第15話 幼馴染でも許されないことはある

 そんなわけで、俺たちは水族館で尾行を開始した。

 ……はずだったのだが。


「見て見て。このお魚、口パクパクしてて可愛い~。何か喋ってるのかな」

「お腹空いた……とかかしら?」

「そうかも! 君、早く餌もらえたらいいね」


 週末で人が多く、素人が尾行を行うのは容易ではなかった。そのため、早々に幼馴染2人組を見失い、ただの水族館をエンジョイする客になったのである。


「あ、見て! 真那弥くん、澄玲ちゃん。あのお魚、お肌をきれいにしてくれるんだって」


 そのまま村間は駆け出していった。そして台に乗り、水槽に手を突っこむ。


「わ~、お魚さんがたくさん来てる! ふふふ。くしゅぐったいよぉ」


 すごい勢いで魚が集まってきた。ドクターフィッシュ、人間の角質を食べてくれる魚だ。どの水族館にも割といるけど、角質ってうまいのかな。


「澄玲ちゃんも入れてみて!」

「えっと、私は遠慮しておくわ」

「え~、おもしろいのに……」


 村間はあからさまにしょんぼり顔をみせると、次にあざとすぎる瞳を澄玲に向け、再度おねだりをした。


「……だめ、かな?」

「まあ、少しだけなら」

「やったー! わ~い」


 簡単に澄玲は折れた。女の子には弱いもんな。

 村間が台からぴょんっと降り、入れ替わりに澄玲が台に乗る。やはり澄玲は少し抵抗があるのか、水槽の魚と睨めっこしてる。


「その次は真那弥くんね」

「俺も?」

「うん! お肌きれいにしてもらお」


 無理やり列に並ばされる。俺の角質を食わせるのは、魚たちに申し訳ないのだが……。たぶん魚も野郎の角質は嫌だろ。指先だけ入れるか。


「きゃっ!」


 魚がどっと押し寄せてきたのに驚いたのか、澄玲が小さく悲鳴を上げて勢いよく手を引いた。そのままバランスを崩し、俺の方に倒れてきて……ドンッ。


 ――ああ、やわらかいんですね。女の子の身体って――


 時が止まる。

 気がつけば俺は、幼馴染を後ろから抱くような体制で倒れていた。僅かな静寂ののち、澄玲は我に返ったように立ち上がり、村間の後ろに逃げていく。

 涙目の澄玲。瞳に怒りの炎を宿した村間。あ、人生詰んだかも。俺は自らの人生を守るため、すぐさま頭を120度下げ、最後の抵抗をした。


「申し訳ございませんでした! 何でもしますから、警察だけはどうか……」


 返答はない。まさか本当に……。

 恐る恐る頭を上げると、不敵に笑う澄玲がいた。


「……なんでも?」

「あ、できれば痛いのとか、怖いのとかは勘弁いただけると……」

「ふふふふ」


 そう不気味に笑うと、澄玲は踵を返した。村間は犯罪者を見るような軽蔑の目で俺を向ける。


 その後、必死に謝罪を続けましたところ、何でもするという約束を条件に、許していただくことができました。心の広い方々でよかったです。


※※※


「楽しかったね、水族館」

「そうね。とっても」

「だな」


 二時間ぶりの外の空気。

 村間の言う通り、久しぶりの水族館、アクシデントはあれどめっちゃ楽しかった。なんか大事なことを忘れてるような気もするけれど……ま、忘れるってことは大事ではないんだろう。

 それより腹が減ったな。なぜかわからないけどめっちゃ寿司が食べたい。


「真那弥くんは水族館だとチンアナゴがお気に入り?」

「ああ、まあな」


 昔から好きなんだよな、チンアナゴ。ひょこひょこ動いて可愛いんだ、これが。ちなみにチンアナゴのチンは、ちんという犬に似ていることから来ているらしいぞ。


「そんな真那弥くんには……はい、これ!」

「うおーーー!!!」


 村間が出したのはチンアナゴのぬいぐるみ。さっき売店で買ってきたらしい。何この可愛すぎるフォルム。全力で推せる。


「俺にくれるのか?」

「うん! ……大事にしてね」

「もちろん。ありがとう、村間」


 嬉しいなあ、チンアナゴ。名前何にしようかな。ちんちゃん……は安直か。とりあえず、この間お迎えした馴染花なじかちゃんのぬいぐるみと並べて……いや、いっそ一緒に寝ちゃおう。


「今夜からこれ抱いて寝るわ」

「だ、抱いて⁉ まあ、それは真那弥くんの自由だけど。……抱くのはもう、ぬいぐるみだけにしてね」


 釘をさすようにチクリと村間は言った。いや、さっきのは事故で――


「あれ? あそこにいるのって……」


 澄玲の目線の先。そこにあるベンチでは。


――清水寧々が一人、涙を流していた――

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