第二十八話 ユニアの本音
見つめてきたユニアに対し、パストラはニッコリと微笑む。
そんな少年の笑顔を見た彼女は、どうしてそんな顔ができるのだとでも言いたげに、ただパストラのことを見ているだけだった。
「ユニアさんとはいろいろあったけど。僕、すっごく感謝しているんです」
「感謝、ですか……?」
なんとか言葉を振り絞って出したユニアに向かって、パストラは話を始めた。
最初こそ聖グレイル教会からの指示で現れたユニアと戦うことになったが、そのときに彼女が教えてくれた戦い方のおかげで、あのときよりも魔力のコントロールの仕方を覚えることができた。
パストラにとってユニアは初めての強敵であり、そして大事なことを教えてくれた師であると、パストラは少し照れくさそうに言う。
「それにリーガンさんから聞いたんですよ。僕がジュデッカにやられたときに、ユニアさんがずっと心配してくれたって」
「ああ……ああ……」
「出会ったときにユニアさんが言っていたことは僕にはよくわからないけど、でも僕にとってユニアさんは大事な人なんです。だから一発ぶん殴ってやらないと気が済まなくて……頭悪いですよね。リーガンさんが知ったら怒られちゃうかな」
「ああ……ああ……あぁぁぁッ!」
ユニアは声を張り上げ、その場で泣き崩れた。
両膝から地面に屈し、まるで神に懺悔するかのような姿勢で喚き出す。
パストラはそんなユニアの姿にどうしていいのかわからず、ただアタフタと何か自分が悪いことを言ってしまったのかと謝っていた。
「ち、違うんです。あなたは何も悪くない。悪いのはすべて私……私なのに……」
慰めようと謝罪してきたパストラに、ユニアは泣きながら答えた。
パストラは戦魔王ダンテという大悪魔の依り代として、聖グレイル教会の上層部からその身を狙われている。
だがゴルゴダ大陸に三人しかいない聖人の一人ユダによってその身柄を守られ、強引に異端審問官として教会に籍を置くことになった。
そんな状況で異端認定されれば、たとえロトンのようなろくな裁判もせずに異端者にしてしまう聖職者でなくとも、確実に火あぶりにされてしまう。
これらユニアの泣きながら口にした話は、彼女がパストラを巻き込んでしまったことを、心の底から悔いての発言だった。
だがパストラからすれば今回のことは自分が勝手にやったことで、ユニアを恨むことなどあり得ないと言ったのだが――。
「それだけじゃないんです……。私は頭がおかしい……。こんなときに、自分の失敗にあなたを巻き込んでしまったのに……。あなたが私のために動いてくれたことが嬉しくて嬉しくて……涙が止まらないんですッ!」
「ユニアさん……」
それはユニアの本音だった。
彼女はパストラが自分が処刑されることをわかっていながらもロトンと殴り飛ばしたことに、堪え切れないほどの水滴が瞳から流れてしまう。
あのとき――。
聖グレイル教会からの指示でパストラを平原まで赴き、捕らえようとしたとき――。
そのときのやり取りで、ユニアはパストラを運命の人だと一方的に決めつけた。
それは他人からすれば妄想めいた――慕うあまりに精神が病んだ状態でしかなかったが、彼女の想いは本物だった。
だがこの黒髪碧眼の少年はそんなユニアの想いを汲み、そしてあろうことか好意まで持っている。
これまでの人生でここまで自分を理解されたことのなかったユニアにとって、パストラの行動は、喜びで涙腺が崩壊してしまっても仕方がなかった。
故郷を愛しつつも友人らしい友人はおらず、師である聖人の一人マリアの推薦によって聖職者への道を歩いてきた彼女だったが、生来の性格と向上心もあってずっと孤独だった。
そしてついにパストラという運命の人と出会えたユニアだったが、それが自分勝手なことであることは十分に理解していたのだ。
それなのにまさか自分の命を顧みずに動いてくれるなど、彼女は思ってもみなかったのである。
「せっかく会えた運命の人が殺されるかもしれないのに嬉しいなんて……。ああ、私はなんと罪深いのでしょう! 今すぐこの場で自害するべきほどの大罪です!」
しかし、その驚愕が――。
その歓喜が――。
その罪悪感が――。
今のユニアのすべてを涙によって埋め尽くす。
「ユニアさんが死んじゃったら僕、すっごく悲しいです」
ユニアの心内を聞いたパストラはそっと片膝をつき、手枷の付いた両腕を伸ばして、そっと彼女の両手を掴んだ。
パストラはユニアの手を優しく握ると、それ以上は何も言わなかった。
ただ普段通り見せる笑顔を向け、黙ったままだった。
その後もロトンが根城にしている教会内にある牢では、ユニアのすすり泣く声だけが響いていた。
彼女は喜びながらも絶望していたが、パストラのほうはそんなことはない。
彼は必ずこの状況を変えられると、リーガンのことを信じている。
まともな聖職者、いやゴルゴダ大陸に住む人間ならばそんなことは不可能だと諦めてしまうところだが、パストラの彼女への信頼には一片の揺らぎもなかった。
「大丈夫です。あの人がいて、僕たちが火あぶりなるなんことはて絶対にないんだから」
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