第三十八話 異端術師の目的

――パルマコ高原の農民らの中に降り立ったロトンは、人混みをかき分けて走った。


その走りはとても四十歳を超えているとは思えないほど力強く、あっという間に先頭――異端術師メナンドを追いかけるパストラの背中まで追いつく。


そうなれば後は当然、ユニアの頼まれたことをするだけだ。


ロトンは両手に握っていた光の鎖を放って、前方を走るパストラの胴体に巻き付けた。


すぐに体に巻き付いた鎖がロトンのものだと気が付いたパストラは、駆けながらも鎖を思いっきり引き、自分の傍へとロトンを近づける。


「ロトン神父!? どうしてこんなところに!?」


「君が孤立するのを避けるためだ。実力では君のほうがあのメナンドとかいう異端術師よりも上かもしれんが、ああやって逃げているのが罠の可能性もあるからな」


「ぜんぜん考えてなかった……。すみません、来てくれてありがとうございます」


「礼ならば私を君のもとへ送った彼女たちに言いたまえ。今は敵のことを考えるんだ」


「はい!」


パストラとロトンの声が聞こえたせいか、メナンドは並んで走る二人のほうを一瞥した。


それから舌打ちをすると急に足を止めて、パストラたちのほうを振り返る。


そんな動きに対して、パストラとロトンはいきなり逃げるのを止めた敵のことを警戒し、手を出せずにいた。


対峙するパストラたちとメナンドの周りには、彼らに追いついたロワやパルマコ高原の農民たちの姿もあった。


「なんだよ、余計なヤツまで来ちまったな。でもまあ一応、分断はできたし。これはこれでいっか」


やはり罠だったか。


ロトンがそう思ったとき、背後にいた農民たちの中からロワが出てくる。


一体何をするつもりだとロトンが灰色の髪の少年を見ていると、前に立っていたメナンドが声を張り上げた。


「今だぞ、ロワッ! 予定とはちょっと変わっちまったが、受肉体のガキは誘い出せたッ!」


ロワはメナンドが声を張り上げると、手に握っていた小さな水晶を地面に叩きつけた。


パストラはそれがなんなのかわからなかったが、ロトンのほうは知っている。


あの灰色の髪の少年が地面に投げつけたのは、魔術具――転移石だと。


「いかん!? あんなものを使われたら!?」


「もうオセーよ」


メナンドの声の後、ロワの真下に魔法陣が現れた。


それは次第に大きくなっていき、パストラたちだけでなくその場にいたすべての人間の足元に広がっていく。


ロトンはすぐにパストラを抱えて魔法陣の外へと出ようとしたが、すでに輝き始めていた魔法陣から放たれた光に飲み込まれてしまった。


その光が消え、パストラとロトンが目を開けると、先ほどいた場所から移動していた。


「えッなんですかこれ!?」


ロトンは慌てているパストラに、ロワが使った転移石のことを説明した。


転移石は数ある魔術具の一つで、見た目は何の変哲もない青い水晶。


この水晶には魔力が込められており、使用者が行ったことのある場所へと瞬間移動することができる。


説明を聞いたパストラが驚いている目の前には、共に瞬間移動したメナンドの姿があった。


もちろんロワも彼について聖グレイル教会に反旗を翻した農民たちも、異端術師の傍にいる。


「こんな手の込んだことまでして、あなたの狙いなんなんだ!? パルマコ高原を手に入れるためじゃないのか!?」


メナンドは吠えるように訊ねたパストラに向かって、腫れ上がった顔をにやけさせて答えた。


狙いはパストラ――もっと細かくいえばパストラという受肉体の中にいる戦魔王ダンテだと。


「おい、戦魔王。聞こえてんだろ? 返事してくれよ」


メナンドの言葉に反応し、パストラの頬から口が現れた。


その口はギザギザと刃物のような歯を見せ、不機嫌そうな声を出す。


《やかましいなぁ。名もなき術師ごときが偉そうにオレに語り掛けるなど、この体に封じられてなければ即殺しているところだぞ》


「そう言うなって。こっちはずっとあんたと話したかったんだ。じゃあ余計なことはブチ抜いて、さっさと契約の話といこうぜ」


メナンドはダンテの声が聞こえると話を続けた。


こちら側に入れ。


自分たちと契約を交わし、この世界を、聖グレイル教会が支配する世界をひっくり返すのだと。


当然パストラとロトンは、メナンドの言葉に驚愕していた。


まさか異端術師の狙いが、パストラの中にいる戦魔王ダンテだとは思ってもみなかったのだ。


「あんたには最高の受肉体を用意する。その体じゃ主導権を得られないみたいだからな。どうだ? 悪い話じゃないだろ?」


《なるほど。つまり貴様らは自由にしてやるから下につけと、そう言っているのだな》


「そんな下につけなんて偉そうなことは言ってねぇよ。あんたに手を貸してほしいんだ。かつてこのゴルゴダ大陸を恐怖のどん底に落とした、史上最高の大悪魔の力を――」


《イヤだね》


ダンテにとっては好条件だと思われた話だったが。


彼はメナンドの話を突っぱねた。


そのやり取りを聞いていたロトンは驚きを隠せずにいたが、パストラのほうは白い歯を見せていた。


ダンテはすでにパストラと契約をしている。


それを破れないことを黒髪碧眼の少年は知っている。


だから異端術師の誘いには乗れないのだと、パストラは敵の思惑が外れたことに安堵していた。


メナンドの表情が歪み、ロワやパルマコ高原の農民たちが狼狽えている中、ダンテは言葉を続ける。


《こんな面倒なことをしでかしてまで必死なのはわかるが、オレにはオレの都合がある。わかったらさっさと消えろ。

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