第16話 幼馴染が必ず結ばれるとは限らない

「寧々ちゃん! 大丈夫?」


 ベンチで涙を流す清水寧々に、村間めぐみはすぐに駆け寄った。


「……めぐみちゃん……うわーん」


 子どものように泣きじゃくり、村間に抱きつく清水さん。村間はその頭を優しく撫で返しながら尋ねた。


「寧々ちゃん、龍哉くんと何かあったの?」

「……私……龍哉に振られちゃった……」

「えっ」

「……大切な幼馴染だけど……恋愛対象としては……見れないって」


 郷田龍哉……なんて傲慢で愚かな人間なんだ!!! 

 恋愛対象としては見れない? ふっ、笑わせてくれる。幼馴染とはすべての人間関係の最上位に位置する関係。したがって、幼馴染を恋愛対象にできないのは、彼らが偽りの教えに支配されているからにほかならない。

 それが運命教、すなわち運命の出会いというご都合主義のまやかしである。ああ幼馴染の神よ、罪深き彼らを救いたまえ!!!!!


「そんな男の虚言に耳を傾けることはないわ!」

 

 いや、虚言じゃなくてまじで運命教の信者が……って、俺に言ったわけではなかった。俺の幼馴染、水上澄玲が、清水寧々に言い放ったのだ。


「……でも」

「いまのあなたは、そのままで最高に可愛いくて魅力的よ。その男の目が節穴なだけ。はあ、愚かな人間ね」


 水上澄玲。それは『すべての女の子は可愛い理論』の提唱者。ついでに『すべての男の子は虫けら理論』の提唱者でもある。そんな彼女だからこそ、自信を持って言えるのだろう。清水寧々は最高に可愛い、と。

 だが村間めぐみは、郷田龍哉を愚かだとは言わなかった。


「……あたしは、龍哉くんの気持ちも少しわかるな」

「めぐみさん⁉ 何を言ってるの」

「そうだよね、やっぱり私じゃ……」

「ち、違うの。寧々ちゃんに魅力がないとかじゃなくてね」


 村間は手を振って訂正しながら続けた。


「幼馴染ってお互いをよく知ってるけど、だからこそ相手のことを知りたい!って気持ちはちょっと弱いのかなって思うんだ」


 相手のことを知りたいという気持ちが弱い、か。けどそれは、互いを知り尽くした幼馴染に必要な事だろうか。


「それの何が問題なんだ?」

「んっとね。知りたいって思わなくなると、お互いの繋がりを守ろうって意識も薄くなっちゃうじゃん? ほら、過去の繋がりは、いまの繋がりを保障するものじゃないから」

「うーん、そうか……?」


 以前から、村間は幼馴染の特別性に懐疑的だ。彼女は、幼馴染の絆は永遠のもの足り得ないと考えている。故に、俺たちは根本的なところで意見が一致しないのだ。


「それじゃあ、めぐみさんはどうすべきだと考えているのかしら?」


 澄玲がそう聞くと、村間は立ち上がり、清水さんに向けて前のめりで話した。


「簡単なことだよ! もっともーーーっと可愛い寧々ちゃんを、龍哉くんにたくさん見せよ!! そしたらきっと、龍哉くんの気持ちも変わるはず!!!」

「そう、かな……」

「寧々ちゃんは龍哉くんに嫌われたわけじゃないんだよ? だからさ、さらに魅力的な寧々ちゃんになって、今度は龍哉くんに告白させちゃおうよ」

「でも私、澄玲さんみたいに綺麗じゃないし……」

「ううん、比べる必要なんてない。寧々ちゃんが、一番になればいいんだからさ」

「そう、だよね。……うん、私がんばる!」


 幼馴染という関係が恋愛という関係に足りないのなら、足りるように努力をすればいい、ということか。俺には受け入れがたい考えだが、笑顔の戻った清水さんを見ると、それはそれでありなのかもしれないと思えてくる。


「じゃあさっそくいろいろ買いに行っちゃお! 澄玲ちゃんもどう?」

「喜んで付き添うわ」

「ふふ、ありがと。あ、真那弥くんは帰っていいよ」

「お、おう」


 俺は解散らしい。まあここから先、俺に手伝えることはなさそうだしな。

 一件落着、ということでいいのだろうか……?


※※※


 翌日。

 清水さんは明らかに変わった。端的に言えば、以前より数段可愛いくなったのだ。

 学校なので当然服装は同じだ。化粧も少し違うのだろうが、俺にはあまりわからない。変わったのは……そう、表情だ。なんというか優しい顔になった。


「龍哉、おはよ」

「おはよう、寧々……今日は、なんか雰囲気違うな」

「ふふっ。そうかな」


 清水さんが挨拶しただけで、郷田龍哉は明らかに顔を赤らめた。これはもしや、あるのでは?


「寧々ちゃんと龍哉くん、いい感じだね」

「そうだな。昨日あの後、何かあったのか」

「ううん、あたしたちは背中を押しただけだよ。1番は、寧々ちゃんが少しだけ、自分に自信を持てるようになったこと、かな」

「そっか」


 容姿や才能は先天的な要素が大きいけれど、自分に与えられた枠組みの中で、人はより魅力的になれるのかもしれない。そんな、珍しく意識の高いことを考えながら、俺はどこか清々しい気持ちになってた。


 この数時間後、俺が女の子としての魅力を開花させてしまうことも知らずに……



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