666記念日

智bet

♡♡♡♡

「サヤコさん」


「なぁに?サトウくん。」


「僕とサヤコさんとでここで一緒に暮らし始めてもうどれぐらい経つんだっけ」


「もうすぐ2年目になるかしらね。ああそうそう…世界になんらかの審判が降るとすればあと3週間だわ。」


「いいよサヤコさん何かにつけて666と絡めようとしなくて。一緒に過ごしてる程度で審判は来ないよ。毎日世界の誰かにとっての666日目だよ。」


「相変わらずサトウくんは私の発言にしっかりと反応を返してくれるのね。」


「僕だって普通に話したいのにサヤコさんはカルトな話しかしないから自然とこうなっちゃうんだよ。僕はもう慣れてきたけどね。」


「この私と無知から徐々に目覚めつつあるサトウくんとのチャネリング段階がひとつ進んだのは喜ばしいことだわ。これで次の段階フェイズに進めるわね。」


「僕の承認を得ずに何らかの計画を進めないでよサヤコさん。チャネリングってなんなのさ?」


「それでどうしたのサトウ君、今朝方サトウくんの要求通りあの人形ならちゃんと処分したわよ」


「僕の質問にちゃんと答えてよサヤコさん。うん、人形の件はありがとうなんだけどさ…二度と僕がいる時に部屋でよく分からない何かを招き入れたりしないでね。」


「常に部屋に引きこもって陽だまりに当たりながらできもしない光合成を試みていたサトウくんが随分なことを言うのね。」


「僕がいようがいまいがひとりかくれんぼは絶対やっちゃだめだよサヤコさん。あれマジで危ないんだから。というか、なんの必要性に駆られてそんなことをするんだい。」


「好奇心や探究心は生きていく上で欠かせないものよ?それらを省いて必要性だけ求めた結果サトウくんとは今までお部屋デートしかした事ないじゃない。アプローチしてこない癖に肉に関する欲だけが透けて見えるわ。私の肉が欲しいなら素直に言えばいいのよ。だからサトウくんはモテないのよ。」


「僕の下心云々は置いといて“理想のデート”を聞いてみた時にせめて“心スポ巡り”とか“廃墟巡り”とかならまだ理解できたのに、充血した目を伏せて虚ろな声でただ一言“首塚”って呟いた子へのアプローチは日本男児のほとんどが履修してないよサヤコさん。それなのにそこまでボロクソに言われちゃ僕が不憫だよ。」



「それで、」


「うん。」


「サトウ君の要件はなんなの?聞けるだけ聞くわ」


「あのね、サヤコさん。」






「いい加減サヤコさんとは別れたいから、近日中に荷物まとめて出てってもらえるかな?」

「嫌よ」


「………」


「………」


「………………」


「サトウ君はどうしてそういうことを言うの?」


「今までの会話にほとんど理由は詰まってたと思うんだけどね、サヤコさん。分からないかな?」


「サトウくんの言い分はあまりにも理不尽だわ。私、ちゃんと家賃を払ってここで暮らしているのに。今の要求について裁判したら勝つのは間違いなく私よ。」


「払ってると言ったって半額じゃないか。サヤコさんはフルプライスどころかノシつけてヤバい女じゃないか。」


「サトウくん、今まで私たち正式におつきあいして1年以上一緒に暮らしてきたのに予兆もなく別れよう、出ていけなんてあまりにも急な話だわ?」


「まぁ、確かにそうかもしれないけどさ、それにしたってサヤコさんの方からおつきあいを申し込んできた以上は僕の胸先三寸で終了も決まるのが当然と言えば当然じゃないかい?」


「私がいなくなった後の孤独な生活にサトウくんが耐えられるとも思えないし…」


「目の前で降霊術はされるわ、呪いをどこの誰かも分からない女にかけるわ、合わせ鏡をした上に『あなたはだあれ?わたしはだあれ?』を僕がいるのもお構いなしに延々述べ続けるサヤコさんがいる生活と比べればよっぽど安心だよ。」


