第25話 幼馴染のお弁当が食べたい

 やるせない……


 俺は久遠真那弥。ご存じの通り、正真正銘、漢の中の漢だ。

 それなのに……最近は酷い目に合わされてばかり。『可愛い』などという漢には無縁のスキルを、あろうことか俺に求める愚かな人間がいるのである。

 今日こそは、ああ今日こそは、言ってやらねばなるまい。


「あのさ、澄玲」

「なにかしら?」


 いつものように、教室で昼飯を食べる澄玲と村間がこちらを見る。そんな彼女たちに、俺は思いの丈をぶつけた。


「もっと幼馴染してくれよ!!!」

 

 ここ数日の俺の扱いは酷すぎる。幼馴染どころか、まるでおもちゃだ。着せ替え人形だ。やってられっか。

 しかし澄玲は優雅にお茶をすすり、冷静に語った。


「幼馴染する、というのがよくわからないわね。毎日会って話してるし、十分じゃないかしら?」

「ぐぬぬ。けどほら、郷田と清水さんみたいな幼馴染の距離感ってあるじゃん? そういうのがもっと欲しいといいますか」

「まったく具体性がないわね。だいたい、幼馴染の形態は多種多様と言ったのは真那弥でしょ?」

「くっ、そうだけど……」


 澄玲の正論の暴力に、俺は痛みつけられていた。まあたしかに、俺の要求が抽象的なのは自覚してるけどさ。

 だが少なくとも、いまの信頼関係が幼馴染に及ばないことは明白なはず。それに彼女が初めに『契約』と言った以上、俺がその契約を守っている限り、彼女も応じる義務はあるはずだ。

 

「でも、俺は澄玲の男友達を立派に務めているわけで、そっちもそれなりにだな……」

「最近はどちらかというと女友達だけどね」

「なっ⁉」


 くそ、誰のせいだよ。俺は女じゃない。どんな姿になろうとも男、いや漢なんだ。心は絶対に屈しない。屈してなるものか


「……あたしは、もういいと思うけど。幼馴染なんて」


 村間がぼそりと言った。幼馴染なんて、だと……?


「いいわけあるか! 幼馴染はな、俺の夢なんだよ!! ロマンなんだよ!!! 青春なんだよ!!!!!」

「けどさ、いまのままでも十分楽しいじゃん。少なくとも、あたしはすっごく楽しいよ。真那弥くんは違うの?」

「それは……」


 楽しくない、と言ったら嘘になる。そりゃ、酷い目に合わされることもあるけれど、それでも、みんなと過ごす時間は嫌いじゃない。もしかしたら、幼馴染以外にも素敵な関係性はあるのかもしれない。

 だけど。


「……そういう問題じゃ、ないんだよな」


 どんなに楽しい関係も、何かのきっかけで驚くほど簡単に失われる。俺はそんな関係を心から信じることはできない。


「人の信頼関係ってさ、脆いんだよ」

「わかってるよ」

「それなら――」

「でもそんなの、幼馴染だって同じじゃん!」


 そうだ。

 村間の言うことは、たぶん正しい。幼馴染だって他の関係性と同じ。いつ崩れたっておかしくない。

 けど。


「……それでも俺は、幼馴染が、永遠の信頼関係が、欲しいんだよ」


 俺は信じたいのだ。永遠に存在する信頼があるって、それが幼馴染だって。たとえ根拠はなくても。それはきっと、一種の信仰だ。


「真那弥くん……」


 それ以上、村間は何も言わなかった。口を開いたのは、俺のおにぎりをじっと見て考えていた澄玲の方だった。


「お弁当を作りましょう」

「え、弁当?」

「そう。幼馴染の好きな食べ物を把握してるからこそ、相手の好みに合った最高のお弁当が用意できるはずよ」


 たしかに、幼馴染がお弁当を作ってあげるというのは結構ある展開だ。澄玲にだけ作らせるというのは悪いが、まあ、最近の俺の献身的な行動を考えればばちは当たらないだろう。


「それ、いいな! 幼馴染っぽい」

「そうでしょ? さっそく明日、作ってくるわね」

「あ、あたしも作る!」

「村間は別にいいんだぞ。2人分なんて食えないし」

「むう。作るったら作るの!」

「そ、そうか」

 

 とりあえず、明日はおにぎり握らなくてよさそうだな


※※※


 翌日の昼休み。


「お弁当、作ってきたよ」

「ありがとー。おお、めっちゃうまそう」


 こういうのでいいんだよ、という言葉は作り手に対して上から目線で失礼だが、まさにそんな印象の素晴らしい弁当だった。

 小さいハンバーグ、たこさんウィンナーに玉子焼き。俺が弁当に求めるものがすべて詰まっている。


「玉子焼き美味しいな……」


 しっかりと塩で味付けがなされている。甘い玉子焼きなど、俺は認めんからな。あれはデザートだ。おかずじゃない。


「俺も今度作ってくるよ。村間に弁当」

「真那弥くん、お料理できるの⁉」

「できるって程ではないけど、弁当くらいはな」


 現に去年の初めは自分で弁当を作ってきていた。途中から面倒くさくなっておにぎりに変えたけど、別に苦手というわけじゃない。


「あ、澄玲ちゃんやっほー」

「こんにちは、めぐみさん。真那弥にお弁当持ってきたわよ」

「お~」


 澄玲が蓋を開けると、めっちゃ豪華なおかずたちが顔を出してきた。材料も良いの使ってそうだけど、それ以上にかなり手が込んでいる。澄玲らしい。


「澄玲ちゃんのお弁当美味しそう……」

「めぐみさんも食べる?」

「え、いいの⁉」


 さっそく村間がおかずをパクパクとくわえる。弁当2個は俺の腹がもたないからありがたいことだが、趣旨が変わってるな、これ。一応、幼馴染に弁当作ろう!企画なんだけどね。まあ、美味しい弁当食べれるならいいか。


「おいしそうなお弁当ね」

「げっ」

「あ、寧々ちゃんと龍哉くん!」


 俺の苦手な人たちが顔を出してきた。清水さんはまだいいけど、郷田龍哉は……とっても怖いです。目も合わせたくないです。


「2人ともラブラブだね~」

「お、おう」

「ふふふ。ありがとうね、めぐみちゃん、澄玲ちゃん、それに真那弥くんも」


 俺にまでしっかりお礼を言ってくれて、やっぱり清水さんっていい人なのかな。あと普通に照れてる郷田が面白い。ぷぷぷ。


「それでね、龍哉も久遠くんに話したいことがあるんだって」

「お、俺にですか?」


 やだ。逃げようかな。この人怖いし、話通じないし、めんどくさいし。ぼくは話したくないんですけど……


「その、すまなかった!」

「へ?」

「この間はいきなり怒鳴って……」

「あ、うん。き、気にしないでー」

「ありがとう、久遠くん」


 いやあ、何ごとかと思ったぜ。ちゃんと謝れて偉い。郷田らしくないけど、これも恋愛効果なのかね。

 そういえば澄玲のことはもういいのかな。俺も……じゃなくてまなちゃんもこの前ナンパされかけてたし。この男、なんか軽そうなんだよな。ま、浮気なんてしたら清水さんに半殺しにされるか。


「それとね、もう一つ提案があるの」

「なに? 寧々ちゃん」


 すると、清水さんはニコッと笑って言った。


「ダブルデート、しない?」


 ここから。

 俺の悲劇が再び始まるのだった。

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