第二十五話 高原の内情

昼間に日課である調査を終え、孤児院で休憩を取っていたリーガンとパストラの前に、子どもたちが慌てて駆け寄ってきた。


火を付けるとはまた穏やかとはいえない荒事の臭いがプンプンする。


リーガンはまず教えてくれた子どもたちに落ちつくように言うと、その村へと向かうことにした。


「じゃあ、おれが案内するよ。姉ちゃんたちはまだ行ったことないところだから」


その案内役を買って出たのは、孤児院の中で最年長の少年ロワだった。


ロワは灰色の髪をした穏やかな笑みが印象的な少年で、子どもたちの中で唯一、外へ働きに出ており、パルマコ高原の内情に詳しいらしい。


人物的にも最年長というだけあって、責任者であるシュアの不在時には、孤児院の子どもたちのまとめ役もやっているというしっかりとした子だ。


「火を付けるなんて、そんなの絶対に止めないと……。急ぎましょうリーガンさん! ロワもお願いします!」


「ああ、任せてくれよ、パストラ」


年齢が同じ十歳というのもあってか。


パストラは孤児院の子どもたちの中でも、特にロワと仲良くなっていた。


性格的には子どもとは思えぬ丁寧さで思慮深いパストラと、少し荒っぽいがいつも他人を気遣うロワといった感じだが、それでも互いに手を取り合い、共に遊び寝てはいろんな話をしているような関係だ。


シュアもロアのことは信頼しているようで、本当は働きに出るのも反対していたが、この子ならばと認めている。


山のほうにあるという村は、孤児院の牧場からはそう遠くないようで、目の前の高原を道なりに山へ向かえば着くそうだ。


「リーガンさん! 僕とロワは先に行きます!」


それを聞いたパストラは、突然ロワを小脇に抱えて走る速度を上げ始めた。


全身に魔力を纏うことで、身体能力を向上させてあっという間にリーガンを置いて先へと行ってしまう。


「ちょっとパストラったら!? 待ちなさい! あんたらだけで行ったって私がいなきゃ――ッ!」


追いかけながらリーガンは叫んだが、ロワを抱えて駆け出したパストラはすでに小さくなるくらい離れており、彼女の声が届くことはなかった。


幸いなことに村までの道は迷いようがない一本道だが、いくら異端審問官になったとはいえ、まだ子どものパストラでは聖グレイル教会の人間を説得するのは難しいだろう。


さらにあの黒髪碧眼の少年は、教会から疎まれているのだ。


ただでさえ戦魔王ダンテという厄介な悪魔を抱えているのに、ここで問題を起こせば最悪、異端者認定されて処刑されてしまうかもしれない。


それだけはなんとしても避けねば。


「あの子、頭良いのにこういうときは考えなしになっちゃうから困るぅぅぅッ! ともかく私がなんとかしなきゃ! こういうときのために私がいるんだからッ!」


リーガンは顔を強張らせながら、さらに走る速度を上げたが、当然パストラには追いつけなかった。


――ロワを抱えて走るパストラ。


その速度は凄まじく、馬はおろか空を飛ぶ鳥すらも超える速さだ。


魔力纏いによる身体強化は、聖グレイル教会の異端審問官でもできる者は限られているが、羊飼いとして辺境で揉まれて、さらには英雄ファノによって育てられた彼の能力向上は異常だった。


これで若干、十歳という若さというから末恐ろしい。


聖グレイル教会から見ても、もしパストラが戦魔王ダンテの依り代でなければ、将来の聖人候補として重宝されていただろう。


「ねえ、ロワ。どうして教会の人たちは村に火を付けようとしてるんですか?」


パストラの走る速さにも慣れてきたロワは、その質問に顔を歪めた。


その態度からわかるが、どうやら彼は聖グレイル教会のことをよく思っていないようだった。


「パストラもここらを任されてる教会のヤツは知ってるだろ」


「えーと、ごめん。リーガンさんと会いに行ったんだけど、なんか忙しいとかで会ってもらえなくて……。たしかロトンって人だったよね?」


聖グレイル教会は各地域に聖職者を送り、そこを管理させている。


このパルマコ高原を任せられているのは、司祭であるロトンという男だった。


先に口にしているように、パストラとリーガンはパルマコ高原へたどり着いた次の日に、まず彼の住む屋敷を訪ねた。


だが門番をしていた修道士たちによって、二人は追い返されてしまう。


明らかに煙たがられ、その後の調査にも支障が出るかと思われたが、ロトンたち滞在している教会からは嫌がらせのようなものはなかった。


まともな聖職者ならばパストラのことをよく思わないのは当然と考え、仕事もこなせていたので気にすることはないと、二人はロトンのことを気にしていなかったのだが――。


「ロトン……。あいつは酷いヤツなんだよ。シュアさんのことをいつも脅して、町や村の人たちもみんなあいつに怯えてる」


ロワは身を震わせながら、司祭であるロトンのことを話し始めた。


ロトンは今から十年ほど前に、このパルマコ高原を統治するために聖グレイル教会から派遣された。


それまでいた司祭はとても温和な人物だったようで、シュアたち孤児院や町と村と上手くやっていたらしい。


だがロトンは弟子である修道士たちにまるで兵隊のように指示を出し、かなり厳しい管理体制を敷いたようだ。


彼は巡回と評して弟子たちを大勢連れ、町や村を回り、異端の疑いがあると判断した者を裁判にかけていった。


そのおかげで異端術師や悪魔は出なくなったのはよかったが、表向きこそ平和になったパルマコ高原に住む者たちは、ロトンの影に怯えているのが実情のようだ。


「調査で聞き込みをしていたときはそんなこと……」


「そりゃお前たちが教会の人間だって思ってるからな。おれやみんな、シュアさんは姉ちゃんやお前がいい人だって知ってるけど、他の人はそんな話できないだろ」


ロワの話を聞いたパストラは、パルマコ高原の内情に気が付けなかったことを情けなく思い、胸が痛くなった。


だがすぐに彼は気を取り直し、村に火を付けさせてたまるかと両足にさらに魔力を込める。


「僕は本当にダメダメだけど……。でも、ロワが全部教えてくれたから……まだできることがあるッ!」

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