第23話 幼馴染でも共有してはならないものはある

 ああ、どうしてこんなことに……


 残念ながらメイド服がぴったり入ってしまった俺は、村間にも見守られながら、そのまま澄玲の手によってまなちゃんの顔に変えられていった。澄玲のメイクがまじでうまい。店開けそう。これぞ才能の無駄遣い。


「できたわ!」

「お~、まなちゃん可愛い~」


 村間が称賛する俺の姿を、自ら鏡で確認する。うん、たしかに可愛い。これが俺じゃなければ素直にそう思えただろうな。

 だが悲しいことに、鏡に映るこの少女は間違いなく、久遠真那弥なのだ。したがって、湧き上がってくるのは羞恥の感情のみ。メイド服のスカートは短かく、空気の流れを直接感じてソワソワしてしまう。うう、こんなのあたしじゃないもん。


「……これで満足かよ」

「うーん、まだ何か物足りないわね」


 澄玲が俺の全身を舐めるように見ながら思案する。やめて、これ以上あたしを辱めないで! ……女装すると一人称が『あたし』になるのもやめたい。


「まなちゃん、とっても似合ってるよ!」

「やめろ、その名前で呼ぶな」

「え~いいじゃん。あとまなちゃんはメイドさんなんだから、もっとメイドっぽい口調で喋ってよ」

「やなこった」


 どんな姿になっても俺は男だ。そんな口調は知らない。そもそも村間だってメイド服着てるのに普通に話してるじゃん。


「だめ、かな?」


 村間が甘えた声色で、首を軽く傾けながらねだってくる。正直、めちゃくちゃ可愛い。そもそもメイド服の時点でかなり可愛さが増していたのに、そんな顔で見られたら断れないじゃねえか。ずるいぞ。

 結局、村間のあざとさには抗えなかったので、俺は覚悟を決めてTHE・メイドなあのセリフを発した。


「……おかえりなさいませ、ご主人様」


 それを聞いた村間は、両手で口を押さえて固まってしまった。おいやめろ、なんか言え。恥ずか死するぞ。


「あのう……」

「あたし、きゅんってしちゃった!」

「ああもう、忘れてくれ」

「ふふふ、忘れないも~ん」

「わかったわ! 胸よ」


 村間が俺の羞恥プレイを楽しんでいると、ようやく澄玲が何か閃いたらしい。……って、胸⁉ 


「えっと、胸というのは……」

「まなちゃんのメイド服、胸のところが余裕を持って作られてるの。だから、少しぶかっとしてしまうんだわ」

「なるほど……。いや、でも仕方ないだろ。俺、男だし」

「いいえ、諦めるのは早いわ。少し待ってて」


 そう言い残し、澄玲が部屋へと走り去った。諦めるのは早いと言われましても、その言葉は心から諦めたい人には無意味なんですよ。残念なことに。

 それはそうと、また村間がむくれている。今度はなんだ?


「どうした村間」

「……私も胸ない。女の子なのに」

「そ、そうか」


 さっきの澄玲の話、村間には思うところがあったらしい。まあたしかに、胸が大きいというのは魅力的だ。実際俺も、清水さんの胸にほんの少しだけ気を取られてしまったしな。

 けど胸がない女の子も魅力的だと思う。可愛い服が似合うしね。まあ、そんなのは男の無責任な感想で、女子には女子の悩みがあるのだろうけど。


「……真那弥くんは、胸のない女の子も好き?」

「え? ああ、俺は――」

「持って来たわ! これを付けて!!!」


 澄玲が息を切らしながら帰ってきた。手に何か……って、いやいやいや。さすがにまずいだろ。


「澄玲、それは無理だ。倫理的に」

「大丈夫よ。未使用のものを用意したから」


 そりゃ使用済みだったら大問題だ。いくら幼馴染でも、下着ブラの共有なんて一線超える程度では済まない。

 だがな、新品ならいいってわけじゃないんだよ。俺は男! 女の子の下着なんてぜっっっっったいにつけないの!!!


「あのう、いくら未使用でも、それはちょっと問題あると言いますか、まずいと言いますか……」

「あなた、ここまで来たら最高の可愛さを追求したくはないの!!!!!」


 ないですよお。可愛さ自体別に興味ないんですって……。

 だが、澄玲の圧は拒絶する俺の心の声を吹き飛ばしてしまう。目が決まってやがる。


「まなちゃんファイト!」

「うう。村間まで」

「ほら、最近は男性用ブラってのもあるくらいだしさ。そんなにおかしくないよ」

「まあそうだけど……」


 男性用のブラは俺も聞いたことがある。姿勢を良くする目的でつける人もいるとかなんとか。ブラは女だけのもの、という考えはもう古いのだ。

 だがしかし。俺はいま、女ものの服に合わせるためだけに、ブラを着用しようとしている。つまり前述の目的とはまったく異なる。したがって、何の言い訳にもならないのだ。

 でもどうせ断らせてはくれないんだろうな。いいかげんわかってきたよ、この女水上澄玲の鬼畜さが。はあ、どこで道を間違えたのだろう。

 

「……付け方を教えてください」

「ええ、喜んで」


 澄玲の無駄に透き通った微笑み。

 これを付けたら、本当に男に戻れなくなりそうで怖い。


 誰か、助けて……

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