第二十四話 大悪魔のお気に入り
ダンテの言葉を聞き、リーガンは振っていた剣を止めてしまった。
それどころか彼女の顔は凄まじいくらい強張っており、今にも何かを破壊しそうなほどその身を震わせ、何かに堪えているようだった。
そんなリーガンの反応を見たダンテは、愉快愉快とでも言いたそうに、下卑た笑みをより一層深くしていた。
結局、リーガンは怒りを堪えて再び魔剣を振り始めた。
だがダンテは無視されたことで逆に火が付いたのか、彼女に向かって声をかけ続ける。
「あのとき、お前に何ができた? ジュデッカごときにいいようにされて、惨めに土を喰わされただけではないか? 断言できるぞ。お前には確実に死が待っている」
リーガンは答えない。
いつの間にか傍へと移動していた大悪魔を無視して、彼女は無心になろうと必死で剣を振る。
それでもリーガンからは伝わる。
彼女がダンテの言葉に明らかに反応しているのが、その表情から大悪魔には手に取るようにわかる。
「オレの見立てでは、あのときのジュデッカはピンク髪の小娘を恐れていた。もしかして祓われるかもしれないと思ったのだろうとな。たしかに、あのピンク頭はそこそこやりそうだ」
「当然でしょ。あの子、ユニアは私たちの世代の異端審問官の中で、もっとも聖人に近いって言われているんだから」
「それでも雑魚には変わりない。あのユダとかいう男とはレベルが違う。そうだなぁ……例えるならあの男が流れ星ならば、ピンク頭は蛍といったところか」
「じゃあ、あんたは何になるの?」
フンッと鼻を鳴らし、吐き捨てるように訊ねたリーガン。
余裕を見せようと会話に付き合っているのが丸見えだと、ダンテは内心でほくそ笑む。
「フフフ、オレやかつての好敵手は、さしずめ月や太陽といったところだろう。お前の師はまあまあだが、所詮はこっち側とは輝きが違う」
「意外。悪魔のくせに詩人なんだね。星とか月とかに例えちゃってさ」
「そういうお前は意外と欲深いのだな」
「はあ?」
思わず手を止めて見上げてきたリーガンに、ダンテは言う。
「感じるぞ。お前の強さへの飢え、渇き。その渇望は、オレがこれまで殺した異端審問官の中でも最上級の欲だ。聖職者としては問題なのだろうが、オレにとってはお前のそこがいい」
「いきなりなに言ってんの? 私は別に飢えてなんか――」
「オレの好敵手だったヤツもそうだった。知っているか、赤毛の娘? あの英雄と呼ばれたヤツもまた、若い頃は相当な雑魚だったらしいぞ」
ダンテはリーガンのことを無視して、ファノのことを話し始めた。
ファノは元々貧しい農民の出身で、何をやらせても鈍くさく村でも小馬鹿にされていたらしい。
だがある日に彼が持つ固有魔術――光魔術の才能を買われ、聖グレイル教会の上層部から勧誘されたようだ。
「だがヤツは教会内で魔力も凡人以下の無能だった。しかし、それでも腐らず強さを追い求め、やがてオレと渡り合うまでになったと考えると、夢がある話だと思わんか?」
「なにが言いたいの? ていうか、あんた本当にファノさんのこと好きだったんだね。あの人の過去のことまで調べちゃってさ。ハッキリ言って気持ち悪い」
「オレが言いたいのはだな、赤毛の娘。つまりかつてオレの好敵手だった男もまた、お前と同じ渇望を持っていたということだ」
リーガンにはダンテの発言の意図がわからなかった。
落ち込ませたいのか。
それとも励ましたいのか。
ファノを引き合いに出して明らかに煽ってるのはわかるが、わざわざ自分のような弱者にするようなことではない。
そう思っていた。
何か狙いがあるのか、それとも暇つぶしでからかっているのかわからずにいると、ダンテは嬉しそうに宙を舞いながら牧場の地面に着地した。
「そろそろ遊び疲れた小僧が目を覚ます。おそらくこのやり取りも見えているだろう。気にしなくていいなどと言ってくると思うが、忘れるなよ。お前の飢えを、渇きを、その強さへの欲をな」
リーガンを見つめ、高笑うかのようにそう言ったダンテが両目を瞑ると、次第に黒髪碧眼へと変わっていき、全身に浮かび上がっていた黒い模様も消えていった。
パストラへと戻ったのだ。
「うぅ……。あッ、おはようございます、リーガンさん。なんかあいつが稽古の邪魔してたみたいで、ごめんなさい」
「ううん。別にパストラは悪くないよ。それよりもそろそろみんな起きてくる頃だろうから、朝ごはんにしようか」
「はい!」
それから孤児院の子どもたちやシュアと朝食を取ったリーガンとパストラ。
食事後、パルマコ高原にある多くの町へ村へと向かい、孤児院を拠点に、異端審問官の仕事――ユダに頼まれた調査を行った。
調べていく中で異端術師や悪魔の情報は特に入ってこず、噂レベルでも二人の耳には入らなかった。
ユダは一体何を考えてこんな平和な北部地域に自分たちを派遣したのかリーガンは頭を痛めたが。
彼女はそんな日々が続く中でも早朝の鍛錬を続け、パストラもまた共に己を鍛えた。
初日以来、ダンテはリーガンの前には現れなかった。
やはり単なる暇つぶしだったのだろうなと、リーガンが大悪魔が自分に言っていたことを気にしないようになった頃――。
「聞いてリーガン姉ちゃん!」
「大変なの! このままじゃあそこの村が燃やされちゃう!」
「なんか教会の連中が村に火を付けようとしているんだッ!」
思わぬ事件が起きようとしていた。
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