第四十話 唆された者たちの末路

その燕尾服の男の容姿は、銀色の髪に金眼きんめをした優男で、尖った耳、頭に生えた二本の角。背中には黒いコウモリのような羽を持っていた。


パストラはこの男、いや悪魔のことを知っている。


この悪魔こそ、彼の育ての親である英雄ファノを殺した仇――ジュデッカだ。


「おせぇぞ、ジュデッカ」


「悪い悪い。ちょっと寄るところがあってさ。それにしても作戦は失敗だね。君がいながら情けない」


「おいおい、俺のせいかよ? 違うだろ。思ったよりもロワのヤツが使えなかったってだけの話だろうが」


メナンドは戦っていたロトンから距離を取ると、現れたジュデッカと話をしていた。


その会話では、戦魔王ダンテを仲間に引き入れることと、最悪パストラの確保という作戦の失敗を、すべてロワの問題だと説明している。


パストラはそんな悪魔と異端術師を睨みつけながら、ロワにじっとしているように言い、彼らの前に立った。


「ジュデッカ!」


「そんな大きな声を出さなくても聞こえてるよ、パストラ。元気してた?」


「なんで生きているんだよ! お前はユダ先生にやられたはずだろう!」


「あの程度で悪魔が死ぬと思った? そんなはずないじゃん。ボクはまだピンピンしてるよ」


ジュデッカは言葉こそ気さくな感じであったが、明らかにパストラのことを面倒そうにしていた。


そんな悪魔の態度もあって、パストラが纏っていた魔力が膨れ上がっていく。


先ほどまでロワに向けていた優しい表情も別人のように険しいものになっており、彼のジュデッカへの怒りがとてつもないものだということが見て取れた。


ロトンは怒りで冷静さを失っていると思い、パストラへと近づいて彼の目の前に立った。


司祭から言葉はない。


ただ視線を送ってくるだけだ。


だがそれでも彼の表情から考えていることが伝わったパストラは、歯ぎしりしつつも気持ちを落ち着ける。


そうだ。


ここで怒りに身を任せれば、先ほどと同じだ。


実際にメナンドの罠に気が付かず、まんまとリーガンとユニア二人と分断されてしまった。


もしロトンが追いついてくれなければ、絶対にメナンドの邪魔が入り、ロワを説得することは難しかっただろう。


冷静にならねばと、パストラはロトンの意図を読み取った。


「あの……ありがとうございます、ロトン神父」


「君は礼を言ってばかりだな。それじゃまるで……いや、やめておこう。今は目の前の敵に集中すべきだ」


パストラとロトンが並び、それぞれ身構えた。


状況としては、ロワを含めて彼についてきたパルマコ高原の農民たちにもはや戦意はない。


敵は燕尾服を着た悪魔と、白黒の柄のローブを羽織った異端術師だけだ。


さらに周囲を見る限り、今いる場所はパルマコ高原内のどこか。


飛行できるコカトリスを召喚できるリーガンならば、スケルトンの集団を倒した後、ユニアと共にこの場へ加勢しに来る可能性は高い。


二人が駆け付ければ、断然パストラたちが優位だ。


「それにしても、やっぱ自分がないヤツはダメだね。一人が折れただけでもう鞍替えしている。あれだけ教会の文句いってたくせにさ」


「民なんてそんなもんだろ。だから教会の思い通りになってんだよ、こいつらは」


そんな状況でも、ジュデッカとメナンドには余裕があった。


まるで最初からロワたちがしようとしていたことが、失敗するとわかっていたような口ぶりだ。


「そんじゃ、後始末と行こうぜ」


メナンドはそうジュデッカに声をかけると、腕を上げて手のひらを空へとかざした。


その右手から輝くと魔法陣が現われ、暗闇の高原を覆うように広がっていく。


かなり広範囲の魔術だとわかるが、それが一体どのような効果なのかは見当もつかない。


「固有魔術、霧。奴隷の行進ウォーキング スレイヴッ!」


メナンドが声を張り上げた次の瞬間――。


周辺に広がっていた魔法陣が消え、パストラたちの周囲すべてを霧が覆いつくしていった。


その霧はまるで光の粒子のように輝いていたが、見る者が嫌悪するような禍々しいまばゆさだった。


これはどういう攻撃だと、咄嗟に身を固めたパストラとロトン。


しかし、どうということはない。


てっきり毒霧か身体能力を下げさせる術だと思われたが、二人には異常は何もない。


パストラたちが敵の術を不可解に思っていると、ロワを含めすべての農民たちが呻き出し、その場に屈し始めた。


慌ててロワに駆け寄ったパストラだったが、彼にはどうすることもできない。


「ロワ!? 大丈夫ですか!? やっぱりこの霧は毒ッ!」


「いや、違う……この霧はッ!」


ロトンが声を上げたのと同時に、ロワや農民たちの体に異変が起きていた。


皮膚が凄まじい速度で腐敗し、眼球や唇が朽ち果てていく。


個人差こそあったが、農民の中には身体の一部がボロボロに崩れる者や、脳みそや内臓、骨格がむき出しになり始める者もいた。


その姿はまるで生ける屍――ゾンビのようだ。


「ロワ、ロワッ!? どうしてこんなッ!?」


パストラはアンデッド化していく友を抱きながら、泣き喚くように叫んだ。


そしてすぐになんとかできないかと、傍に立っているロトンに向かって声を張り上げる。


「ロトン神父! あなたは父さんと同じ術が使えるんでしょう!? ならロワたちみんなを助けてくださいッ!」


「……私には無理だ。おそらくこれは、あの異端術師が予め施していた術なのだろう。もはや如何いかなる治癒魔術でも戻せん……」


「そ、そんな……いや、まだです! 治癒魔術で無理でもあいつの魔術なら! ロワを、みんなを助けられるッ!」

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