第3話 Hosts

 「ねぇ、星矢。お店終わったらアフター行けるの?」腿に置かれた左手に右手を重ねながら今日も同じことを聞いている。この二年星矢の為なら何でもしてきた。この店で、稼いできたお金のほとんどを遣う。ゆとりがあれば星矢のプレゼントに遣う。それでも、アフターに付き合って貰えるのは、せいぜい月に一度あるか無いかだ。

「ごめんよ!ちょっと先約があって、ちゃんと埋め合わせするからね!」クールな顔立ちなのに瞳が濡れた仔犬の目みたいで、見つめて言われると抗えない。「ごめん、ちょっと外す!後で来るから待ってて。」「こんばんは~、太人でーす!そのまま、太い人て書いてダイトでーす!由布子さん、いつもありがとうございます!」星矢が席を外している間、星矢の後輩がこうしてフォローに廻る。「呑んでいいっすかぁー?頂きまーす!」「どうぞ!好きに呑んで!」太人は濃い目の水割りを一気に流し込む。「もう、ボトル少ないですねー?新しいの下ろしときます?星矢さんの売上になりますし…。」「そうね、じゃ、マーテルで!」後輩の彼等にとって私は美味しくない客だ。一人でしか来ないから、所謂「枝」を拾えない。ヘルプで僅かな小遣いになる程度だ。こうして、五万もするボトルを下ろしても、ナンバークラスの星矢が席に付いてくれるのは、二十分から三十分、セット料金や指名料、サービス税を合わせて、今日も十万位の会計になるだろう。

 ガチャーン!ボトルが割れる音がした!「あんた、この前、ホテルで言ってたよなぁ!ベルエポ(高級シャンパン)下ろしたら、次にホテル付き合うって!シャンパン下ろすのあれから、三回めやで!」酔客に髪を掴まれている。何度誘っても私とホテルなんて行って貰えない?いい気味だと、思う反面、何故か助けたいと思った。

 衝動的に自分でも信じられない行動に出た。走って駆け寄り、女の左側の顔を蹴った!「きゃー!」女が顔を押さえてうつむく。星矢の後輩ホストが、右こぶしを振り下ろそうとする私を止めに入る。この修羅場を笑いながら見ているホストもいる。「由布子!今日は、もう帰ってくれ!」結局、星矢を怒らせて、私が先に帰るハメになった。

 星矢の危機を救ったのは、私なのに!どういうこと?あの女より、トータルすれば私のほうがずっとお金を遣ってる。なのに、ホテルなんて一度も…。歩きながら、涙が溢れてきた。拭いながら、いつまでも眠らない街中を歩く。「お姉さん、何か辛いことあったの?俺が慰めるから、ちょっと呑んでかない?初回、無料でいいから。」客を掴めない新人ホストは、暇があればキャッチに繰り出されている。


 無視して歩きながら、星矢との出会いを思い出していた。二年前、不倫相手だった直属の上司と別れた。奥さんから電話が鳴り泥棒猫呼ばわりされ、すぐに別れたが、二ヶ月ほどしてよりを戻そうと足掻く上司に付きまとわれ、キツく断ると悪質なストーカー化した。頼りがいがあって、クールでカッコよかったのに、ただの気持ち悪いオヤジへと変貌していった。帰り道で車に連れこまれ、「やった時の動画、ばら撒くぞ!」と脅され、鞄で思いっきり殴って逃げた。警察に電話もしてみたが、話に聞いていた通りの対応だ。事件にならないと護衛にも来てくれない。さすがに困って、思い切って先輩に相談してみた。


「あんた、大変だね?何であんなのと付き合ったの?」散々、居酒屋で説教されたが、親身に相談に乗ってくれた。「気晴らしにちょっといいとこ行こうか?」と連れて来られたのが、「レディスクラブ ダンディ」だった。

 今はやめてしまったが、当時の店のNo.1が先輩の高校の時代の彼氏の弟で、よく可愛いがっていたらしい。「拓哉〜!ちょっと相談に乗ってよ!店ハネてからでいいからさ。」「店で出来ない話ですか?わかりました。じゃ、間抜けるんで、待っててください。」どうやら先輩には全く頭が上がらないようだ。

 先に24時間営業のカフェで待った。「いや〜、すいません!」店内と違って自然な笑顔を浮かべながら、後輩と一緒にテーブルに付いた。「あ、コイツは星矢!一番信頼出来るヤツなんで気にせずに話してください。」最初はためらったが、先輩に促されて事の経緯を全て話した。星矢は、横で簡単にメモを取り、頷くばかりだった。

「じゃ、やっときますんで。また良かったら遊びに来てください。」


 翌日から上司のストーカー行為は消え、会社でも目も合わせなくなった。一週間後、彼は会社から姿を消した。親の面倒を見なくてはならなくなり、辞めて田舎に帰っていると聞いたが、あのホスト達がやってくれたに違いない!