「………」


「そもそもさ、サヤコさんがここに転がりこんできた経緯が経緯じゃないか。」


「転がり込んできたって、さっきから人が悪い言い方をして…そりゃあ確かにサトウくんからすれば部屋に押しかけたみたいな形になりはしたかもしれないけど…」


「僕は元来ね、サヤコさん。穏やかな生活を望んでいたわけだよ。誰にも迷惑かけずに、悪さもせずに、陽だまりを浴びながら窓の外にいる道行く人を眺めては楽しそうだな、毎日学校偉いな、とかそれくらいでよかったんだ。」


「今でも毎日すればいいじゃない。」


「…やりたいけどね、穏やかな日常に闖入者が来たもんでね、サヤコさん。そう、きっかけはまさしくそれだったよね。ブツブツ呟きながらダウジングしてるサヤコさんのこと、見る度に顔は好みだなって正直思ってたよ。まさか目が合って微笑みかけられるとも思ってなかったし。」


「日本の政治は衆愚政治に偏り、更に役人には国民に見える不正をさせて時折それを公開しては溜飲を下げさせ、無知な国民の目を本当に隠したいものから上手く逸らしているようだけどね、常人に理解の及ばないような現インフラを覆すほどの都合の悪いテクノロジーや超常的なことを隠したい政府が森の中に隠した木の1つでしかないの。NASAのUFO隠蔽がいい例よね。宇宙からの接触は何千年も前から地球上どこでも起こっていて、間違いなく日本でもそれはある。高い跳躍能力を持つとされる日本のUMAであるツチノコの正体が宇宙より飛来した知的生命体が違う惑星での環境に適応するために生物の体内に寄生し、身体が順応するまでの間蛇が暴れ回り跳ねる様というのは界隈であまりにも有力な説よ。でも何故それを誰もテレビなどのメディアで報道しないの?ツチノコ発見に熱を注ぐツチノコ研究会でさえ。もちろんメディアや関係機関は全て買収されてそういった未知のものを『眉唾』『娯楽』に印象操作しているというのもあるけど本気で調査する人間の報告例がほとんど浮き上がってこないのは何故?答えは明白じゃない。ここまで徹底的に隠蔽工作を図る政府が調査する人間の口を塞ぎにかからないはずがない。サトウくん、コンクリートよ。海では足がつく、山は獣によって露出する、人が人を人の科学で消すのが最も安心なのよ。そこでコンクリートなのよ。誰も私たちが普段歩いている化学製品の下に人が熔けているとは考えないわ。でも、金は熱に強いでしょう?もし記者の誰かが金歯をつけてさえいればそれはコンクリートに人が溶けているという十分な証拠となり埋蔵金ではなくダウジングで真実を発見できればまたひとつ政府の嘘を___」


「サヤコさんは陰謀論までカバーしてるのかい?言ってることがむちゃくちゃだよ。僕はけっこう甘酸っぱい話をしてたはずなんだけどな。まぁ、それからしばらくサヤコさんが毎日そこの道を通って僕の部屋を眺めてて…気恥ずかしかったからいつも僕は隠れてたけどある日勇気を出して覗いて見たらまた君と目が合って、サヤコさんのすごく嬉しそうな笑顔が見れたから僕も世の中まだ捨てたもんじゃないなって。」


「もうその時から両想いだったんじゃない。私、恋とか男性との出会いとか、そういうの今までの人生で全くなかったけどあの時ばかりは運命だと思ったわよ。見つけた!っておもったわ。」


「うん。…………あのさ、目が合っちゃった!恥ずかしいけどタイプだな、声掛けてみようかな、とかならまだ分かるよ?_________なんで住んじゃうの?いきなり入ってきて呆気に取られて呆然としてる僕の顔をたまに見ては鼻膨らましてさ、せっかく日当たりのいい部屋だったのに遮光カーテン付けて六芒星の描かれた絨毯敷いてお香焚いて部屋の端にベッド置いたと思ったらそこに視線が集中するように古めかしい人形置いて。頬を赤らめながら『初めまして!』じゃないんだよ。」


