第30話 一度会った幼馴染は忘れないものさ。思い出せないだけで

 ええっとですね。重大な問題に気づいてしました。


――あたしは、どちらのトイレに入ればよいのでしょう――


 いや、もちろん女子トイレに入るのは犯罪ですよ? 逮捕されちまいます。シャレになりません。

 しかしですよ? 男子トイレもまたまずいと思うのです。不本意ながら、今のあたしはどう見ても女。さすがにこの格好では……しかたない多目的トイレを探そう。


※※※


 多目的トイレ、発見しました!

 ワンピースからどうやって用を足す体制に入るかわかりませんでしたけど、我流で何とか対応できました。もしかしてあたし、トイレの才能ある?

 しかし、一難去ってまた一難。今度は帰り道がわからない。かなり遠くまで来てしまったからなあ。仕方ない、とりあえず歩こう。えっと、人が多そうな場所は……


「君、大丈夫?」

「エッ?」


 キョロキョロしていたためか、知らない人に声を掛けられてしまった。ショート丈のTシャツとショートパンツ、ショートカットのかっこいい女の子。たぶん同年代だろう。

 えっと……すみません。たしかに迷子ですが、一番大丈夫じゃないのはあなたに話しかけられているこの状況です。Tシャツの下から覗くおへそはとってもチャーミングでもう少し見ていたいですが、どうかお引き取り願います。


「……ダイジョウブ。トモダチヲサガシテルダケ」


 断ろうとしたら、宇宙人みたいな声になってしまった。一応少しだけ女の子っぽい声の練習はしてきたが、まだまだ技術不足だ。


「じゃあ私も一緒に探すよ! 女の子一人だと危ないし」

「エ? デモ……」

「私、この辺はよく来るから慣れてるんだよね」


 うわあ、なんかついてくる流れに……まずったなぁ。余計なこと言うんじゃなかった。


「ピクニックならたぶんあっちだあね。とりあえず行こっか」

「……ウン」


 というわけで。

 女装がばれないように初対面の女子と歩くという高難易度ミッションが、始まってしまった。


※※※


 緊急事態につき、ここからは心の声も女の子まなちゃんでお送りしていきます。あたしは絶対、自分の正体性別を隠し通さねばならぬのです。


「へえ、まなちゃんって言うんだ。素敵な名前だね」

「アリガト」

「私は紗希だよ。よろしくね」

「ヨロシク……」


 あたしが声を出すたびに、背中に冷たい汗が流れていきます。話が半分も入ってきません。早くみんなに会いたいよぉ。助けてぇ……


「それにしても、まなちゃんほんっと可愛いなぁ。羨ましいよ。私はそういうワンピースとか、全然似合わないからさ」


 可愛いと言われると、恥ずかしいけど……実はちょっと嬉しかったり♡ えへへ、あたし可愛いかな?


「サキチャンモ、カワイイヨ」

「ふふっ。ありがと。まなちゃんは優しいね」

「ソンナコトナイヨ」

「そんなことあるって。小さい頃、一緒に遊んでた友だちを思い出すなぁ。そういえば、まなちゃんにちょっと似てるかも」

「ソウ、ナンダ」


 それは気のせいだと思うけど……。だってあたし、女装だもん。そう、女の子じゃないんだよ。それなのに、ワンピース着て髪を結んで可愛いイヤリングを付けて高い声出して……うう、みんな見ないでぇ。


「ねえまなちゃん。連絡先交換しようよ!」

「ウ、ウン。イイヨ」


 あれ、流れで良いって言っちゃったけど……これまずくない? 向こうはあたしを女の子まなちゃんだと思って連絡してくるんだよね? てことは、紗希さんからの連絡は常にまなちゃんで対応しなきゃいけない……負担が大きすぎる。やってしまった。


「ありがと! まなちゃん」

「コチラコソ……」


 ああ、女の子モードは脳への負担が大きいから、ことごとく選択を間違えちゃう。いつもの頭キレキレなイケてる真那弥くんならこんなミスしないのに……。まなちゃん悔しいです。


「あ、まなちゃんいた! おーい」


 あたしを見つけためぐみちゃんが、丘の上から駆け下りてきました。みんなも一緒です。


「もう、まなちゃん! どこ行ってたの?」

「トイレ探してたら道に迷っちゃって。紗希ちゃんって人が案内してくれたんだけど……って、あれ。もういないや」

「紗希、ちゃん……?」

「お、まなちゃん帰ってきたんだ」

「遅かったわね」

「まなさん、大丈夫ですか?」


 他の人たちも後に続いて降りてきた。助かった……


「ウン。ダイジョウブ」

「良かった~。ねえ、あっちで水遊びできるみたいだよ。まなちゃんも行こ!」


 そのまま清水さんに腕を引かれて連行された。って、川遊びは一番やばくない⁉ 化粧が落ちちゃう。ふぁーん、今日はいくつなんがあるんだよ~


「偶然、だよね……?」



 川へと走る皆の後ろで、村間めぐみはそう、呟いていた。

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