 私は嬉しくなり、拓哉と星矢にお礼のLINUを送った。お礼も兼ねて、先輩と店に行った。シャンパンを下ろして、一緒にお祝いしてくれた。「ここでは、皆お姫様!辛いこと忘れて、いっぱい楽しんで!」高額なお金と引き換えに楽しい時間を買い始めた。

 結婚資金にと貯めていた預金がみるみる減り始めた。「今月もうちょっと頑張ったら、いいとこ行けるんだけど…。あっ、気にしないで!由布子にあんまり遣わせたくないし…。」「ちょっと売掛が回収出来なくてヤバいんだ。」巧みに利用されているのがわかっていても、それでも通ってお金を遣う。

 OLの仕事だけでは、とても足りない。キャバクラなら学生時代に少しバイトしたことがある。週末だけキャバクラで働くことにした。店で遣う金額が増えると星矢との同伴が増えた。「俺の為にいつもありがとう!由布子が居てくれて、ほんと助かるよ!」喜んで貰えると益々ハマった。先輩から「ほどほどにしなさいよ!」と何度か忠告されたが、星矢の笑顔が見たくてどんどんのめり込んでいった。お金も足りなくなり、サラ金に手を出した。毎月末、返済の為にまた借金を重ねた。

 返済金額は、雪だるまのように転がり増えていった。夜の仕事をOLからデリヘルに変えた。「もう、ホスト遊びはやめなさい!」と先輩から何度も注意されたが、今はOLを辞めてソープに勤めている。借金を返しながら、毎週一二回は星矢に会いにいく。


「先週はごめんね!お詫びに今日アフター行こうよ!」心が舞い上がった。星矢に手を上げたあの女に勝った気がした。店のソファーに座りながら、時計ばかり気にしている。

 閉店まであと1時間というところで、あの女が来た。今にも噛みつきそうな目つきで、私を睨みつけている。「フン!」と目を反らして、二つ隣のテーブルについた。私に聞かれたくないのか星矢とヒソヒソと話をしている。ドンペリピンクが下ろされた、店内一斉にドンペリコールが鳴り、ホスト達が踊る!

 やっと星矢が席に戻って来た。「あのカフェで待ってて!このままだと、延長になるし。」あの女が来たことで、売上を煽ってくるかと思ったら違った。会計を済ませ、スマホを忘れたことに気付いて店に戻ろうとすると、星矢とあの女が腕を組んでエレベーターから出ていくのが見えた。きっとただの送りだから大丈夫。自分に言い聞かせて、カフェで待った。閉店時間はもう一時間も過ぎているのに連絡もない。LINUも既読がつかない。店に電話すると聞き覚えのある声がした太人だ。「あれ星矢さんと一緒じゃ…。ああ、星矢さん酔い潰れてたみたいで…。すいません、ちゃんと伝えます!」

 カフェのテーブルを思いっきり叩いた。店内の全ての視線が私に向いた。「悔しい!あの女!」殺してやりたいと思った。

 また泣きながら歩いた。どこをどう歩いたかわからない。鬱陶しいキャッチを避けて、細い路地を歩いていた。このままタクシーが拾える大通りまで、どこかで出られる。

「あっ。」突き当たりになった。「Bar 月下美人?」重そうな木の扉の横の看板に書いてある。歩いているうちに気分も少し落ち着いた。「もう、ちょっと呑むか?」重い木の扉を開けた。


 店内は薄暗く、カウンターの上に透明なフィラメント電球が並んで灯っている。使い込まれた木造りのカウンターはマホガニー製か?カウンター10席ほど、奥に四人掛けのテーブル席が2つ見える。カウンターには白い口髭を携えた老紳士、奥のテーブルには赤いワンピースを着た女性と黒いスーツを着た男、もう一つのテーブルにはOLらしきダークなパンツスーツの女性が二人。