「本当はフィルターを掃除しても掃除してもなぜか赤毛の女の髪が出てくる洗濯機とか持ってたけど、さすがに以前から部屋に置いてた家具は1個も捨ててないんだからいいじゃない。元々殺風景な部屋なんだし。」


「僕はそれが気に入ってたの!」


「サトウくん、ミニマリスト精神はいつか家族も邪魔、己さえも無駄では?と勘違いさせて悟った気になった後自らの首を括らせるのが関の山よ。」


「そういうことじゃないんだよ…」


「でもサトウくん優しいから、結局部屋のレイアウトとか勝手に変えたり私の私物も捨てずに置いてくれてるし、私と同じ闇の住人同士気に入ってると思ってたのに。」


「僕とサヤコさんを一括りにしないでよ。あと、やらないけど勝手に動かしたりするとどうせ『ポルターガイストだわ!本当にあるのね!』とか騒ぐのが関の山じゃないか。」


「失礼ね。私くらいになると今更ポルターガイストでいちいち騒ぎはしないわよ。子ども扱いしないでちょうだい。」


「何言ってるんだい?僕がサヤコさんが焚いてるお香の前を通ったら煙が揺れただけなのに『その場を動かないでサトウくん!今しがた反応があったわ!』なんて騒いだのを忘れたのかい。サヤコさんの頭に気流とかそういう科学的なモノは存在しないのかい?」


「サトウくんは知らないかもしれないけどこの部屋の換気性は意図的に極力悪化させてあるわ。換気扇は切ってるし窓も隙間を養生してるし、お香も多めに焚いているから言い逃れはできないわよ。」


「死にたいのかいサヤコさん?道理でなんか普段から息苦しかったわけだよ。」


「サトウくんがたまに2人見えるわよ。」


「何も見えなくなる前に早く窓開けなよ。」



…………


……





「その、正直に言うよ。サヤコさん、キツいよ。そんでもって怖いよ。まず距離を置いて遠くからストーキングという段階すら挟まず一気に部屋に踏み込んでくるところとか、オカルトにどっぷり浸かってる所とか。僕に危害を加えたわけでもないけどさ、なんかすり減るよ、サヤコさん見てると。主に僕の心が。」


「私はサトウくんとこれからも一緒にいたいし、何より引越しの代金はここに越してくる時点ではたいてしまったから物理的に不可能よ。そしてサトウくんを手放すつもりもないわ。」


「売ればいいじゃないか、そこのいわく付きを謳いながら何が起きる訳でもないアンティークドールだの十字架だの胎児の模型だのをさぁ!」


「嫌よ。それにサトウくんだって、その歳になって初めて彼女ができて、色々いい思いしたでしょう?ねぇ、サトウくん?」


「ぐぬ…」


「サトウくん…私で童貞を捨てたじゃない。私の肉を貪り散らかしたでしょう?それからというもの私の肉をいつも物干しげにまじまじと眺めてるじゃない。」


「…それはサヤコさんが僕の目の前で着替えたりするからじゃないか。僕だって一応男なんだから女の子に対する欲求くらいはあるよ。」


「ゴムもつけずに私の肉へ入り込みチャネリングした時のサトウくんの脳が喜びに震えている時、紛れもなく私に夢中の顔をしていたわ。」


「サヤコさん、前々から言おうと思ってたけど身体とか表現する時に『肉』って言うのやめてよ。あと、僕は多分そんな顔してないよ。」


「嘘だわ。私はちゃんと見たもの」


「見てないよ。だってサヤコさんはあの時スパイダー騎乗位をしてくれてたけど、僕じゃなくこの部屋でもないどこかとチャネリングしてたじゃないか。焦点の合わない目を上下左右にぎょろぎょろ動かしながら僕の顔でなくあらぬ方向を見て舌をさらけだしてたじゃないか。エクスタシーの向こう側の異界を見てたじゃないか。」


