第三十六話 自らの意志

パストラたちの移動中、特に会話らしいものはなかった。


ロトンは到着後でのそれぞれの役割――必要最小限の指示を出した後は黙り込んでいた。


これから大量のスケルトンがいる戦場へと向かうのに、のん気に雑談をするような空気ではないというのもあったのだろう。


だが、これから協力して戦う者同士にしては、あまりにも雰囲気が悪い。


「見えてきたぞ。異端どもが」


ロトンがそう言うと、パストラは手綱を引いて馬車を止めた。


陽がすっかり落ちてしまったのもあって辺りは真っ暗だったが、火の付いた木の棒をいくつも持った骸骨の集団が整列して歩いているのが確認できた。


住民たちの避難を優先させたことが幸いだったようで、風に乗ってきた骸骨の集団からは、血の臭いはしてこなかった。


敵はまだこちらに気づいていないかと思われ、パストラたちそれぞれが臨戦態勢へと入る。


「報告よると、スケルトンの数は約百二十体ほどいるらしい」


ロトンの手に光が宿る。


やはりというべきか、彼はファノの弟子だったというだけあって固有魔術も彼と同じ光属性のようだ。


「じゃあ私たち一人当たり三十体!?」


「こちらが背中合わせで戦えば一度にかかって来る数は限られます。せいぜい二、三体ならば、別に恐れることはないでしょう」


「それって強い人の理論じゃないの。二、三体でも私にはキツイよぉ。まあ、ここまで来たら相手の数とか関係なくやるけどね」


リーガンは、ユニアの言葉に辟易としながらも、魔法陣を宙に出してそこから剣を手に取る。


漆黒の刃に柄まで黒く、ところどころに赤い装飾が施され、どこかおどろおどろしい大剣。


魔剣マグダーラを手に取って肩に担ぎ、さらに彼女は固有魔術を唱え、ニワトリの頭部、竜の翼、蛇の尾、黄色い羽毛を持つ怪鳥――コカトリスことトリスを召喚した。


ユニアはリーガンが出した魔剣マグダーラを見て驚くと、彼女に声をかける。


「その魔剣、どうしてマイベストフレンドが持ってるんですか?」


「これ? ユダ先生からもらったんだけど」


「それは元々マリア先生のコレクションですよ。たしか貸したまま返ってこないとか言っていた気がします」


「あのクズ……人に借りたもんを私にくれたのかよ! ホントに聖人かあいつッ!」


リーガンは、借りた物を平気で弟子に与えた師に怒りながら魔剣を構えた。


彼女たちに気が付いたスケルトンの集団が向かってくる。


夜の暗闇の中で魔術の光が見えれば、たとえ自我のないアンデッドでも発見されて当然だ。


スケルトンの集団は、次第に歩く速度を上げて走り出していた。


骸骨が動いているだけでも気味が悪いというのに、それが視界を埋め尽くしている光景は想像を絶するおぞましさだろう。


そんな光景を見たリーガンが怯みそうになっていると、パストラは敵の集団へと飛び出していく。


聖と邪が混じった魔力を拳に纏い、手を伸ばしてきた三体のスケルトンを同時に粉砕する。


「やっぱ戦うならこういう相手のほうがいいですね。さあ来いッ! これ以上パルマコ高原を好きにはさせないぞ!」


パストラの咆哮でスケルトンの集団の動きが止まった。


いや正確には、すべてのアンデッドがその場でカタカタと全身の骨を震わせている。


自我がなくとも英雄ファノの魔力を恐れているのか。


はたまた遥か格上の悪魔――戦魔王ダンテの魂を感じ取ったのか。


戦場にいる誰にも理由はわからなかったが、スケルトンの集団は明らかにパストラを恐れていた。


「おいおい、まさかアンデッドをビビらせちまうのかよ? ダンテの受肉体は伊達じゃねぇってか」


スケルトンの集団の背後から、絵の具を飛ばしたような白黒の柄のローブを羽織った青年が現れた。


リーガン、ユニア、ロトンの三人は、その青年が異端術師だとすぐに理解した。


骸骨を恐れずにその中でヘラヘラしているのだ。


そんな人間は異端術師しかあり得ない。


「まさか本当に君が……」


だがパストラの目に白黒の柄のローブの青年は映っていなかった。


それは彼の目には、異端術師の隣にいる灰色の髪をした少年――ロワに釘付けになっていたからだ。


「パストラ……。それにリーガン姉ちゃんまで来たんだ……」


「ロワ! その人から離れてッ! その人は異端術師なんだよ! 君を使ってパルマコ高原にいる人たちを傷つけようとしている悪い人なんだ!」


ロワはパストラの叫びに答えなかった。


ただ俯いているだけで、以前は身に付けていなかったフードを深く被り、表情を隠している。


一方で白黒の柄のローブを着た異端術師は、そんな灰色の髪の少年の態度を見て大げさな仕草で口を開く。


「言ってやれよ、ロワ。俺たちはパルマコ高原ここを守るために戦ってるんだってよ。お前らもそうだよな? このガキに教えてやれ」


異端術師がにやけながらそう言うと、彼とロワの背後から武器を手にした者たちが現れた。


それはこのパルマコ高原に住む農民たちで、パストラやリーガンでもそれとなく顔を知っている者もいた。


「そんな……ロワだけじゃない……。まさか他の人たちまで自分の意志で……」


リーガンが声を漏らし、ユニアの表情が強張った。


パストラのほうは言うと、先ほどまでロワのほうへ向けていた視線を、異端術師のほうへと移して激しく睨みつけている。


「言わねぇなら代わりに言ってやるかぁ。その前に名乗らせてもらうぜ。俺の名はメナンド。今夜この勇敢な少年ロワや同志たちと共に、パルマコ高原を聖グレイル教会から取り戻す異端術師だ」


「聞いてないよ、あなたのことなんて……」


「あん? お前なぁ。せっかく人が自己紹介して――ッ!?」


パストラがメナンドを否定した次の瞬間、異端術師の顔面に拳が振り抜かれた。

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