第三十九話 突拍子もないこと

ダンテがメナンドにそう言い放った後。


パストラは大悪魔と交わした契約のことを思い出していた。


その契約の内容は主に二つ。


一つ、パストラはダンテの魂を払おうとする者が現れた場合、必ずそれらから守らねばならない。


二つ、もしパストラに危機が迫ったら、問答無用で一時的に体の主導権をダンテに渡す。


さらにいえば二つ目の話で、体の主導権を渡されても人間は殺さないし、後に残る傷も残さず、体を渡す時間も数分間のみ。


これらは今ユダが保管しているファノの死体が、再び動き出すまでは継続される。


おそらくだが、人間と悪魔が交わす契約は重ねてできるものでも、勝手に解約できるものでもないのだろう。


そうでなければとっくにパストラとの契約を破棄し、異端術師側についているはずだ。


メナンドの話はダンテにとって好条件で、パストラと交わした契約は戦魔王にとって不自由なものだ。


契約を破棄できるなら即座にやっている。


パストラはそう考えていた。


「そのガキと契約してんだな。ならしょうがねぇ。おい、ロワ。そのガキをとっとと捕まえろ。とりあえずクリスのとこに連れてく。俺はロトンのほうをやる」


メナンドはロワに指示を出すと、首をゴキゴキと鳴らしながら歩を進めてくる。


ロワも彼に続き、パストラのことを見据えていた。


「お前らは……まあ、見てろ。異端審問官や司祭を相手にするには、ちっと荷が重いからな」


メナンドはパルマコ高原の農民たちには、じっとしているように言った。


数は多くとも所詮、農民たちは魔術も使えない普通の人間だ。


異端術師の判断は正しい。


しかし彼らが戦いに参加しないのは、パストラにとっては助かる。


そもそも彼らは異端術師にそそのかされているのだ。


戦わずに済むなら、それに越したことはない。


「ロワ……」


だがパストラにとって、一番戦いたくない相手が向かってきている。


メナンドの指示されたということは、ロワは確実に魔術を身に付けているのだろう。


実力的にそれほど脅威とは思えないが、パストラは彼とやり合いたくなかった。


「僕は……君と戦いたくない……」


「ならおれと来いよ、パストラ! おれは知ってるんだ! 聖グレイル教会の連中がお前の命を狙っているって。いくら審問官になったからって、そんなところにいたらいつか殺されるぞ!」


「ロワこそ戻ってきてよ!」


「こっちについたら体を奪われるって思っているんだろ? 心配するなよ。戦魔王に新しい体をやっても、お前のことはおれが絶対に守るから、だから……お願いだからこっちへ来てくれ!」


「お願いしてるのはこっちだよ! ロワが教会をよく思っていないのはわかるけど……でも、こんなことしたらシュアさんや孤児院のみんなが悲しんじゃうのがわからないの!?」


対峙したパストラとロワは、互いに個人的な想いを吐露し合った。


二人とも自分側に相手を引き込もうと、感情をむき出しにして会話を繰り広げた。


しかし当然、話は平行線で二人の考えが交わることはない。


説得が無駄だと判断したロワの手から魔力が放たれた。


それは次第に彼の全身を覆い、ごく暗い青緑の鎧へと変わっていく。


「固有魔術、鉄。鋼の衣フルメタル!」


「ヤダ、ヤダよ、ロワッ!」


パストラの叫びは届かず、そこから二人の戦いが始まった。


青緑の鎧を纏ったロワが襲いかかってくる。


パストラの意識を刈り取ろうと、その腕を振るってくる。


戦意のないパストラは防戦一方で、ただロワの攻撃を受けているだけだった。


魔力こそ纏って防御しているものの、彼に反撃の意志がないのは誰の目にも明らかだった。


「救いたいなら手を伸ばせ! じっとせずに行動しろ!」


そのとき、ロトンが声を張り上げた。


メナンドと対峙している司祭は、ただそう声を張り上げると光の鎖で異端術師に応戦している。


ロトンの言葉で何か吹っ切れたのか。


パストラは魔力を纏った手で繰り出されたロワの拳を掴み、その口を開く。


「そうだ、戦うんじゃない……。ロワのこと……もっと知らなきゃッ!」


覚悟を決めたパストラはロワに向かって拳を振り抜き、彼の体を覆っていた青緑色の甲冑を砕いた。


その一撃でロワは地面に屈し、倒した彼にパストラは手を伸ばす。


「いろいろ言ってごめん……。話を聞くから……。ロワがなんでこんなことしちゃったのか、全部聞くから……。だから、もうこんなことやめよう」


「パストラ……。うぅ、おれは……みんなのことを守りたくて……」


「なら聖職者になろう! 教会にはリーガンさんもユニアさんもいるし、ユダ先生って凄い人もいるんだよ! それにロワが聖職者になってみんなを守れば、もうなんの心配もいらないでしょ!」


パストラは、いきなりとんでもないことを言い出した。


ロワが嫌っている聖グレイル教会に入って聖職者となり、パルマコ高原を守るのだと。


そのために自分も力になると、荒唐無稽なことを口にした。


これには真横で戦っていたロトンやメナンドも戦いの手を止めてしまうほどで、さらには農民たちも呆気に取られてしまっている。


「むちゃくちゃだよぉ、お前……」


「やっと笑ってくれた。でも、僕は本気だから。だからロワ、一緒にみんなのところへ帰ろう」


パストラは泣きながら笑顔になったロワに、自分の想いは本物だと伝えた。


これから先、彼が聖グレイル教会に入って中から組織を変えて皆を守ろうと。


けしてやけっぱちの説得ではないと、泣いているロワを抱きしめながら。


「なんだよ。ちょっと遅れて来てみれば、作戦とずいぶん違うじゃないか」


誰もが驚き呆れている中。


ワインレッドの燕尾服を着た男が、その場に現れた。

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