第三十五話 四人で戦場へ

「まず我らがするべきことは住民たちの避難させ、敵の殲滅はその後だ」


ロトンは淡々とした口調で指示を出し始め、内容を理解した弟子たちが次々と行動に移すためその場から去っていく。


その話の中で、ロトンは現れた骸骨の集団をスケルトンだと判断していた。


スケルトンとは人間のように動く骸骨のことだ。


悪魔が使役する魔物の中でも、一度死んだ者が甦って動き回るものはアンデッドと呼ばれており、スケルトンもこのアンデッドの一種とされる。


個体としてはそこまで脅威ではなく、戦いを専門としていない聖職者でも祓うことができるが、集団となると話は変わってくる。


現場から逃げてきた者の話によればスケルトンの数はかなり多く、そういう理由からロトンは修道士たちを分けて民衆の避難を優先させた。


数が少なければ押さえられるだろうが、敵の数は多い。


ならば今以上の被害者を出さないためにも、この決断は正しい。


これにはロトンの指示を聞いたパストラも思わず微笑んでいる。


「ロトン神父。僕らは何をすればいいでしょうか?」


笑顔で訊ねてきたパストラを一瞥し、ロトンはフンッと鼻を鳴らしながら答えた。


異端審問官がやることは決まっている。


それは異端術師と悪魔の排除。


そして聖グレイル教会からパルマコ高原を任されているロトンは、司祭としてその戦場へ赴く必要があると。


「では、ここにいる私たち四人でスケルトン軍団を倒し、異端術師を捕らえるということですね」


「うぅ、住民たちを避難させるためとはいえ、こりゃ相当不利な戦いになるなぁ……」


ユニアが確認をとるように言葉にすると、リーガンはしかめっ面で呟いた。


まともな戦略家ならば、アンデットの集団を相手にたった四人で挑もうとは思わないだろう。


だがそれでも、こちらが異端審問官ならば話が変わる。


ユニアは聖グレイル教会の上層部から一目置かれており、風葬の異端審問官の二つ名で呼ばれている実力者だ。


それにパストラはまだ十歳という幼過ぎる年齢だが、その体に英雄ファノと戦魔王ダンテの魔力を同居させる悪魔憑きの審問官である。


ロトンは二人がいればスケルトンなど恐れるに足りないと考え、司祭である自分と無名だが一応は異端審問官であるリーガンがいれば、十分に勝機があると判断したのだ。


「正直にいっておくが、私の実力は君らの強さには遠く及ばない。異端術師の相手は君らに任せ、私は露払いに回る」


「いきなり自分は弱いだなんて……。それでよく四人で戦おうなんて言いましたね。呆れちゃうなぁ、もう」


リーガンがため息をつくと、パストラはロトンに向かって手を伸ばした。


彼は自分を火あぶりにしようとした司祭に握手を求め、リーガンが嫌悪感を隠さずにいるのとは違い、むしろ好意的な態度で笑みを浮かべている。


「僕らを信頼してくれてるんですよね、ロトン神父。任せてください。僕らは必ずあなたの期待に応えます。パルマコ高原の人たちに手なんて絶対に出させません」


ロトンはパストラの態度に、一瞬だけだが固まってしまっていた。


そのときの彼は両目を見開き、何か別の人間――目の前にいるパストラではないない者を見たかのようだった。


そんな自分を誤魔化すように、ロトンはいつも被っている円形の帽子を手に取り、パストラの背を向けて扉へと歩を進める。


「応えてもらわねば困る。急ぐぞ。こうしている間にも、異端の脅威がパルマコ高原に迫っているのだからな」


早足で外へと出ていくロトン。


パストラはそんな男の後を追いかけて、外へと走っていった。


「ほら、私たちも行きますよ」


「なんかさぁ。パストラを見てるとさぁ。私のほうが子どもみたいに感じる……」


「そんなこと気にする必要はありません。あなたはロトン神父が私たちにした仕打ちに怒りを覚えている。その気持ちは私も当然、彼も喜んでいます。正直いって私もロトン神父のことは嫌いです」


「でもそんな態度、あんたは微塵も見せないじゃん」


「今は過去を気にするよりも、守るべきものを優先しているだけのことです」


「あんたって、そういうとこ人格者だよね。人のことベストフレンドやら運命の人とかいうくせに妙に悟ったとこがあるというか、それはパストラも同じだけど……」


「それこそ私が彼を運命の人と感じた理由と繋がります。つまりはお金と愛のバランスと同じことです。異端の相手をするのは正気では務まらない。かといって狂っていては民を守ることはできない。異端審問官はそういうものだと、私はマリア先生から教えてもらいました」


「ユダ先生と同じ三聖人のマリアさんか……。会ったことないけど、凄く説得力あるなぁ」


リーガンとユニアは、会話を続けながら外へ出た。


そこには馬車が用意されており、どういうわけかパストラが御者台に座って馬の手綱を握っている。


馬車はロトン所有のものだろうか。


それにしては農民が使うようなほろもない安っぽい荷馬車だった。


そのボロボロの荷台には、ロトンがムスッとした表情で座っているのが見える。


「二人とも早く乗ってください! この子も走りたくってウズウズしているみたいなんで!」


そう叫んだパストラは御者台から馬の背に跨ると、馬の顔を撫でていた。


初めて会った動物にここまで懐かれるのはもはやこの子の才能だなと、リーガンは呆れていた。


一方でユニアは嬉しそうに返事をし、それから彼女はリーガンと共に荷馬車へと飛び乗る。


「場所はさっき話していたところだ。わからなくなったら言ってくれ」


全員が荷馬車に乗り込むと、ロトンがパストラにそう言った。


その偉そうな態度にリーガンは顔を歪めていたが、パストラのほうは「はい」と答えて馬を走らせるのだった。

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