第31話 幼馴染の方が人気者だとなんか悔しい

 帰りのバスは空いていたので、みんな座ることができた。

 俺の隣には村間の寝顔。さっき川でめっちゃ清水さんとはしゃいでたから疲れたんだろうな。俺は水に足を付けるだけで許されたので、なんとか女の子まなちゃんの顔面を守り切ることができた。


「それじゃ、私たちはここで降りるわね。みんな今日はありがとね」

「こちらこそ」

「アリガト」


 清水さんと郷田はここでお別れだ。大変な一日だったけど、なんだかんだ楽しかったな。次はとして行きたいです。


「龍哉、帰ったら追試の勉強するわよ」

「えっ、少し休憩してから――」

「あなただけ一年生に残りたいの?」

「……がんばります」


 先週の定期テストで赤点だった者は追試がある。郷田はその対象らしい。このあと勉強か、ご苦労なことだ。もちろん、優秀な俺はすべて平均点のため、追試とは無縁だ。すごいだろ。


「むにゃむにゃ………追試……あっ⁉」

「うわぁ!」


 びっくりした。去り行く2人の会話で村間が目覚めたらしい。


「忘れてた……」

「え?」

「追試……何もしてない」

「あ、まじ」


 村間も追試の対象か。意外と勉強苦手なんだな。ま、追試は定期テストと同じ問題だし、焦ることもないだろう。


「いまからしっかり覚えれば大丈夫じゃない?」」

「……でも、去年3回落ちた」

「まじか」

「それに、この後弟の面倒見ないといけないし……どうしよう、まなちゃん」


 いやあの、そんなうるうるした瞳で見られなしても何も出ませんよ。

 状況は思ったよりも深刻らしい。追試落ちるのはさすがにまずいよな。留年が見えてくるし。これ、ピクニック行ってる場合ではなかったのでは?

 その時、前に座る我が幼馴染から救いの手が差し伸べられた


「それならこの後、一緒に勉強する?」

「澄玲ちゃん、神……!」

「もう、大袈裟ね。このあと予定もないし、一緒にがんばりましょう」

「うん! ありがとう澄玲ちゃん」


 というわけで、澄玲プレゼンツの勉強会が開催される運びとなった。俺も行くのかなぁ、行くんだろうなぁ。眠たいのに……


※※※


 そして、俺は一度着替えた後、村間の家に向かった。いや~、一時帰宅が許されてよかった~。澄玲には「やっぱりずっと女の子でいたら?」とありがたくない提案をされたけど、俺は少なくとも今世は漢として生きると決めているのだ。来世は女の子でもいいかもと、最近は思ったり思わなかったりしているのはここだけの話ヨ。


 というわけで勉強会! 村間が家のチャイムを鳴らすと、どすどすと足音が響き、玄関のドア勢いよくが開いた。


「姉ちゃんおかえり!!! と、知らない人だ……」

「水上澄玲よ。よろしくね」

「久遠真那弥だ。よろしく」

「この人、ねーたんの彼氏?」

「あんまりかっこよくないねぇ……」

「そういうのじゃないから! 早く部屋戻って」

「「「は~い」」」


 なんか3兄弟にいきなり悪口を言われたんですけど。今日は勉強会ですもんね? 俺が教育し直してやろうかな。特に『かっこよくねいねぇ』って言ったちっちゃいの。良い男とは何かをみっちり叩きこんでやる。


「ごめんね、弟たちが騒がしくて」

「ふふふ。元気が良くていいじゃない」


 そして、村間の部屋に足を踏み入れると、再び3兄弟が群がってきた。


「お姉ちゃんあそぼーーー!!!」

「ごめんね、今日お姉ちゃん勉強しないといけないの」

「え~」

「安心しろ。俺が遊んでやる」


 そう、俺は村間ブラザーズの暇つぶし要因で派遣されている。最近の小学生は何するんだろうな。折り紙か? おはじきか? かるたか? 


「やだ! 澄玲お姉ちゃんと遊びたい!!!」

「俺もーー」

「澄玲おねーたんーー」

「ごめんなさい。私もめぐみちゃんにお勉強教えてあげるから……。真那弥くんと遊んでもらってもいい?」


 なんで俺、人気無いの……。あれか? 女好きか? 思春期か? くそう、こんなことなら女装まなちゃん解除してくるんじゃなかった。


「ぶう、じゃあ真那弥でいいや」

「真那弥さん、な」

「勝負しようぜ真那弥! 弱そうだけど」

「ふっ、望むところ」


 こいつらに、大人の恐ろしさを教えてやらねば。


※※※


 さあ、始まったのは桃鉄3年勝負! いまどきの小学生はTVゲームなのね。だが残念だったな。俺は相手が誰であろうと手加減できないのだ。よし、序盤はまずカードを集めてと……


「3つの辺、あるいは2つの辺と1つの角がわかった段階で余弦定理を使うの」

「おお、余弦定理。かっこいい……! えっと、余弦定理に必要なのはタンジェント――」

「いいえ。コサインよ」

「コカイン?」


 おい、数学で麻薬を使うな! ドーピングだぞ! あと俺は正弦定理の方が好きだな。『正』っていう文字が王道感ある。


「真那弥の番だよ。早く!」

「だから真那弥さん、な。よし、ここで刀狩りをしてと」

「あ……俺のカード取られた……」

「真那弥ずるしたーーーー」

「ずるずるーー」

「ふっふっふ。少年たちよ、これが社会の厳しさなのだ」


――1時間後――


 ええ、村間ブラザーズに完全に嫌われました。ぴえん。


「澄玲お姉ちゃんあそぼ~」

「あれ、真那弥くんはもういいの?」

「真那弥ずるするからきら~い。澄玲お姉ちゃんがいい」

「おねーたんおねーたん」

「わかったわ。それじゃめぐみさん、少し休憩しましょうか」

「うん!」

「弟くんたちは少し待っててね。いま行くから」

「「「は~い」」」


 いいなあ、澄玲おねーたん。人気者で。呼び捨てもされないし。真那弥おにーたんは悲しいよ。とりあえず休憩しよ。


「真那弥くんお疲れ~。弟たちと遊ぶの疲れたでしょ?」

「まあな。村間も毎日大変なんだな」

「そうでもないよ。けっこう楽しいし」


 たしかに退屈はしなさそうだ。俺なら3日で体力が尽きるけど。あ、その前に遊んでくれなくなるか。

 壁にも4人が笑顔で並んだ写真が飾ってあって、姉弟仲の良さがわかる。その横は小さい時の村間か、可愛いな……ってあれ。


「なあ村間」

「なに、真那弥くん?」

「あの公園って、村間の家の近所にあったのか?」

「え、うん。小学生くらいまでは住んでたかな」

「そうか」


 俺のアルバムの写真に写ってた公園と同じ気がする。まあ似たような公園なんていくらでもあるけど、案外近くに住んでたりして。村間と幼馴染だった世界線もあるのかなぁ。


 その後も、しばらく澄玲は解放されず、ひたすらブラザーズと戯れていた。俺は体力的に限界だったとはいえ、ちょっと羨ましい。俺も人気者になりたいなぁ。


 なお、村間は無事追試を突破できたとさ。めでたしめでたし。

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