「いらっしゃいませ。」ホルターネックの赤いロングドレスに左脚の正面の付け根まで入った深いスリット、胸まである長い髪に切れ長な瞳、玉子型の顔の整った上品な面立ちなのに、熟れた唇がどこか淫猥に見える。「こちらへどうぞ!」カウンターの真中あたりの席に案内された。

 正面には、スキンヘッドに立派な髭を携えた。体格のよいマスターらしき男がいる。夜なのにサングラスをかけ、レンズの下に猛禽類のような鋭い眼光が微かに見える

「由布子さんね?早紀さんから聞いているわ。」切れ長な瞳が柔和な笑顔を浮かべている。「先輩から?」「ええっ、もしここへ来ることがあったら話を聞いてあげてって。」

「でも、なぜ?」「ここは一夜限りのお店月下美人。心から救いを求める者にしか辿り着けないお店なの。」


 無口なマスターが、シングル用のシェイカーをカウンターに置いた。透明な酒、赤いリキュール、ライム、グレナデンシロップを入れて、慣れた手つきでシェイカーを振る。キャップを外してショートグラスに注いだ。スカーレット色の美しいカクテルが出来上がった。「わぁ、綺麗!」何故かグラスの中に流れのようなものが見える。

 

「このカクテルは貴女の時間を巻き戻す。今夜限りのたった一杯のカクテル。戻れる時間は一分間しかないわ。呑んでみる?」


もう、こんな日々は嫌だ。決心した。

   

 「良い子ね。力を抜いて、そう心を透明にするの。」後ろから両肩に透明感を感じるほど白く冷たい手が置かれた。「目を閉じて。」耳元で囁かれた。甘い薔薇のような香りがする。「一口呑んで、戻りたい時間を想像して…。」カクテルはほんのりと甘く、後から苦味を上がってくる。息がわかるほど唇が近くなった。「二口めは、戻りたい場面を思い出して…。」ぬるりと耳の穴を舐められている気がした。「そうよ、最後は一息に呑んで、理想の未来を想像するの…」


 目の前が眩しい光に包まれ、気が付くと居酒屋で先輩と呑んでいた。「気晴らしにちょっといいとこ行こうか?」「すいません!明日、ちょっと早くて…。」先輩の誘いを断って終電で帰ることにした。


 気が付くとベッドで寝ている。隣から寝息が聞こえて来た。「せ、先輩?」驚いたが、起こさないように口を押さえた。ここはどこだろう?広いベッドに壁面収納、大きな壁掛けのテレビ。裸で寝たみたいで、何も身に着けていない。どうなっているのかわからない。

 色々と考えているうちに空が明るくなってきた。先輩が寝返ってこちらに向いた。ゆっくりと目が開いた。手が伸びて頬を触る。「おはよう。眠れた?」「は、はい!先輩は?」「こら〜、二人きりの時は、早紀って呼んでって言ってるでしょー。」「え、早紀さん?」「ほんと可愛いわねぇ。」横から抱きしめられた。彼女も裸のようだ。「貴女の体温感じながら寝るの好きよ。」軽くキスされた。「えっ?」まさか?先輩と付き合ってる?

「さっ、一緒にシャワー浴びて、朝御飯にしましょ!」手を引かれてバスルームに入った。「由布子、髪長いから…。」椅子に座り濡れた髪にドライヤーが当てられた。理由がわからず、ボーっとしていると「どうしたの?疲れた?ゆうべ遅かったものね。」会社では男勝りな先輩があまりにも優しい。「今日は私やるから、座って。」テーブルに温かいミルクが置かれた。


朝食後、残ったコーヒーを飲みながら、あのバーの話をしてみた。うんうんと頷きながら話を聞いて、先輩が口を開いた。「実は、由布子よりも先に行ったの。ホスト連中に何とかしてもらおうと思ってたのに、あんた帰っちゃうから…。会社もやめちゃうし、どうしたらいいか悩みながら歩いていたら、あの店に行ったの。あんたがあいつと付き合ったりしないように過去に戻って、私と不倫していたのを奥さんに話したの。」「えーっ?先輩が?」「カッコだけでなーんにも中身が無いから、すぐ別れたけどね。」「あいつ、すぐに退職になったから、大丈夫よ!」