「…私もサトウくんが初めての男だったのよ?サトウくんと繋がることで未知の快楽に触れられたんだから私も貴方もwin-winじゃないの。」


「自分で気づいてないかもしれないけどサヤコさんはね、僕と致してる時に白目を剥きながら『オキャア、オキャア、キュアア!』みたいなこの世のものとは思えない声を出していたんだよ?普通に怖かったよ。どうしてくれるんだい僕の初体験を」


「せっかく初めてのエッチなんだしサトウ君の好きな体位でしてあげてたのに文句の多いことね。」


「体位とサヤコさんの奇声も相まって僕からしたらギギネブラの産卵シーンにしか見えないんだよ。というかなんで僕の好きな体位がスパイダー騎乗位であることを…」


「サトウくん、私のPCを使うのはいいんだけど検索履歴を消すだけじゃなくて予測変換も消しておかないと。『黒魔術』を打とうとした時に先に『黒ギャル』が出て来た時に大体予想がついたわ。」


「…サヤコさんのオカルト行為でPCに異変が生じてるんじゃないかい?ただでさえこの部屋はなんだか磁場がおかしくなっていそうだし。」


「『地縛霊』で検索しようとしたら『地味なオタ子は隠れ巨乳』が出てきたわよ。サトウくん、セカンド・オピニオンは非常に現実的な検証方法だと思わない?」


「……………」


「サトウくん、黙ってないで質問に答えてくれないかしら?別に怒ってないから。」


「分かった、じゃあもういいよ。僕が出ていくよサヤコさん。」


「それは回答になってないわサトウくん。耐え難い恥辱を受けたのなら謝るけど、でも元はと言えば私のPCを勝手に使ったサトウくんの方に」


「いや、それは僕が悪いよ、正直ごめん。ただ、この状況はやっぱり健全じゃないから是正しないといけないんだよ。」


「サトウくんは何が言いたいの。」





「生きているサヤコさんが死んでいるはずの僕と関わるべきじゃないって言いたいんだよ。」





「………………」


「…ごめんねサヤコさん、今のは僕の言い方が間違ってたよ。サヤコさんは別に何も悪くなくて、君がこの部屋に越してきた時から初めて目が合った日のように身を隠していればよかったんだ。そうしようと思ったんだ。」


「………」


「でも、僕と目が合った時点で普通の神経を持ってる人はこの部屋を訪れるならまだしも契約しようとはならないし、僕がいたはずの部屋には現在入居者がいない、相場の半額で住める激安物件の情報を不動産から聞いた時点で大体察すると思ってたんだよ。ただ一つの誤算は、サヤコさんが思ってたよりヤバい女だったってことだね。」


「サトウくんからすれば、私は確かにおかしな女だったでしょうね。でも、そこで留めておくこともできたはずであなたは私の前に姿を表さない選択肢もあったはずだわ?でも、あなたはそうしなかったじゃないの。」


「もちろんそうしようとは思ったんだけどね、サヤコさん。君がここに越してきた時点でそれは出来なくなったんだ。」


「…やはり“あのお方”が言っていた通り私は霊視の力を宿した選ばれし“祝人はふりのひと”なのね!?」


「サヤコさん、そのお方が何してる人でいくら積んだかは知らないけど、もうその人のとこ行っちゃだめだよ。サヤコさんの本から知識を借りて話すけど、部屋というのはそれだけで1つの結界なんだよ。そして部屋の主がサヤコさんになった以上はサヤコさんの結界であるというわけ。分かる?」


「サトウくん。私、騙されてなんかないわよ。『解放と外法の母』はお金を一切要求せずワンカップ1本の僅かな見返りでドラム缶から湧き上がる炎の形で私の全てを見通して見せたわ。力を正しく使う善良な霊能力者よ。」


「サヤコさん、要はそれって『社会からドロップアウトした無法者のおばちゃん』でしょ?状況から察するにその人戯言言ってるだけのホームレスだよ。話を続けてもいいかい?」


