第三十七話 風葬の異端審問官

メナンドが吹き飛んでいく。


にやけ面を苦痛で歪め、弧を描いて宙を舞った。


そのまま地面に叩きつけられたが、メナンドはすぐに立ち上がる。


「イテェな、クソガキッ! ダンテの受肉体だからって調子に乗るじゃねぞコラッ!」


パストラは声を荒げたメナンドを無視して駆け出した。


全身に魔力を纏って身体能力を上げ、再び異端術師に殴りかかる。


対するメナンドは、腫れ上がった顔を歪めながら逃げ出した。


スケルトンの集団の後ろにいた位置から、農民たちがいたところまで吹き飛ばされた彼は、慌てて人混みの中を走っていく。


「イテェ、マジでイテェ。なんなんだよありゃ? ジュデッカの話じゃ気弱なガキだって聞いてたのによ」


パストラは当然、逃げるメナンドを追いかける。


周囲にいる農民たちは走っていくメナンドとパストラを追いかけるが、誰も邪魔も手も出さなかった。


その中にはロワもおり、彼もまた二人を追っているだけだ。


「おい、お前ら! そのガキを止めろよ! スケルトンもいつまでビビッてんだ! 突っ立ってねぇで動けよ骨どもが!」


メナンドは逃げ出しながら吠えて、スケルトンの集団へと手をかざした。


その手からは禍々しい光が輝き出し、カタカタ震えて動かなくなったスケルトンの集団が、一斉にリーガン、ユニア、ロトンを囲い始める。


三人は互いに背中を合わせ、再び襲いかかってきた敵に応戦した。


状況としてはリーガンたち三人がスケルトンの集団に囲まれ、パストラはメナンドを一人で追いかけているという図だ。


さらにいえばメナンドとパストラの後を、ロワやパルマコ高原の農民たちが追っている。


ロワや農民たちがパストラに手を出すとは思えないが、このままパストラを孤立させるのは不味い。


しかし敵の数は百二十体――いくらなんでも多過ぎる。


一体一体は大した敵ではないが、すべてを倒してから追いかけるとなるとパストラがますます孤立してしまう。


この状況をどうすればいいのか。


リーガンが魔剣を振りながら悩んでいると、ユニアが口を開いた。


「私に考えがあります。ロトン神父。見たところあなたの固有魔術は光。それはあなたの師だったファノさんと、同じ術ができると考えてよろしいですか?」


「基本的なことならばな」


愛想なく答えたロトンは、光の鎖を振り回して近づいてくるスケルトンを打ち倒していた。


彼の魔術を見たユニアは「よし」と呟くと、リーガンとロトンに声をかける。


「ロトン神父。あなたはその光の鎖を彼に、私の運命の人に巻き付けてください。そうすれば孤立することはありません。私とマイベストフレンドはここでスケルトンたちの相手をします」


「えッ!? それだと一人当たり三十体のはずだったのに、六十体になっちゃうってこと!?」


悲鳴のような声を出したリーガンを無視して、ロトンは静かに返事をする。


「そうはいってもな。まずはこの包囲を抜ける方法を考えんと」


「包囲を抜けるのは簡単です。まあ、一瞬ならですけどね」


答えた後、ユニアの纏っていた魔力が変化していった。


彼女のピンクの髪が激しく吹く風に揺れ、次第に周囲に嵐が起き始める。


「そうか、君は風葬ふうそうと呼ばれていたな」


風葬の異端審問官。


それがユニアの二つ名だ。


その名の通り、彼女の固有魔術は風。


ユニアはその風魔術で、これまでに多くの異端を葬ってきた実力派の異端審問官である。


リーガンたち審問官の中でも、二つ名があるのは彼女を含めて片手の指で数えられるくらいの人間しかいない。


「固有魔術、風……恋慕の暴風ラヴ ストームッ!」


ユニアが纏っていた風が次第に辺りを覆い始めた。


その風は彼女が手を伸ばしたほうへと向かっていき、目の前にいたスケルトンの集団を巻き込み、竜巻となって空高く上がっていった。


「凄い……。やっぱユニアって別格なんだ……」


ユニアの広範囲の魔術を見たリーガンは、思わず目の前の嵐に見とれてしまっていた。


まるで師である聖人ユダのようだと、改めてユニアの実力に舌を巻いている。


そんな彼女と術に集中しているユニアを守るために、コカトリスことトリスが嵐に吹き飛ばされなかったスケルトンたちを打ち倒していた。


「あなたの召喚獣は素敵ですね、マイベストフレンド。さあ、今ですロトン神父ッ! 本来ならば私が行くべきですが、適正からいってこの役はあなたに譲ります!」


包囲が解けてユニアが吠えた同時に、走り出したロトンの背中を風が押すように吹いた。


これもユニアの魔術だった。


彼女は嵐を起こしただけではなく、追い風でロトンをパストラのもとへと吹き飛ばしたのだ。


風で宙へ舞ったロトンは、そのまま再び包囲しようと動いていたスケルトンの集団を飛び越し、奥にいるパストラたちの集団の中へと着地する。


「これで運命の人を孤立させずにすみそうですね」


「パストラのことは安心できたけど……。でも一人六十体って……こっちはこっちで骨が折れるってレベルじゃない気が……」


「なにを言ってるんですか、マイベストフレンド。骨を折るのはこっちですよ。敵がスケルトンだけに」


「上手いこと言ってる場合じゃないでしょうが! 私はあんたみたいに余裕ないんだからねッ! でも、さっきのはカッコよかったよ。さすが風葬の異端審問官」


短く言葉を交わし合ったリーガンとユニア。


これから彼女たち二人、コカトリス一匹と、百二十体はいるスケルトン集団の死闘が始まる。

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