由布子「先輩が先に来たのは聞いたわ。知り合い同士を順番に過去に戻すと時系列修正の法則から一人は現在に戻れないかもって、ママが言ってたけど、何とかなったってことね。ほんと良かった。」

 早紀「さあ、どうかな…。」


「あの?私、何故ここに?」早紀は、居酒屋で呑んでから二年間のことをゆっくりと説明してくれた。自分が知る過去とは全く違っている。

 早紀が過去に戻ったことで、由布子の上司との不倫の過去は無くなり、一年ほど別の男性と付き合っていたこと。別れ話の相談に乗ったりしているうちに自然と関係を持ったこと。三ヶ月前から同棲していること。


 二年も知らない過去があり、知らぬ間に同性愛者になっている。どうしたら、いいのだろう。友人として、先輩として、早紀のことは大好きだが、同性と肉体的な交渉を持った記憶は無い。でも、居心地はいい。


「あーあ、残念!昨夜、あんなに…。」由布子の顔が真っ赤になった。両手で口を塞ぐ。

「ごめんごめん!びっくりしちゃうよね?私もそうだったけど…。私もあんた以外は知らないし…。嫌じゃなければこのままここに居たら?あんたが嫌がることはしないから…。」おかわりのコーヒーを淹れながら早紀は言った。


 早紀の二年


 「あーあ、帰っちゃったなぁ。」「そうね!ホスト連中に頼むのもね。あの子、真面目だからハマっちゃうとヤバいし…。」「それにしても、あいつ。私と別れてから由布子を狙うなんて、許さない!」 色々と考えを巡らせながら家路へと向かっていた。

「何か物足りないし、軽くやって帰ろうかな?こういう時は新規開拓だねー!」裏通りをウロウロしてみる。「あれ?何で突き当たり?こんな店あったっけ?「Bar 月下美人」重そうな木の扉を開けた。


「そのまま、現在に戻らないってこと?」「はい!」「二年間で四十人に一人は死ぬのよ!」「でも、それで!」「わかったわ!」マダムが真剣な眼差しに変わった。「マスター、いい?」相変わらず無言で何も応えずにカクテルの準備を始めた。

 どうやって、そうなるのか?作られたショートカクテルは、縦に半分ずつ赤と青に分かれ間は紫になっている。


 「一口、二口、三口…。」眩しい光に包まれ視界からあの店が遠ざかっていく。気が付けば会社のデスクに座っていた。時計は17時を指している。スマホで日付を確認すると二年と六ヶ月前だ。まだ、あの男と関係は持ってない。「よし!ここからなら、由布子を助けられる。元々、私が巻いたようなもんだし!」


  ああいう、イケメンで女を食い散らかしてるダメ男は、ちゃんと処理しないとね。とりあえず、会社辞めさすかぁ。

 社内のPCメールで、「ちょっと、仕事のことで悩んでて、相談に乗ってくれますかぁ?」と「俺に興味あるの?」一発で引っ掛かった。やっぱり、見た目と虚勢だけでやってきた男は、自惚れ屋で馬鹿だ。

 

「拓哉〜!今度、ご馳走するから、出勤前に何人か連れてきて、手伝ってくれない?」帰って来たばかりだからと少し渋ったが、「早紀姉だから特別ね!何時にどこ?」「夜10時にホテル◯◯」「うん!わかった!それで、何するの?」


 レストランから出ると「ちょっと、休んで行こうよ!嫌だったら、何もしないから…。」案の定、思った通りに誘ってきた。馬鹿な男は何の警戒もせずにイケメンを気取っている。ホテルに入るとすぐにがっついてきた。「汗くさいわ!シャワー浴びて来てよ!上がったら、すぐにサービスしてあげるからぁ。」自分でも気持ち悪いほどの猫撫で声が出てきた。 

 シャワーの音を聞きながら、下着姿になった。LINUで拓哉に部屋番号を伝える。鍵を開けた。シャワールームから、彼等を見えない死角に忍ばせる。「早紀ちゃーん!」男が飛びかかってベッドに押し倒された。

 左右からフラッシュが光る。「てめぇ、人の女に何してんだぁ!あー、コラ!沈めるぞ!」拓哉の恫喝に男は何も言えずブルブルと震えた。一般の真面目名サラリーマンじゃ、ホストとヤクザの区別もつかない。