「続けて、サトウくん。」


「細かい説明は省くけど、君が引越してきた時に元々あった僕の家具や家電が今はサヤコさんの物であるように、この地に縛られてた僕も君のものになってるっぽいんだよね。」


「…要は地縛霊で結界内に閉じ込められてしまったサトウくんを私は好き放題できるってことね。」


「…不本意ながらね。霊っていうのはまぁ、僕がいる以上“いる”んだよ。これは仮説だけど、それを見れるかどうかは見る側の“いるはず”という思い込みのエネルギーが映し出してるんだと思う。人間のエネルギーって実はとても強いんだよ。」


「でも、サトウくんの言うそれだと理屈がおかしいわ。私は常日頃からいると思って生きているのに絶対出ると言われるスポットでも霊を見た事なんてなかったのよ。」


「……多分それは、元からその場に幽霊がいない、あるいは去ってしまったというのもあるだろうし、さっき言ったようにサヤコさんと結び付けられた場所ではないからエネルギーも伝わり辛いんだと思う。サヤコさんが僕のことを見れるのは僕に対するイメージがはっきりしてるし結界の中でのことだし…」


「それじゃあ、私が引っ越してくる前にこの部屋のサトウくんを観測できた事実と辻褄が合わないじゃないの。」


「………………」


「………サトウくん、何か隠してない?“言ってみて。”」


「……多分、僕がサヤコさんのこと、………………kゎぃぃと思って見てたから…」


「え?なに?もっと聞こえるようにちゃんと言って?サトウくん。」


「僕がサヤコさんのことかわいいなと思っていつも見てたから僕の波長とサヤコさんのエネルギーが多分チャネリングして見えちゃったんだよ!言わせないでよ恥ずかしい!」


「やっぱり両想いだったんじゃない。チャネリングがサトウくんにも浸透してきて嬉しいわ。ついでに分かったけど結界の主である私はサトウくんにある程度の強制力を働かせられるみたいね?」




「それが一番問題にして別れたい理由なんだよ、気付いてる?サヤコさん。」



「サトウくんがどれほど別れたかろうがこの地に縛り付けて私の相手と未知の探求の材料になることからは最早逃れられないわよ、手始めにコックリさんとエンジェルさんを同時進行して現れてくださった霊体の姿をサトウくんを通して文字起こし___」


「サヤコさん!!!」



「っ………」




「…サヤコさん、服脱いで鏡で自分の姿見てみなよ。」


「嫌よ。サトウくんはそうやってサトウくんの方から干渉できない分私の意思で破廉恥なことをさせることで肉欲を掻き立てて自分の欲求を満たそうというのね」


「マジで言ってるから、早く脱いで。全部。」




「……………………はい、満足かしら?」



「サヤコさん、痩せたよね。違う、これはもう肉が“削げてる”よ。白髪も何本も生えてる。出会った頃はもっとふくよかで、お腹に結構肉が余ってて、自分の見てくれなんかよりも優先してるものがあるみたいな…」


「それ割と酷い言い草よ、サトウくん?」


「サヤコさん、僕は地味で陰があるけど身体はエロいみたいな女性が好きさ。けれど今の肋が浮いてお腹と背中がくっつきそうなサヤコさんが嫌いなわけじゃないんだ。」


「1度交わった仲とはいえ、幽霊のサトウくんでもそうまじまじと身体を見られながら言われるとさすがに恥ずかしいわ…」


「サヤコさん、僕は確かにサヤコさんにとって特別な存在かもしれないよ。でも僕がこの部屋で首を吊った理由は___」


「大学で出会った仲良くもない友人未満の人間の連帯保証人になることを断りきれずにハンコを押して逃げられ追い詰められた、だったわよね。」




「そうだね。僕は元来、誰にも迷惑をかけず穏やかに生きていたかったんだ。このアパートの周辺は学生や家族向けの借家が多いから、遠巻きに幸せそうな顔を眺められればそれで。僕が僕によって人を不幸にしてしまうことを嫌った僕は何よりもそれを望んで、借金を断れなかったよ。それでまぁ、疲れちゃってね。」




「じゃあ、サトウくんは死後ようやく自分の望みを叶えられたわけでしょう?干渉されず、干渉せず、そこの窓に立って人を見るだけの生活。私にはとても耐えられないけど…でも、本当に全てサトウくんの言う通りならはしゃぐ子供を見ることも、私を…可愛いと思うことも同じだと思う。やっぱりサトウくんは繋がることを望んでたんじゃないの?」



