04 マイペースなケンちゃん-03

「じゃ、行こうか。仕事が一段落着いたから、めっちゃ腹ペコ」

 東堂が言いながら、大通りの道を右手に曲がる。縦に走る道路は新御堂筋。ふたり並んで渡りながら、わたしは言った。

「こっち渡ったところに、カレー屋なんてあるの」

「ああ。ココイチだけど」

 ココ壱番屋なんて、あったんだー。

 東堂が続けて言った。

「そっから、まっすぐ歩けば、インドカレーもあるよ。どっちがいい?」

「ココイチがいい」

「オッケー」

 あっという間に着いてしまった。

 自動ドアを開けると、ぱっと店内が見渡せる。テーブル席は、ひとつも空いていなかった。

「東堂くんはカウンター席が嫌な人だったっけ」

「全然そんなことない」

「だと思った」

 カウンターに腰かけて他愛ない会話をしていると、店員がオーダーを取りに来る。

 わたしはチキンカレーを、東堂はカツカレーを頼んだ。右手でネクタイを大きくゆるめた東堂は、メニュー写真をしげしげと眺めている。

「俺さ。たまに、ここのカレー食べたくなるんだよね」

「なんとなくだけど、わかるよ。カレーっていいよね。それに、あんまり時間が掛からないで食べられるメニューは気楽だし」

「そう、それ。ほんっと、それ。腹が減っているときに待たされるのは、つらいよ」

 東堂はグラスの水に口をつけた。心底から、ほっとしている様子が伝わってくる。一緒にいる人がリラックスしていると感じられるのは、うれしいことだ。

 彼に向けて、ちょっとだけ座りなおした。

「ところでねえ、東堂くん。聞いてくれる?」

「なによ」

 彼の瞳が、キラッと輝く。

「さっきね、わたし。大量のきつねに騙されちゃってたのよ。昨日の夜に東堂くんから聞いていた『お初天神』にいるきつねの歓迎とは全然まったく、扱いが違うの。ケンちゃんたちったら、ちょっとひどいって思った」

「茉莉ちゃんを騙したって。なにそれ」

 今朝からの不思議な出来事を、わたしは身振り手振りを交えて話した。

「勘違いなんじゃないの? 違うきつねだろ、よくわかんないけど」

「思い出した! 何人かの子どもの声で“ケン兄ちゃん”って言ってたのよ。まあ……その子たちの御蔭で、さっき偶然にも東堂くんに遭遇できたんだけど」

「昨日、俺たちが会ってたケンちゃんの友達だったら、そんな。茉莉ちゃんを騙したりしないんじゃないの?」

「でもさあ、きつねって悪戯いたずら好きって言うじゃない昔から。きつねに遊ばれちゃったのには変わりないもん。わたしを東堂くんと引き合わせるためだとしても、過酷な運命モードだったんだよ。巫女さんに思いっきり睨まれて、怖かったよ?」

 東堂が愉しそうに「あはは、過酷。言い過ぎー」と顔をほころばせたと同時。奥のテーブルの方向に、激しくむせて咳き込みはじめた人がいた。咳の音は大きくて、狭い店内によく響いた。

 はしたない、と思いつつ。盛大にむせ続けている人に視線を向けてしまっている。

「あっ。ケンちゃん」

 わたしの声に東堂が反応した。ぱっとわたしの目線を追った彼は、ますますうれしそうにしている。普段はきりりとしている眉を、デレデレと下げちゃってる。

 一番奥のテーブルには、きつねのお面を頭に乗せたケンちゃんが顔を赤くしてむせていた。彼は苦しそうに咳き込みながらも、まなざしはわたしをじっと見つめている。

 ケンちゃんは「げほげほ」しつつも、わたしと東堂を必死のまなざしで見ている。一所懸命に、手を横に振っていた。

「ま。茉莉さん、ち、ちがう。ぼく、そんなの知らないよ」


 




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