第二十九話 無慈悲な裁判

――パストラとユニアの裁判は、ロトンたちが村から去った数時間後には始まっていた。


パルマコ高原には裁判所などの施設がないため、場所は教会前の広間で行われることになった。


その裁判にはたくさんの見物人が殺到し、まるで見世物のようだ。


だが見物人たちの多くが、ユニアには罪がないことを知っている。


彼女が村を守るために修道士たちと小競り合いになり、弾みで手を出してしまったのだとわかっている。


そういう事情と、さらにパルマコ高原へ調査に来ていた異端審問官の一人であるパストラの評判がよかったのもあって、大勢の民たちが二人が無罪になることを願っていた。


「すでに判決は出ているため、これより処刑に入る。火を焚け!」


用意された壇上に立つロトンとその弟子たち。


その中の一人が声を上げ、見物人たちが騒めいた。


異端者かどうかの沙汰を決めるのではないのか?


そもそも裁判長もいないではないか?


裁判などせずに見せしめで殺すつもりなのかと、見物人たちは声こそ荒げてはいなかったが、その誰もがこの裁判に不信感を持った。


ゴルゴダ大陸のすべての法令には、異端者の処罰に関する規定がある。


つまり異端者というのは窃盗や殺人などの場合と同様に、刑法上の犯罪を行った者として処罰されている。


実際にあった事例にみられる異端者の典型的な罪として、たとえば農作物や家畜に被害を与える、人を殺害するなどの害悪を魔術によってもたらすことが挙げられる。


しかし、それらの罪は、被告人とは元々関係のない自然現象であったり、一方的な言いがかりであることが多い。


ところが何か理不尽な出来事が起こると、それが被害者と関係のよくない者や共同体の中で日頃から排除されている者による犯罪ではないかと疑われる。


たしかに痕跡や証拠の実証が難しい魔術による犯罪を、裁判で明らかにするのは難しい。


では、どのようにして異端審問にかけられた者を有罪とするのか?


ここで出てくるのが異端術師や悪魔などとの関わりだ。


異端術師は魔術を用いて人に仇なす人間のことで、悪魔もほぼ同義である。


自身の持つ魔術の才を、一般人の守護のために行使するのが魔術師とすれば、その真逆の行為をするのが異端術師。


さらにいえば異端術師は神に背いて悪魔に従い、しかもその力を借りて実害をもたらすという、聖グレイル教会に対する敵、統治する権力を根幹から揺るがす最悪の犯罪者という位置づけだ。


このようなことを知れば、異端者は必ず罰せられるべきものであり、たとえ証拠がなくとも疑わしいというだけで火あぶりにされるのが通例だ。


そのため聖グレイル教会の中では異端者の犯罪は“例外犯罪”であるという考え方が常識であり、異端審問においては、通常の裁判のルールを無視して有罪をでっち上げるという扱いが公然と行われるようになっている。


たとえば証拠の捏造、それを根拠にした拷問、不適格な証人や虚偽の証言の採用、予め当局によって内容が用意されている自白など、不当な手続きにより無実の被告人が異端者にされることもめずらしくなかった。


しかも有罪となれば死刑。


つまりは異端者として疑われる、または強引に裁きの場に出されるというのは、教会による権威のための殺人であったのだ。


民が望むような公平な裁判など、異端審問ではあり得ない――それが一部を除いては決まっていることだった。


「僕たちは悪いことなんてしていないです。もちろん手を出したことの謝罪や罰は受けますけど、それは処刑されるほどのことでしょうか?」


パストラは木の柱に固定され、足元に火を付けられながらもその口を開いた。


彼の姿があまりにも堂々としていたのもあって、ロトンの周囲にいた修道士たちが思わずたじろいてしまっていた。


一方でパストラの隣で同じく柱に括りつけられているユニアもまた、言葉は発していないものの、落ち着き払った様子で前を見ている。


「君たちは異端と認定された村に罰を与える邪魔をした。私の弟子に暴行を働き、異端者たちを庇ったのだ。聖グレイル教会の法に則れば、極刑は免れない」


修道士たちが怯む中、ロトンが前へと出てきて、パストラにそう答えた。


そのときの司祭の表情はやはり冷たく、これから二人の人間が自分の決定で命を落とすというのに、何も感じていない――無感情に見えた。


だが次にパストラが口を開いたとき、ロトンの無表情が崩れる。


「僕の父ファノはかつて異端審問官として、誤解から異端だと疑われた多くの人たちを、このような無慈悲な裁判から救っていた聞いていま――ッ!」


「黙れ、この悪魔が! 貴様があの人の名を口にするなッ!」


パストラの言葉を遮り、いきなり声を荒げたロトン。


その豹変ぶりに見ていた民たちだけではなく、彼の弟子すら言葉を失っていた。


そして教会の前の広場が静まり返ったのと同時に、地面に大きな影が映り、見上げればニワトリが降りてきていた。


魔物でも現れたのかと、修道士たちや民たちが怯えたが、その大きなニワトリの背から赤髪の女が身を乗り出しているのが見え、彼女を知っている者たちを含め、皆が混乱していた。


「この場にいるすべての人たちへッ! 私は聖グレイル教会の三聖人の一人ユダの弟子、異端審問官リーガンです! 審問官としての権限を行使し、この審問の是非について答えますッ!」


大きなニワトリの正体は、ニワトリの頭部、竜の翼、蛇の尾、黄色い羽毛を持つ怪鳥コカトリスことトリス。


そして、その背中に乗った赤髪の女は自ら名乗っているように、パストラと共にこのパルマコ高原へやってきた異端審問官の一人――リーガンだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る