「…童貞くらい捨ててから死にたかったってロープに首をかけながら思ってたからかもしれないけどね。というか、実はそれが理由で地縛霊になっちゃったのかも。」


「…」



「とにかく、なんだかんだと言ったけど全部仮説でしかないんだ。ハッキリしてるのは、サヤコさんと過ごす時間はとても楽しかったし、僕は変な女だけどそんなサヤコさんのことが本当のこと言うととても好きなんだよ。」


「サトウくん…。」



「でもさっきも言ったように、間違いなく僕の存在がサヤコさんを蝕んでるんだ。僕と繋がるためにサヤコさんはどんどんエネルギーを使ってる。…僕が生前のセックスしたいって願いを叶えれば成仏とかできるかなって思ったけどそれもダメだったみたい。…結局それをするために実体化させるレベルでサヤコさんに多大なエネルギーを使わせてしまったしね。」



「だから、私にこの部屋を出ていけって言ったのね。部屋の主が出ていくか、私がサトウくんに出て行けと言うしかこの関係を断ち切る方法がないから。でも…」



「きっとそうしないでしょ?だからなるべくサヤコさんと破局とかそういう方向で行こうと思ってたんだけど、上手くいかないもんだね。チャネリングの賜物かな?」


「…さっきまでの別れ話やサトウくんが今まで私に投げかけてきた心無い言葉は全部私のためにしてたっていうわけね。」


「…サヤコさんの言う心無い発言の中には本音の部分もまぁまぁあるけどね。」




「…あんまり私をナメないでよ、そんなことで私がサトウくんを手放すわけないじゃない。確かに、男の人と暮らしたのだって裸を見せたのだって初めてだし、異性としてサトウくんのこと見てるところもあるけど、私はあなたがオカルトと呼んだ未知の可能性を探求することこそ本懐としてるのよ!あなたのことを手放すかが私の胸先三寸で決まるのなら私が死ぬまで縛り付けて研究して、本物の幽霊がいたって証拠を世に残すわよ。」



「………」



「私のエネルギーを使うってサトウくんは言ったわね。だったら普段“並行して”やってたこと、あれに消費してたはずの全部のリソースをサトウくんに注げば多少は余裕ができるってことでしょう?だったらサトウくんへの研究に全部費やせばいいじゃない。セックスした時に魂が上に引っ張られた間隔やサトウくんに触ろうとすると私の手の感覚がなくなること、表情もあって笑うこと、脇目も振らずサトウくんのことだけ見てるから、だから_____」




「…途中からなんかプロポーズみたいになってるよ、サヤコさん。それに、サヤコさんだけが感じれるものをどうやって他の人に分かってもらうって言うんだい?」




「…どうして…………」



「僕はね、サヤコさん。穏やかに暮らしたくて人並みにセックスしたくてかわいい女の子と一緒に暮らしてて、良くないと分かっててもできればまだ一緒にいることを願わずにいられない、霊であるだけの“ただの人間”だよ。」



「………」



「この部屋の外を知らない僕は霊界の存在とか知らないし、死後の世界があるかも分からない、君と全く一緒の存在だよ。そんな僕をほじくってみても何も出てはこないし、そんな奴のために死ぬ必要も無いんだよ。……だから泣かないでよ。」




「…そんなことっ、言ったって、言われたら、もっと考えちゃうのにっ、どうしてそういうことっ、サトウくんは言うのよっ、余計離れたくなくなるじゃないっ!ズルいじゃない、そんなの…」



「サヤコさんにはむしろ今まで通りオカルトにズブズブ浸かってもらって、変な道具で変なことしてもらって、ゆくゆくは僕がサヤコさんに負担をかけずに会える方法を見つけて欲しいな。それができるのは…生きてるサヤコさんだけなんだから。」




