第三十三話 去る直前

――裁判から数日後。


パルマコ高原の調査も終わり、パストラとリーガンは聖グレイル教会のある宗教都市へと戻ろうとしていた。


あれからロトンたち滞在している聖職者から嫌がらせをされるかと思いきや、仕事は何事もなく進み、出発前の最後に別れの挨拶をしているところだ。


「みんな、元気でね。シュアさんやロワたちにワガママ言っちゃダメだよ」


パストラはヒツジたち一匹ずつと抱き合って声をかけ、ヒツジたちもまた名残惜しそうに鳴き返していた。


暇ができたらまた会いに来ると言葉を返し、それを見ていた孤児院の子どもたちも寂しそうにパストラの周りに集まっている状態だ。


一、二週間くらいという短い期間ではあったが、パルマコ高原を訪れたことは、パストラにとっても子どもたちにとっても互いに仲良くなるには十分な時間だった。


「じゃあリーガン、帰り道には気をつけなよ」


「はい、シュアさん。お世話になりました。今度は休暇で泊まりに来ますよ。もちろん、あの子も一緒に」


「ああ、ぜひ来てちょうだい。あんたらが来るとヒツジたちはもちろん、うちの子らもみんな喜ぶからさ」


リーガンはシュアに孤児院に泊まらせてもらった礼と、また必ずパストラと来ることを約束していた。


仕事ながらもロトンとのいざこざを抜かせば、リーガンにとって久しぶりのパルマコ高原での日々は楽しく、とても充実したものだった。


それは彼女の弱点といえる近接戦闘の鍛錬も含まれ、ユダから譲られた魔剣マグダーラも以前よりは手に馴染んでいる。


まだまだ修行中ではあるものの、リーガンにとって牧場で鍛えた毎日は、今後の戦いに役に立つはずだと確信を持てていた。


「では、そろそろ行きましょう、マイベストフレンド」


「ねえユニア、あんたって仕事はちゃんとやってるの? パストラだって異端審問官になったばっかで早速働いてるのに」


「私はやりたくない案件は断るので、意外と自分の時間はあるんです」


「うぅ、やっぱエリートは違うなぁ。でも仕事選んでたら報酬が少なくてやっていけないんじゃない?」


「そもそも報酬の少ない仕事なんて受けませんよ。お金も愛も大事にするのが私ですから。そしてそんな私と同じ価値観を持った運命の人とようやく出会い、まさか故郷で私の危機に助けに来てくれるとは! ああ、これこそ神のお導きッ!」


リーガンは「聖職者が仕事を選ぶなよ」と内心で愚痴りながら、大きくため息をついた。


彼女はユニアに対して思うところがありながらも、パストラの味方をしてくれる人物という一点には信頼を置いていた。


聖グレイル教会の上層部は、パストラが異端審問官になったことを未だによく思っていないのだ。


戦魔王ダンテという大悪魔の受肉体であるから仕方のないことではあるかもしれない。


でも彼は問題なく共存している。


これまでにダンテに体を乗っ取られて人を襲ったりはしていない。


それでも上層部は、隙あらばパストラを処分しようと動くだろう。


聖グレイル教会で――もっと広くいえばゴルゴダ大陸で三人しかいない聖人の一人であるユダが後ろ盾になっているとはいえ、けして油断できるわけではない。


たとえ頭のおかしいところがあっても、こちら側を助けてくれる人間が多いほうがいい。


事実ユニアはリーガンたち若い異端審問官の中でも、その実力はずば抜けている。


揉め事となれば頼りになる。


リーガンはそう考えていたが、それでも不安は消えやしない。


「はぁ、なんで私がこんな目に遭ってるんだろう……。本当なら適当に稼いでから、もっと命の危険が少ない楽な仕事に転職するつもりだったのに……」


「だったらさっさと辞めてしまえばいいじゃないですか。彼のことなら私が守りますから、マイベストフレンドは自分の道を歩くといいです」


「あんたやユダ先生じゃ心配だから私が悩んでいるんでしょうが! それに私はファノさんから頼まれてるの! せめてパストラが安心できるようになるまでは、仕事なんて変えられないんだよッ!」


「ユダ先生が頼りないのはわかりますが、私に対して心配はいりません。なんといっても彼は私の運命の人なんです。たとえこの身に代えても守り導き、そして添い遂げる覚悟です」


「そういうとこが心配なんだよ! 何度も言わせるなッ!」


牧場ではパストラが子どもたちヒツジらと笑みを交わし合っている傍では、リーガンとユニアの不毛な言い争いが行われている。


シュアは対照的な二組を交互に眺め、「平和だねぇ」と言いながらワインの瓶に口を付けていた。


そんな別れの挨拶の最中に、パストラはロワの姿がないことに気が付いた。


パストラが子どもたちに彼がいない理由を訊ねたところ、どうやら今日も仕事でパルマコ高原中を回っているらしい。


「ロワにはいっぱい迷惑かけたし、挨拶くらいしたかったんですけど……」


ガクッと肩を落としたパストラを見たリーガンは、ユニアに喚くのを止めて彼に声をかける。


「ほらほら、そんな永遠の別れみたいな顔しないの。時間作ってまた会いに来ましょうよ」


「そうですよね。また会いにくればいいですよね」


リーガンの言葉でパストラは笑顔を取り戻し、いよいよ出発しようとしていたとき――。


突然、馬に乗った修道士が彼らの前に現れた。


「異端審問官のお三方に、ロトンさまからの言伝を頼まれました!」


修道士の男は慌てて馬の足を止めて背から降りると、呆けているパストラたちに向かって伝言を口にした。


それは突然現れた骸骨の集団が、パルマコ高原に住む修道士たちを襲っているというものだった。

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