第二十六話 司祭ロトン
――全力で走り続けたパストラは、ロワと共に村へとたどり着いた。
柵も何もない集落には、ローブを羽織って各々剣や槍などで武装している修道士たちが村を囲んでいるのが見える。
どうやらまだ火は付けられていないようだったが、修道士らの様子から、何か緊迫した雰囲気であることには変わりなさそうだった。
ひとまず様子を見ようと思ったパストラだったが、ロワが飛び出していってしまった。
「なんなんだよこんなことして! お前らはそんなに偉いのかよッ!」
ロワは村を囲んでいた者らへと飛びかかり、彼を取り押さえようと武器を持った修道士が集まってきていた。
彼の灰色の髪を掴み、乱暴に地面に押さえつけて足蹴にしている。
それを見たパストラは考える前に体が動き、ロワを助けようと飛び出す。
「やめろッ! ロワにを手を出すなッ!」
修道士たちは「なんだ、またガキ」と呆れたようでパストラを取り押さえようとしたが、魔力を纏った彼を止められるはずがなく、簡単に振り払われる。
それからロワを助け出したパストラを見て、さらに集まってきた修道士たちは気が付いた。
聖グレイル教会の制服を着た黒髪碧眼の少年――。
こいつはあの、大悪魔の依り代になったという異端審問官だと。
「パ、パストラ……」
「大丈夫だよ、ロワ! 僕がなんとかするから! この人たちに村を好きなようになんて、絶対にさせないからッ!」
声を張り上げたパストラが纏う魔力に、修道士たちの誰もが恐れおののいていた。
聖と邪が混ざり合った魔力。
まだまだ修行中の身である彼らでもその異質な力は理解でき、自分たちではどうしようもできないと動けずにいるようだった。
だがそんな状況を変える人物が、その場に現れる。
「これは一体何事だ!? まさか異端者が現れたのか!?」
現れたのは髪の毛をすべて後方へ流している男で、黒いローブに円形の帽子を被っている人物。
ロワは男の姿を見て、怒りを声に滲ませて呟く。
「ロトン……ッ!」
「この人が、教会から派遣されてるっていう司祭の……」
このときパストラは、ロトンの姿を初めて見た。
想像していたよりもずっと若く、何よりも冷たい目をしているなというのが彼のロトンに対する第一印象だった。
パストラは構えを解き、ロトンの前に立ってその頭を下げる。
「初めまして、ロトン神父。僕はユダ先生の命を受けて、このパルマコ高原へと調査に来た異端審問官のパストラという者です」
とても十歳とは思えぬ礼儀正しさに、修道士たちからざわめきが漏れた。
だがその丁寧さが先ほどの異質な魔力といい、彼らにとってパストラは、不気味な存在に映っているようだった。
一方でロトンのほうはというと、まるで汚らわしいものでも見るかのような視線をパストラに向け、それからどうでもよさそうに口を開く。
「知っている。君は有名人だからな。忙しくて顔を合わせることができなかったが、まさかこんな形で仕返しされるとは思ってもみなかったぞ」
「誤解です、神父! 僕は村に火を付けるというのを聞いて、急いで止めにやってきたんです! 今すぐ武器を捨てるようにこの人たちに指示してください! 話はそれからだ!」
「誤解をしているのは君のほうだ。我々は仕事をしようとしているだけで、個人的な感情で火を付けようとしているわけではない」
ロトンは身を乗り出して、パストラを見下ろしながら言葉を続ける。
「異端の疑いがあれば排除する。それがこの地域一帯を任されている私の仕事だ」
「じゃあ僕やリーガンさんにも村を調べさせてください! 火を付けるならその後でもいいでしょう!? 僕らはパルマコ高原に来たばかりですけど、この地域には異端に関わるようなものなんて、影も形もなかったですよ!」
「君はここでの私の力を知らんようだな。あまり邪魔ばかりすると、奴のようになるぞ」
ロトンがそう言った後、村の奥から手枷を付けられた女が連れられてきた。
パストラはその女のことを知っていた。
その拘束された女の容姿は、銀のアクセサリーが付いた上下黒い服を着ていて、一度見たら忘れないピンク色の髪――異端審問官ユニアだった。
「ユニアさんッ!? これは……だってユニアさんは異端審問官なのに……?」
「彼女はこの村の出身者だったようでな。火を付けようとした私の弟子たちに乱暴を働いたのだ。いくら審問官といえど、我々に手を出したことは許されん。彼女の処分は明日の裁判で決まる」
「そんな!? 手が出たのはユニアさんが村を守ろうとしたからでしょう!? 誰だって故郷を燃やされそうになったら暴れてしまうと思います!」
「それでもしたことの責任を取らなければいけないのが聖職者だ。幸いなことに、君はまだ彼女ほど明確に我々に敵意は示していないので、今回は勘弁してあげよう。わかったらすぐに立ち去りなさい。村に火を付けるのは後日にし、これから先に異端審問官ユニアの裁判の準備をしなければいけないからな」
ロトンはフンッと鼻を鳴らすと、修道士たちと拘束されたユニアを連れて、村から出ていこうとした。
そんな彼らの背中を見たパストラは、拳をグッと強く握り込み、その身を震わせている。
「ロワ、伝言を頼みたいんだけど、いいですか?」
「こんなときになんだよ、パストラ!?」
「リーガンさんにこのことを伝えてください。僕は裁判に参加するので、後は頼みましたって伝えて」
「なにする気だよ!?」
ロワがパストラの意図が理解できないでいると、黒髪碧眼の少年は突然ロトンたちのいるほうへと駆け出した。
そして修道士たちの間を抜け、俯いていたユニアに手を振りながら進み、そのまま先頭を歩いていたロトンの顔面をぶん殴った。
「ガハッ!? な、なにを!? 貴様、自分のしたことがわかっているのか!?」
いきなり殴り飛ばされたロトンは吹き飛び、すぐに立ち上がって声を張り上げた。
それから周囲にいた修道士たちが、一斉に持っていた武器をパストラへと向ける。
「これで僕も同罪ですね。さあ、僕のこともユニアさんと一緒に連れて行ってください」
囲まれたパストラはゆっくりと両手を上げて、自分を取り囲む修道士たちへそう声をかけた。
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