第四十一話 救える方法はあったが……

叫んだパストラの近くでは、すでに腐敗が進んだ農民たちが互いに喰らい合い始めていた。


脳まで腐り出したのだろう。


もはや自分が誰かもわからず、ただ目の前にいる者、いや肉にかじりついているだけだ。


個体差はあるようだが、どうやらロワの姿を見る限り、魔力を持つ者は進行が遅い。


その考えが正しいのを証明するように、灰色の髪の少年以外にも腐敗が遅い農民が何人か見えた。


「よかったな、お前ら! ずっと異端になりたかったもんな! これで願いが叶ったじゃねぇかよッ!」


「聖グレイル教会に従い続けるのも愚かだけど、他人の力を当てにした彼らも似たようなものだよね。信頼関係もないのに相手を盲信するからこうなる。愚か者の末路には相応しいね」


メナンドとジュデッカがロワたちを嘲笑う。


彼らにとってロワたちパルマコ高原の人間など、最初から仲間ではなかったのだ。


異端術師らの作戦は、高原を統治している聖職者たちかと思われたが、本当の狙いは戦魔王ダンテの受肉体であるパストラの確保だった。


だが、失敗する可能性も考慮していたのだろう。


メナンドとジュデッカは、まるでトカゲの尻尾切りのように、ロワたちをアンデッドに変えてその場から逃げるつもりだったのだ。


腐敗した人間が互いに喰らい合う、凄まじくおぞましい光景。


これには長く聖職者として戦ってきたロトンでも、思わず引いてしまうほどの凄惨な眺めだった。


そんな状況でもパストラは、次第に腐敗していくロワの体を抱きしめていた。


まだだ、まだなんとかできると、彼は自分の中にいる大悪魔へ声をかける。


「ダンテ! ダンテェェェッ!」


《何の用だ、小僧》


「ロワをみんなを今すぐ元に戻して! お前ならできるでしょ!? なんでも言うこと聞くから、みんなを元に戻してッ!」


戦魔王ダンテの固有魔術は『時』。


時魔術は、能力としては時間操作や空間操作といった世界そのものに作用する強力なものである。


時間なら加速や鈍化、時間停止は当たり前、その気になれば過去にも未来へも行くことができる。


以前に黒焦げになって死にかけたパストラや、ファノの遺体を生前の状態に戻すなど、治癒とは違う時間逆行による復元も可能だ(ファノの魂に魔術をかけたわけではないため問題はない)。


明らかに突出しすぎた力だが、ダンテは自分の固有魔術をあまり気に入ってないと言っていた。


パストラはこの大悪魔の魔術ならば、ロワたちを救える確信があった。


しかしその願いは、虚しくもたった一言で破壊される。


《イヤだね》


「なんでも言うことを聞くって言ってるのに!? じゃあ契約だ! どんな契約でもするから、今すぐみんなを戻して!」


《フフフ……フッハハハッ! 無知な小僧に教えてやる。悪魔の契約はそれが同じ契約者であっても一度でも交わせば、それが叶うまで他の契約を交わせない》


「そ、そんなぁ……なら契約なんて関係なくなんとかしてよ! お願いだよ、ダンテッ!」


《断る。こいつらはあり以下だ。生かす価値などない》


ダンテは小馬鹿にした態度で話を続けた。


己の分をわきまえず、あろうことか異端の手を借りた。


それがこの結果であると。


すべて自己責任だと、ロワたちの末路の理由を語った。


《状況を変えたかったのなら、こいつらは自分たちの手でやるべきだった。異端術師や悪魔などに頼らずにな。それがこの結果よ。よくある喜劇だが、それでもやはり笑えるものだな。フッハハハ!》


「ダンテの言う通りだぜ! 役に立たなけりゃ使い捨てにされるなんて当たり前の話だ! こいつらは道具にも働きアリにもなれなかった、生きる価値のない生ゴミなんだよ!」


起伏が少ない高地に異端術師と悪魔の笑い声が響き渡る。


パストラはその笑い声を聞きながら思考が止まっていた。


怒ることも泣くこともできず、ただ自分の無力さに打ちのめされ、腐敗していく友を抱いていることしかできない。


「コロシテ……コロシテ……クレ……」


ロワが呻くような声でパストラに言う。


自分が自分でなくなる前に。


友だちに襲いかかる前に。


今すぐ殺してくれと言うと、パストラの肩に噛みつき始めた。


もはやゾンビになりつつある自分を抑えられないのだろう。


腐っていく眼球から涙を流しながら、自分を抱くパストラの体に歯を立てる。


「くッ!? なにをしている!? 今すぐ離れるんだ!」


見かねたロトンが、慌ててパストラの体をロワから引きはがした。


パストラの目の前では、ロワ以外のパルマコ高原の農民たちが二人を見て口からよだれを垂らしている。


もうそこには人間はおらず、パストラが助けたかった全員が、新鮮な肉を目の前にして群がろうとするゾンビの集団になり果てていた。


「あぁ……あぁ……」


その光景を見たパストラは、その場に立ち尽くしていた。


向かってくるゾンビの群れを前に、彼は一歩も動けずにいる。


ロトンはそんなパストラを抱えてこの場を離れようとしたが、そのとき黒髪碧眼の少年の体に異変が起こった。


《これより契約を履行りこうする》

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