「おら、イチモツだせや!」星矢と太人が後ろから押さえつけた!フラッシュが光る。「ひぃー、止めて〜!」拓哉が「踏み潰すぞ!ゴラ!」さすがは元ヤン、板に付いている。そう水商売の大半は、若い頃ヤンチャだったヤツだ。

 大学上がりのエリートには、かなりの恐怖だろう。辺りにアンモニア臭が漂った。「何だコイツ!くっせえ!」「おら、財布どこだ?」

「抑えときますね。」星矢が免許証や社員証、保険証の写真を摂った。スマホを渡し、「おい!早紀さんの全部消せ!」どうやら社内で盗撮もしていたようだ。涙を流しながら従っている。拓哉がカバンの角がこちらに向いていることに気づいた。ジャケットの胸ポケットのボールペンも不自然だ。太人に探らせる。「拓哉さん、これ?」どちらも超小型ビデオカメラが仕込んであった。「あららら、警察だな?星矢、電話しろ!」「か、勘弁してください!嫁とまだ小さい子供が居るんです。」「じゃ、スマホのロック外せや!」震える手で男はロック解除した。拓哉が奪い取り、ロックされた動画ファイルを見つける。「おい!パスは?」「1123です。」

「コイツ、糞だな!嫁と子供が可哀想だから、こっちで処分するか?」「ゆ、赦してください。」「とりあえず、スマホは証拠物件として押収だな。」「で、どーすんだ?ああ?」男は現金とクレジットカード、銀行のキャッシュカードを自ら献上した。要求せずに差し出すように仕向けるのは、さすがに上手い。

「会社は?」「や、辞めます!」「後で確認するからな!もういい、帰れ!」


「拓哉、さっすがー!」「この位、やっとけば大丈夫でしょう!」


 これで、由布子も大丈夫。 

「先輩、先輩、」と毎日のように懐いてくる由布子が可愛い。彼氏が出来たとかで、ノロケ話に少々嫉妬を覚えることもあるが、幸せならそれでいい。でも、この妙な感情は何だろう。何故、恋人の話を聞いて嫉妬するのだろうか?私は同性愛者ではないはずなのに…。


「先輩、明晩、ご都合どうですか?」昼休みに由布子からLINUが届く。あれ?土曜日の夜は彼氏とお泊りのはず?

 待ち合わせのカフェに行くと、由布子が俯いている。「どーしたの?」ボロボロと涙が落ちた。胸がキュンとする。思いっきり抱きしめて、涙を吸いたくなった。

「彼と別れちゃった。」「じゃ、行こ!ここじゃ何だし。」カジュアルフレンチの店で話を聞くことにした。彼氏に別の女が出来て、振られる。ありがちな恋の終わりだった。「二股賭けずにちゃんと言ってくれるだけマシだよ!」

 話を聞いて慰めているうちに徐々に普段の明るい由布子に戻った。彼氏と別れた話を聞いて嬉しくなった。毎週、由布子を独占したい。ただ、一緒に居てくれるだけでいい。

「先輩、どうしたんですか?ボーっとして?」「あっ、ごめん!ちょっと考え事してた。」「そう言えば、さっきキャッチの男の子に名刺渡されたんですよ!」テーブルに置いたのは、レディースクラブダンディの星矢の名刺だ。ヤバい!絶対に近づけちゃいけない!「クールな感じなんですけど、仔犬みたいな目してて可愛かったなぁ!」「あんた電話番号とかLINUとか教えてないよね!」「そんなの教えないですよー!でも、初回無料だって!後で行きません?」


「それより、家で呑み直さない?貰い物だけど、いいワインあるんだ!」「えー、いいんですかー?」「うん、泊まってく?」「先輩ん家に泊まりって、やったー!」こんな反応するとは思ってなくて、飛び上がるほど嬉しくなった。星矢の名刺は、破って捨てた。


 週末を一緒に過ごすことが多くなった。お互いの部屋にお互いのものが増えていく。由布子と私は、性格は似てないが居心地が良かった。もう、絶対にホストには渡さない!

 日曜の朝、ベッドの中で由布子が言った。「先輩、一緒に暮らしませんか?」嬉し過ぎて泣きそうになった。由布子に腕枕して抱き寄せた。顔を近づけると大きな瞳がゆっくりと閉じた。軽く柔らかな唇を重ねた。由布子からも抱き寄せてくれた。確かめるようにもう一度重ねた。

「えへへへ。」見つめ合って、微笑み合う。もう、何も要らない。

 

 


 

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