第三十話 判決

リーガンがトリスの背から降りて広場に立つのと同時に、怪鳥は燃え盛る火からパストラとユニアを助け出した。


まずは敷かれていた藁や薪を吹き飛ばし、次に二人が括り付けられていた柱を破壊する。


ロトンの弟子たち――修道士たちがすぐに動き出したが、リーガンは彼らに向かって声を張り上げた。


「トリスの吐息には猛毒があって、視線は相手を石に変える力があります! それを知ってもなお向かってくるならば、私はトリスがあなたたちを石化するのを止めませんよ!」


「くッ!? 皆、動くな。この娘の……いや、異端審問官の答えを聞こう」


リーガンの言葉に怯まず、修道士たちはコカトリスを取り押さえようとしたが、ロトンは弟子たちを止めた。


配下を石にされることを恐れたのか、それとも無駄死にを止めたのかはわからないが、聖グレイル教会からパルマコ高原を任されている司祭は、現れたリーガンの答えを聞くつもりのようだ。


それも当然で、階級でいえば司祭であるロトンのほうが高いが、異端審問官にも聖職者として教皇が自ら与えた権限がある。


聖職者の持つ権限は以下――。


·裁判を起こす権利

·裁判の結論を出す権限

·裁判の範囲を広げる権限

·裁判に必要な情報を自由に集めて判断する権限

·裁判に必要な拷問をする権限

·裁判に必要な資金を自由に集める権限


調査で来ている異端審問官はこれらを持って、ときには聖グレイル教会から正式にその地域を任されている聖職者を異端者として裁くこともある。


それらを踏まえればわかることだが、現状――異端審問の場では、リーガンのほうが権限は上だ。


ロトンが力づくで彼女を黙らせないのがその証拠である。


パストラとユニアをトリスに任せ、リーガンはロトンが立っている壇上へと上がる。


「私が調査した結果を、ここで発表します」


それから彼女は、ここ数日のパルマコ高原の調査について話し始めた。


手には調査をまとめ、その内容が記載された羊皮紙が持たれ、誰もが真剣に耳を傾けている状態だった。


リーガンは内容を話すのに、難しい言葉を避けて民衆たちにもわかるように説明したのもよかったのだろう。


身分も年齢も関係なく、彼女の話は広場にいた老若男女に伝わった。


そしてその調査内容は、パルマコ高原に異端に関わるものなどないというものだった。


とはいうものの、実際にリーガンとパストラは高原にあるすべての町や村にはまだ行けてはいないため、内容に異議を唱えられる可能性はあったが。


そこは仕事でパルマコ高原中を移動しているロワによって、行ったことのない場所でも細かいところまで教えてもらい、内容を聞いても違和感がないものになっていた。


「以上、この調査によってロトン神父が異端認定した村の疑いは晴れました。そうなると修道士たちと揉めた異端審問官ユニア、パストラ両名への処分も、当然、変更することになります」


もはや穴が見つからない調査結果を出されたロトンは、権限でも内容でもリーガンの出した裁きに口を出すことはできなかった。


村に火を付けることも中止になり、パストラとユニア二人の処分が軽くなったことで、集まってきていた民衆からは大喝采が起こった。


赤髪の審問官を褒め称える声が続き、まるで地震でも起きたのかというほどの歓声が、広場全体を揺らすほどだ。


「リーガンさん! ありがとうございます! おかげで助かりました!」


「さすがはマイベストフレンド」


パストラとユニアは、渋い顔のロトンの弟子たちによって腕に付けられた魔拘束具まこうそくぐを解かれ、自由になると、壇上から降りてきたリーガンのもとに駆け寄った。


もちろんトリスもそこにはおり、巨大な怪鳥はリーガンに甘えるようにその顔を擦りつけていた。


これは余談だが、コカトリスに飛行能力はあるが短い距離しか飛べないため、リーガンはトリスにかなり無理をさせたのだろうと思われる。


「トリスも頑張ってくれてありがとね。さて、この後はどうすべきか……」


二人を無事に救えたのは喜ぶことだったが、駆け寄ってきたパストラとユニアのことを、リーガンさんは激しく睨みつけていた。


まるで鬼のような形相を向け、無言の威圧感を与えている。


パストラとユニアはどうして彼女が睨んでくるのかがわからず、小首を傾げながら訊ねた。


「あの、リーガンさん。なんか怒ってます?」


「今にあまり相応しくない表情ではないでしょうか? ここは笑顔になる場面というか」


「そりゃ怒るに決まってるでしょうが! 特にパストラ! あんたって子はもっと自分の立場を考えて行動しなさい!」


二人の態度に声を荒げたリーガンは、その後ガミガミと説教を始めた。


パストラは申し訳なさそうに彼女の話を聞いていたが、ユニアのほうは聞き流しているような態度だった。


トリスがそんな三人の様子を見て、大きくため息をついている。


怪鳥がやれやれとでも言いたそうにしていると、そこへ弟子たちを引き連れてたロトンがパストラたちの前で足を止めた。


そしてロトンはパストラを一瞥すると、リーガンへと声をかける。


「たしかリーガンといったな」

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