そうな顔でこちらを見る。そして質問を返した。


「ねえ真那弥くん。真面目なこと、聞いてもいいかな」

「お、おう」


 村間の声色はいつになく真剣だった。俺は心の中で正座しながら、その場で姿勢を整える。

 彼女は俺の目を真っすぐに見据え、そして言った。


「もしも、真那弥くんに本当の幼馴染がいたらさ。真那弥くんはあたしや澄玲ちゃんより、その人を大切にする?」

「え……?」


 なんだ急に。『もしも』に何の意味があるんだ? 幼馴染がいないからこそ、俺は澄玲と『幼馴染』になったというのに。


「『もしも』の話を考えても仕方ないだろ。現に、俺には幼馴染はいないんだか――」

「それだよ!」

「それ?」

「真那弥くんは『幼馴染』がいないからこそ、自分の不安を全部『幼馴染』に委ねてるんだよ。永遠の信頼関係っていう幻想を、存在しない『幼馴染』に押しつけてる」


 村間は必死の形相で、強く俺に訴えた。彼女はなぜ、これほどまでに俺の幼馴染観を拒絶するのだろう。もちろん、村間の見解が間違っているとは思わない。俺にとって幼馴染は一種の信仰だ。だからこそ、幼馴染ではない澄玲を、幼馴染だと信じることができた。

 だがそれでも、俺は村間の主張を受け入れるわけにはいかない。


「……何が問題なんだよ。俺が幼馴染に何を望み、信じようと勝手だろ」

「そんなの不誠実じゃん! いまここに、大切で、幸せで、絶対に離したくない関係があるのに。それよりも幼馴染幻想を信じるなんて!」


 不誠実、か。たしかにそうかもしれないな。

 でも怖いんだよ。この時間は、俺にとってあまりに楽しくて、かけがえのないものだから。いつかそれを失い、傷つくことが。

 すると、澄玲が優しく語りだした。


「……私は幼馴染のことはよくわからない。けれど、たとえ偽りでも、それに満足できるなら、咎める理由はないと、私は思うわ」

「澄玲ちゃん……」

「私と真那弥の関係だってそう。私たちは本当の幼馴染ではないけれど、幼馴染だと信じて満足できるなら、それはむしろ素晴らしいことよ」

「そっ、か」


 たとえ偽りでも、満足できるならそれでいい。澄玲らしいなと思った。 

 澄玲は『女の子』(、と『男の娘』)を愛しながら、彼女たちと積極的に関わろうとはしない。それはきっと、自分の持つ幻想を守るためでもあるのだろう。


 それから目的地に着くまで、俺たちが言葉を交わすことはなかった。


※※※


 駅を出るとそこには、10年ぶりの故郷が広がっていた。……いや、何も覚えていないし、感慨深いものもないんだけどね。実際、新しい施設も多いし、街並みもだいぶ変わっているのだろう。

 とりあえず、俺たちはぶらぶらと街の散策を開始した。


「見て見て澄玲ちゃん! あそこのお洋服屋さん可愛くない? まなちゃんに似合いそう」

「ふふふ、そうね。ぜひ今度はまなちゃんを連れてきたいわね」

「いや、あいつ忙しいから絶対来ないぞ」


 少し村間に元気が戻ったような気はするが、まだやはり無理しているように見える。

 それはそうと、すぐまなちゃんのお洋服の話をするのはやめて欲しい。切実に。だって最近は、可愛いお洋服を見ると不意に『着てみたいな……』ってもう一人の自分が訴えかけてくるんだよ? まなちゃんが俺の人格を乗っ取りかけている。誰か責任取れ。


「あっ、ねえ真那弥。あれ!」


 澄玲が指した先には、見覚えのある公園があった。

 

「アルバムにあったやつだな」

「行ってみましょう!」

「おう!」


 俺と澄玲は駆け出し、公園に入った。村間も後ろからついてくる。


「何か思い出した?」

「う~ん。思い出したような、そうでもないような……あれ、あの人」


 公園のベンチに一人座り、スマホを触っている女性に、俺は見覚えがあった。間違いない、ピクニックで助けてくれた人だ。たしか名前は――


「サキちゃん……」


 そうそう、紗希さんだ。かっこいい女の人。って、どうして村間がその名前を―― 


「メグちゃん!」


 メグちゃん……あっ。

 その懐かしい響きに、公園での記憶が俺の頭の中に流れ込む。

 思い出した。

 『サキちゃん』と『メグちゃん』は、昔ここで一緒に遊んでいた。


――紛れもなく、俺の幼馴染だ――



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