「…サトウくんは、ここを出たとしてどうするの?」



「さあ、分かんないや。もしかしたら童貞捨てたからその場で成仏かもしれないし、サヤコさんのオナニー判定で浮遊霊コースかも。別にどっちでもいいって思ってたんだけど___今はサヤコさんをふわふわ待ってたいかな。」



「じゃあ、私のこと忘れないで待ってて。…約束して。」



「…その時がくるまではサヤコさんとのお憑きあいは保留ってことで。それでいい?」



「うん。絶対来てもらうから。……じゃあそろそろ、」



「ああ、そうだそうだ。ひとりかくれんぼを研究に使うのはやめた方がいいかも、というか降霊術全般やっても多分ムダかな?」



「…?どうしてかしら。むしろそこから手をつけようと思ってたのだけど。」



「サヤコさんがこの前ひとりかくれんぼやった時にね、実は部屋に入ってきたんだよ。蛇みたいな形したヤバそうな何かが。サヤコさんは隠れてたから見たのは僕だけだったけど。」



「来るんじゃない、本物。何がダメだっていうの?」



「それがね、そいつは僕と部屋を見渡した後にとびきりイヤな顔してどこかに消えちゃったんだよ。」



「サトウくんが私に憑いてたから必要なかったってことかしら。」



「いや、アイツすげえ危ない感じだったしそのつもりなら僕消されてたんじゃないかなぁ。これも仮説なんだけど…多分、“手垢がついてる”子が嫌なんだと思う。」


「………もう。……そろそろ開けるわよ。」


「またね、サヤコさん。どうしてもダメそうなら迎えに来るけど。」


「早いか遅いかだけで絶対会えるんだから、焦らずやるわ。またね、サトウくん。」



…………………


………………


……………


…………


………


……







「お義母さん、蝋燭と頼まれてたお香と、あと百合が選んだお菓子、ここに置いておきますから。」


「ありがとうね、ミコちゃん。」


「本当に一人暮らしなんて大丈夫ですか?それもこんな古い部屋で…幽人ゆうとさんも私も、百合だってお義母さんと一緒に暮らしたいと思ってるんですから。」


「ありがとうね。でも、これだけは昔から決めてたことだったから。優しい家族を持って幽人は幸せ者だわ。」


「やだもう。なにか不便なことがあったらいつでも電話してくださいね。すぐ行きますから。」


「はいはい。いつもありがとうね。」


「また一週間後来ますからね。」


「はぁいはい。」




「あぁ、ごめんなさいミコちゃん。そこの窓だけ開けて行ってもらえるかしら。」








「……………………………………………………」







「※※※※※※※※※※※※※※…………※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※………※※※※※※…※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※………※※※※※……サトウくん。」





「…………久しぶり。サヤコさん。」




「ぜんぜん顔が変わらないのねぇ、サトウくんは。あの時のまんま。」


「サヤコさんはあの時から変わったような変わらないような…貫禄は出たね。」


「もぉ私はだめよ、今年で75歳。すっかりしわくちゃのおばあちゃん。痩せて、骨ももろくなっちゃった。あの時のまんま。」


「その割には僕を呼んでも平気そうだけど?」


「オカルトの研究は結局にっちもさっちもいかなくてねぇ。恐山の方に修行しに行ってそこからずうっとぎょうばかりで、捨て子を引き取ったらこれがいい男にねぇ…」


「僕も成仏できなかったし適当に日本中をうろついたりAVの撮影現場を出歯亀したりしてたよ。それにしても75歳になってから僕を呼ぶとは…ホントにサヤコさんは666が好きだねぇ。」


「イタコは数年前に引退したけどどうせなら、と思ってね。…でも、老い先を考えれば余り意味もなかったかもねぇ、サトウくん。」


「いいじゃないか、サヤコさん。おばあちゃんが好きそうで、あの時から積もる話をするスポットが窓辺にちょうど、ほら。」



「確かに、もう遮光カーテンはいらないわねぇ。」



「道行く人を眺めながら、のんびりお話でもしてようよ。」



「そっちに行くまでのちょっとの間、私に付き合ってね?サトウくん。」



「こちらこそよろしくね、サヤコさん。」











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666記念日 智bet @Festy

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