04 マイペースなケンちゃん-02

 ……神戸発祥の、にしむら珈琲店。

 ケーキめっちゃおいしいです!

 ちいさなケーキの脇に沿ったセロファンを剥がすと、スポンジ生地のふわっとした香りが漂う。ケーキの上には品よく置かれた苺やラズベリーなどなど。それらを口へ運ぶのが、もったいないくらいの贅沢に感じられる。

 店内の照明のせいもあってか、たかだか五、六センチほどの正方形のケーキが宝石みたいに見えてきた。

 スポンジ生地と生地の間にも生クリームが仕込まれている。クリームの中にも細かく刻まれた苺やキウイ、オレンジが入っていた。

 そうっとフォークを入れる。なるべく、かたちを崩さないように。

 こんなに上質のお店、慣れていないから……緊張しちゃうなあ。

 さりげなく周囲に目線を流す。テーブルに付いている皆さんは、全員が紳士淑女に見えてきて仕方がない。わたし以外の誰もが、ゆったりとお茶を愉しんでいる。

 たかがケーキ、されどケーキ。しかも、結構な有名喫茶店のケーキ。どれだけこだわっているんだ。

 だけど、こういうスイーツだからこそ、ちょっとした仕草で自身の品のなさを周りの人たちに露呈してしまいそうに思いませんか。自意識過剰ですか、そうですか。

 ケーキセットひとつ注文しただけで、どれだけ考え込んでいるのよ。わたしって、変ですね。

 開き直って、いつもの自分のままでケーキを口に運ぶことにした。口の中に入れた瞬間、軽やかな甘みが広がった。

 ああん、やっぱりパチンコ屋で東堂くんを待ってなくてよかったよぅ……ふわふわと舌の上でとろけるスポンジ生地を味わう。

 体や頭のそこかしこにあった緊張が、ほぐれていく。

 口に運ぶコーヒーも、これまた美味しい。昨夜からの出来事が良いことも悪いことも全部、いい方向に報われそうな気がしてくる。

 日々のルーティンワークの隙間に、こういうブレイクタイムも必要なのねえ。ズル休みしちゃったわたしが、言う言葉ではないけれど。

 ケーキ皿を下げてくれたウエイトレスに礼を言った直後、テーブルに置いていた携帯電話がぶるぶると震えた。

 東堂からショートメールが来ている。今から会社を出るとだけ、書いてあった。彼が来るまで、もうちょっとゆっくりしよう。

「にしむら珈琲店にいるよー。そこで待ってる」

 それだけ返信して、あとは窓の外を見ていた。広い通りに面したここは、行きかう人の姿がよく見える。

 十分くらい、ぼーっとしていただろうか。ふたたび、ケータイが振動していることに気づく。今度はショートメールではなくて、電話だ。パネルは東堂の名前を表している。

 わたしは言った。

「ごめんね東堂くん。すぐに電話、取れなくて」

「いいよ、別に。もうすぐ着くから、茉莉ちゃんは外に出ていてくれる?」

「はーい」

 向こうから電話が切れる。言われた通り、店を出たところにいた。ほどなくしてシャツ姿の東堂が、アーケード左側からひょっこりと姿を見せた。わたしに気づくと、満面の笑みを浮かべて片手を振った。

「茉莉ちゃん、待たせてごめん」

「だって仕事だもの。それよりも、そっちの業務全般、片付いたの」

「それなんだけど」

 東堂はハンカチで額の汗を拭いた。整った眉が、ほんの少しひそめられる。

「保守チームが全力でネット復旧に当たっているけど、どうも本日中のシステム運用は無理みたいだ。だから俺たち中間管理職は、明日あしたから月末まで残業決定。それが一番の痛手かなあ、個人的に言えば」

「東堂くん、それでなくても『係長』仕事量が多いのに? 無理しちゃ、だめだよ……」

 もしも、明日から月末までの間に東堂から残業を頼まれたら。そのときは、断らないで仕事をしよう。同期なんだもんね、手伝ってあげたいなって思うのは当然だよね。



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