第三十一話 ファノの弟子

リーガンはコクッと頷くと、振り返ってロトンと向き合った。


二人の視線がぶつかり合ったとき、パストラが身を乗り出してきた。


彼に続き、ユニアもまたリーガンの隣に並ぶように前へと出る。


「裁判は終わりました。まだ何かお話があるんでしょうか、ロトン神父」


「忠告だ、審問官リーガン。ついでにそこの二人にもな」


「ぜひご教授を」


丁寧に頭を下げたリーガンと同じように、パストラも彼女に続いて礼をした。


そんな二人とは違い、ユニアは鋭い視線でロトンや彼の弟子たちを見ていた。


ロトンの弟子たちがユニアの態度に警戒する中、ロトンは特に気にせず、リーガンに向かって口を開く。


「異端の芽を摘まなかったこと、必ず後悔することになるぞ」


「そのことは調査結果で、このパルマコ高原に異端の芽はないとお伝えしたはずですが」


「君は若いから知らんのだ。民衆というものが、少しの反抗心や恨みでいつでも異端者になるということを」


「わざわざご忠告いただきありがとうございます。神父のお言葉、頭に入れておきます」


リーガンが返事をすると、ロトンは彼女の前から去っていった。


集まっていた見物人たちが裁判が覆ったことに喜んでいる中、彼らは広場を抜けて側に見えるロトンの屋敷へと歩を進めていく。


そんなロトンたちの背中を眺めながら、トリスがなぜかくちばしから悲しそうな鳴き声を漏らしていた。


「これで解決しましたね。でもあの人の言い方、なんかスッキリしないな」


「それでもしばらくは大人しくなるでしょう。さあ話の続きは孤児院でするから、私たちも引き上げるよ」


リーガンはそう言うと、パストラとユニアの背中をバシッと叩いた。


背中を叩かれたパストラは冷や汗を掻きながら気まずそうに苦笑いをしていたが、ユニアのほうは黙ったままロトンたちの姿を見続けていた。


その後、集まっていた民衆たちも広場から去り、パストラたちもシュアや子どもらがいる孤児院へと戻ることに。


牧場では子どもらが帰りを待っており、パストラとリーガンの姿を見た途端にヒツジたちと一緒に駆け寄ってきた。


その中にはロワもおり、リーガンから彼のおかげで裁判に勝てたと聞いていたパストラは、顔を合わせるなりお礼を言った。


あまり礼を言われることに慣れていないのか。


ロワは頭を下げたパストラから顔を背けて、少し照れくさそうにしている。


「別に、おれは大したことしてない。全部リーガン姉ちゃんが頑張ったんだよ」


「でもロワがいなかったら僕もユニアさんもどうなっていたかわからないよ。本当にありがとう」


「私からもお礼を言わせてください。ありがとうございました、ロワくん」


ユニアもパストラに続いて感謝すると、ロワは顔を赤くしてその場から逃げるようにいなくなってしまった。


リーガンはそんなロワに素直じゃないなと笑いながら、事の顛末をシュアに伝えるため、皆を連れて院内へと入った。


中ではささやかながら宴の用意がされており、シュアは相変わらずワインの瓶を片手に酔っていそうだったが、三人が無事に戻ったことを嬉しそうにしている。


「おかえり。さて、料理が冷める前に食べちゃおう。でも、まずはちゃんと手を洗ってからだよ」


シュアの一言で、子どもたちは一斉に外へと出て孤児院の側にある井戸へと向かっていった。


当然パストラも手を洗おうとしたが、彼とリーガン、そしてユニアはシュアに話があると止められた。


「でも、手洗いの後にトリスとヒツジたちにご飯あげなきゃいけないし、後じゃダメですかシュアさん?」


「それはロワがやるって言ってたから大丈夫だよ。今回の一件から、一応ロトン神父について、あんたらに話しておいたほうがいいと思ってね。でもまあ、食べながらでもいっか。じゃあ、さっさと手を洗ってきな」


それからパストラたちも手を洗い終え、ささやかな宴が始まった。


鶏の丸焼きやチーズに野菜スープなど、いつもとそう変わらない料理が並んでいたが、食後にお菓子も用意してあるようで、子どもたちは楽しそうに騒いでいた。


窓からロワがトリスに餌をやっている姿を見たのもあってか。


皿に乗った鶏の丸焼きを見て子どもたちが「コカトリスって美味しいのかな?」という話題になり、何か察したのか、トリスがビクッとその身を震わせていた。


見た目がニワトリに近いというだけで食べられてはたまらないとでも思ったのだろう。


巨大な怪鳥が小さくなって震えると、ロワはよくわかっていないようだったが、「よしよし」と宥めている姿が窓から見えていた。


一方でシュアはパストラとリーガン、ユニアと共に、子どもたちとは別の席で話をしながらの食事だ。


話題はこのパルマコ高原を聖グレイル教会から任されている司祭――ロトンのことで、シュアの口からはパストラたちが驚く言葉が飛び出していた。


「うそ!? ロトン神父ってファノさんの弟子だったの!?」


声を上げたのはリーガンで、パストラは黙ったままだったが、彼の表情からは驚いているのが見て取れた。


そんな彼らとは違い、ユニアはその話を知っていたようで、むしろ二人が知らなかったことを不思議がっていた。


シュアはやはり知らなかったのかとため息をつく。


「あの聖人ユダバカ、やっぱ教えてなかったんだね。教会の事情は普段からリーガンに話してとけって言っておいたのに」


「まあ、ユダ先生のことはおいといて。それにしてもファノさんとあの人って、なんか聖職者としてのやり方がぜんぜん違うんですね」


「あたしが聞いた話だと、パルマコ高原へ来る前までは民に寄り添う人だったみたいだよ。だから来るって聞いたときは期待してたんだけどね」


リーガンがそう言いながらグイッとワインの瓶に口をつけると、パストラは弱々しい声を出した。


「それ、僕のせいかもしれません……」

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