03 仔ぎつねたちのいたずら-07

 鳥居の上方を眺めると、玉津神社と書かれてあった。二列に並んだ赤い幟が導く参道の途切れた、その前に。ひっそりとした暗がりが広がっていた。

 暗がりの手前には、参道を挟んで左右にきつねの像がある。こちらから見て右にいるきつねは玉を咥えていた。左のきつねは、四角いかたちのものを咥えている。

「どっちが、ケンちゃんなんだろう?」

 左右の彼らをしげしげと観察してみたけれど、いまいちよくわからない。まあ、いいか。この次に来たときに、突き止めればいいことだ。

 きつねたちから、あまり離れていないところに。くすんだ金色の鈴を付けた鈴緒があり、賽銭箱があった。神さまたちが、暗がりの突き当りに祀られている。

 玉津神社に参拝を済ませて、ふたたび鳥居をくぐる。本殿の向こう側には、もうひとつの末社があるのだ。早く、そこに行かなければ。

 ……と、思ったんですけど。

 なぜか上着の裾が、右方向から引っ張られているような感覚があった。ふと、そちらに首を動かす。おはつと徳兵衛が仲睦まじく、腰かけている銅像があった。

 ――「挨拶くらい、して行ったら」

 舌足らずな男の子の声が聴こえた。さっき「元気出して」の子とは、違うようだった。

 あ、そっか。それも、そうだね。

 心の中で「ありがとう」とつぶやいた。

 お初天神、と呼ばれるようになった由来の存在……。玉津神社の御神体があるところよりも、そこだけは更に静かな空気が流れている。

 すみません、あなたたちに御挨拶することを忘れていました。

 ぺこりと頭を下げたあと、なぜかブロンズ像に触れてみたくなった。秋風に晒されているのだから当然なのだが、つめたい感触が掌に伝わってくる。

 おはつと徳兵衛の銅像から雨をよけてあげるように、見るからに古木の紅葉や桜が色づいた葉を茂らせている。葉と葉の隙間から見える空の色は、もうすぐそこまで冬が来ていることを教えてくれる。

 露天神社つゆのてんじんじゃを不思議なところだと、つくづく思う。

 おはつ徳兵衛の銅像すぐ横は都会の喧騒にまみれた道路のはずだ。それでなくても、この辺りは梅田の一等地なのだから。けれど、この敷地内全体……特に、銅像が据えられたこのあたりの「世界から隔絶された静けさ」は、一体なんだろう。

「うーん。わかんない」

 ひとりごちながら、もうひとつの末社に向かう。しかし、地面に置かれた看板の文字を見た途端に、わたしの歩みはぴたりと止まった。

 ――安産。

 そんなもの、このわたしから一番遠いものじゃないの。

 この場で撤収して、待ち合わせ場所近くで待機しているほうがいいのかもしれない。

 けれど、誰かが耳元で執拗に囁いてくる。

 ……ちょっと待って。他にも、なにか書いてある。よく見て。

 金運。水関係業種。児童厄除。

「とりあえず金運上昇を祈ろう」

 安産祈願というからには水天宮ですか。案の定、そこは金毘羅水天宮と記されている末社だった。

 ズル休みの後ろめたさもあるのだけれども、今日の自分は変なテンションだと思う。豆きつねの行列に、だまされるようなはめにあったり。会社全体が仕事が出来なくなる事態に見舞われたせいで東堂と鉢合わせたり。

 あれ?

 もしかして、これら出来事は全部「豆きつね」たちのいたずらなのかな?


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