第2話 ぼくと契約して、幼馴染になってよ
いや、幼馴染にするって……。こんな馬鹿げた提案に素直にうんうんと頷くやつがいるかよ。
「……あの、幼馴染の意味わかってます? 舐めてます?」
「あ、すみません。さきほどあそこの席で注文したのですが、こちらの席に合流してもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。かしこまりました。伝票お持ちしますね」
水上澄玲は店員の許可をスムーズに取り、村間めぐみの隣に座った。
「えっと、幼馴染の意味だったわね。幼少期からの友だちということは理解しているわ。それとあなたの話を聞く限り、『過去に裏付けされた強い信頼関係』が大切みたいね」
「けっこう聞いてたんだね~」
ココアにホイップクリームが溶けきった何かを口にしながら、村間が相槌を打つ。
「ちゃんとわかってるじゃん。それなら、お前の提案が無意味ってことも――」
「その信頼関係、契約で代替できないかしら」
「契約?」
「こちら、いちごミルクになります」
「ありがとうございます」
俺が聞き返したと同時に、水上の注文した飲み物が届いた。けっこうかわいいもの飲むんだな。丁寧に店員さんにお礼を言うところは好感が持てる。
「そう、契約。私はあなたの幼馴染としてこれから振舞う。その代わり、あなたは私の男友達になる。……うん、美味しいわね」
「いや、幼馴染として振舞うってなんだよ」
「言葉の通り。幼馴染らしい行動をするのよ」
水上はすごい勢いでいちごミルクを吸っていく。既に半分以上がお腹の中だ。
「……ただし絶対に、私に恋愛感情を抱かないこと」
は? なんだこの女。まるで自分を好きになるのが当然みたいに。
「いや、どんだけ自意識過剰なんだよ」
「51回」
「えっ?」
「高校に入ってからこれまで、私が告白された回数よ」
「……⁉」
こくはく……ってあれだよな。私と付き合ってください!、だよな……? 51回ってことは、いまが高校2年の5月だから……ほぼ週1で告白されてるのかよ。そんなバナナ。……あれ、今日はなんだか寒いな。
「そうだよね。水上さんに振られたっていう男子の話、あたしもたくさん聞くもん」
「外を歩いててもすぐ男に声を掛けられてほんとにうんざり。なるべく地味な格好にはしてるんだけど……。本当は好きな服装で出かけたいのよ」
世の男性、どんだけ積極的なんだよ。俺なんて生まれてこの方、一度も告白したことないぞ。せいぜい幼稚園の時に『ママ好きー』って手紙を書いたくらいだ。
「だからどうしても男友達が欲しいのよ。私に恋愛感情を抱かず、他の男を遠ざけてくれる人が」
「水上さんみたいに可愛い女の子にも、悩みはあるんだね……」
村間が空になったグラスをストローで混ぜながら、しみじみと言った。俺はぬるくなった残りのコーヒーを口にすべて流し入れる。
「要は男除けとして俺が欲しいってことか」
「そういうこと」
「ちなみに俺も一応男だけど、それはいいのか?」
「妥協するわ。クモみたいなものよ」
「クモ?」
クモ……雲みたいに心が白いとか、そういうことか?
「クモはハエやゴキブリといった害虫を食べてくれる益虫でしょ? 他の男を追い払ってくれるなら、恋愛感情のない男の一人くらい、耐えられるわ」
「なるほど~。大きな利益のために小さな犠牲を取る、みたいな事だね!」
村間はすごい納得してるけど、こいついま、俺を虫扱いしたぞ。いいのか? こんなやつと契約できるのか?
「もっといい表現はありませんかね……」
「ごめんなさい。語彙力が足りなくて」
さっき学年トップとお聞きしたのですが……どうして国語ができないんですかね。
それはそうと、この契約における最大の問題は、水上澄玲が幼馴染に向いているのか、という点だ。
話を聞く限り、水上とは幼馴染というより運命の関係に近い。まず出会いの突然さ。空から降ってきた女の子とか、神隠しに会い出会った成年みたいな匂いがする。まあ、後者は小さい時に一度会ってるけど。
そして周りを惹きつける恵まれた容姿、いま見せているオフモード、俺に対する強引かつツンツンした態度。これで後から可愛らしい一面とか見せてきたら完全に
「……仮に契約したとして、水上は本当に幼馴染やれるのか?」
「これから勉強するわ。頭の良さには自信があるの」
「そうか」
国語力は怪しいが、学年トップが言うなら多少は説得力がある。それに、何もしなければ可能性は0のままだ。幼馴染が手に入る可能性が少しでもあるならば、やってみるに越したことはない。
「よし、結ぼう。幼馴染契約」
「あ、ほんとに結んじゃうんだ……」
「ええ。これからよろしくね。真那弥」
この日から、水上澄玲と久遠真那弥の、幼馴染としての関係が始まったのだった。
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